映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「花の下にて春死なむ」 北森 鴻

2007年10月20日 | 本(ミステリ)

「花の下にて春死なむ」 北森 鴻 講談社文庫


ビアバー『香菜里屋』(かなりや)シリーズの一冊目です。
連作短篇推理小説。
新玉川線三軒茶屋駅から、表のアーケード街を道一本はずし、裏通りを歩くと、夜の暗さの中に、白くぽってりと膨らんだ光の筒。
その白い腹に気持ちのよい文字で「香菜里屋」とある。
焼き杉造りのドアを開けると、そこが、工藤哲也の店。
彼はいつもヨークシャーテリアの刺繍が中央についたワインレッドのエプロンを着用。
店にはアルコール度の違うビールが4種類用意されていて、一番度の強いものは、ロックスタイルで出される。
そこで出される料理がまた、絶品。
季節に応じ、臨機応変に出されるその一品は、お客をとりこにする。
店はせいぜい10人程度が座れるL字型のカウンターと二人がけのテーブルが二つ。
常連さんも多いけれど、通りがかりの人がふと入ってきても、自然に溶け込めてしまう。
・・・と、マスターの名推理はなしにしても、ぜひ行っててみたいお店ではあります。

そう、このマスターはまた、お客が持ってくる不思議な話を、話を聞くだけでするするとといてしまう。
いわゆる安楽椅子探偵。
それも、ただ単にパズルを解くような無機質のものではなく、
人の心の機微、そういうものも読み取って推理をするので、
作品全体にも、人生の哀歓漂う味わい深いものに仕上がっているのです。


この本で、印象深いのはやはり、表題作、「花の下にて春死なむ」。
年老いた歌人、片岡草魚が自室でひっそりと死んでいた。
しかし、彼のその名は本名でなく、家族もなく、戸籍すらもないことがわかる。
同じ句会のグループで片岡と親しくしていた七緒は、
以前草魚がほんの一言語っていた故郷の話を手がかりに、彼の過去を探る旅に出るのです。
しかし、次第に浮き出てくるのは、
何かしらの事件のため、彼は故郷にいることができなくなり、各地を転々と渡り歩く旅を続けていたのだ、ということ。
あの西行法師のように。
あの人柄温厚な彼が、いったいどのような事件に関係したというのか???

さて、一方、この草魚が亡くなった部屋の窓辺に時期はずれに咲いた桜。
春とはいえ、ずっと薄寒い日が続いており、火の気のないこの部屋で桜が咲くのはおかしい。
その事実から、工藤は全く別の事件の真相をかぎつける。
ここのくだりには、驚かせられます。
心がしんみりする作品でした。

この、片岡草魚は、この本の最後の短篇「魚の交わり」にも登場。
店の常連も時折登場し、短編集でありながら、一つの大きなストーリーをたどっているという構成も、なかなか楽しいものになっています。

この店で出される、料理をちょいとご紹介しましょう。

★冬瓜をひき肉と煮て、くずでとろみを出したもの。コンソメ味。

★大きなホタテを殻ごと火にかけたもの。味は酒としょうゆのみ。バターを仕上げに少々。

★地蛸のスモーク。マリネ仕立て。

★鯖の棒鮨のリメイク。酢飯を蒸して、細ぎりにしたネタをのせる。他に、紅しょうが、柚子の細切、金糸卵を盛り付ける。

★自家製、鱒の燻製

★牛肉のカルパッチョ

冷えたビールにこの料理・・たまりませんねえ・・・。

満足度 ★★★★