映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「蝦夷拾遺 たば風」 宇江佐真理

2008年06月12日 | 本(その他)

「蝦夷拾遺 たば風」 宇江佐真理 文春文庫

時代小説はめったに読まないのですが、
以前、宇江佐真理さんのものを読んで、すごく気に入ってしまったので、
またちょっと読んでみたくなりました。
著者は函館在住で、この本は、どれも蝦夷地、つまり北海道にちなんだ話の短編集なのです。
しかも、時期的にはほとんど幕末。
動乱の時期に、生き抜く人々が魅力的に描かれています。
「江戸もの」ならぬ、「蝦夷もの」ですね。
このような時代背景、舞台背景の話は少ないはず。

さて、なぜいまなお、時代小説が愛されるかといえば、
完全な封建的社会、電気も水道もない文明未発達の社会、という大きな制約の中で、
でも変わらない人の心を、活き活きと描き出しているからなのだと思います。
登場人物は、たいてい、自立した近代的精神を持つ人で、
おそらく、こういう人が実際にその時代にいたら、ひどく生きにくいでしょうね。
わがままだとか、身勝手だとか、変わっているとさえいわれるかもしれない。
女だったら、生意気、強情者・・・。
でも、自分のあり方を貫き通して生き抜く主人公の姿に、私たちは感動を覚えるのです。


表題になっている「たば風」
ここには、まもなく結婚が決まっている男女が登場。
周りからもお似合いといわれ、輿入れの日を待ちかねている、まな。
冒頭からこんな幸せ気分の時は、次には絶対よくないことが起こる。
まあ、それはお約束ですね・・・。
相手の幸四郎が、ある日突然倒れて、不自由な体になってしまう。
脳梗塞とか・・・そういう類なのでしょうね。
まなは、付き添って看病し、そばにいて支えてあげたい、その一心だったのだけれど、
それを「家」が許さなかった。
そんな男には、嫁には出せない。
結婚前でよかった。
と、まなの気持ちなど一笑に伏されてしまう。
引き裂かれた思い。
・・・時は流れ、まなは他の男性と結婚し、子をなしていた。
おりしも、松前藩のお家騒動が勃発。
夫のお役目の関係で、まなにも危険が迫る。
そんなとき、まなの危機を救ってくれたのはあの幸四郎でした。
彼は必死のリハビリで、ほとんど他の人と変わらない生活が送れるほどに回復していたのです。
でも、2人が会ったのはこのときが最後。
その後まもなく幸四郎は再び倒れ、返らぬ人となってしまいました。
これはまるで、幸四郎はまなを救うために、必死でリハビリしていたようなもの。
彼の中では、まなはずっと息づいていて、それとなく見守っていてくれたのです。
この2人は結局からだの関係も何もなかったんですよ・・・。
人の思いは深くて強いなあ・・・。
余韻の残るいい作品です。

もう一つ好きだったのは、「血脈桜」。
松前藩の奥方様の護衛係に抜擢された6人の田舎娘。
松前は、今も、桜の名所であります。
この桜の下で、奥方様と娘たちが開いたささやかな宴。
夢のように、美しく、幸せな風景。
しかし、このあと、過酷で悲しい運命が・・・。
このストーリーは「桜」にやられますね・・・。
桜の持つイメージがストーリーに幾重もの深みを与えている。
この話には、特別出演(?)で、土方歳三が出てきたりするのも、楽しいですよ!

満足度★★★★