風に舞いあがるビニールシート (文春文庫) 森 絵都 文藝春秋 このアイテムの詳細を見る |
全く、まだまだ読んだことのない作家はたくさんいて、
知らない楽しみが山のようにある。
今回は本当に、そういうことを実感させられました。
この方も、私にははじめての作家です。
この「風に舞いあがるビニールシート」は第135回直木賞受賞作。
6つの短篇が収められています。
どれも、自分だけの価値観を守り、
お金よりも大切な何かのために懸命に生きている人々を描いている。
これが、まさに、"それぞれ"なのです。
気分屋のオーナーパティシエに振り回される秘書。
行き場をなくした犬の里親を探すボランティアに励む主婦。
国連難民高等弁務官事務所に勤めるOL・・・。
一作一作、どれも出来が良くて甲乙付けがたい。
それぞれの人生の切片が鮮やかです。
時には、仏像の修復師などというレアな職業を描きながら、
それはかなり私たちの身辺から遠い話であるにも関わらず、
全然遠く感じない。
生身の人々が、なりふりかまわず迷いつつも、自分の道を歩んでいる。
それぞれの人生に感動します。
どれか一つを紹介したいのですが、どれも良くて、悩んでしまいます。
「ジェネレーションX」も、いいです。
中年に差しかかった野田は、ある商品のクレーム処理に向かう。
一緒に組んだのはメーカーの若手社員石津。
「今の若いもんは何を考えているのか良く分からない・・・新人類という奴か・・・」、
心の中でぼやく野田。
その石津は、車を運転する野田の横でひっきりなしにケータイをかけている。
「・・・ったく、これだから」
と忌々しく思いながら、
嫌でも耳に入ってくるその会話につい興味を引かれる。
明日、高校時代の仲間が集まることになっているようなのです。
石津は必死でその連絡調整を取っている。
彼らは何をしようとしているのか。
果たして本当に、メンバーはそろうのか。
初めて会った二人のジェネレーションギャップが次第に埋まっていき、
さわやかな感動へとつながっていきます。
表題の「風に舞いあがるビニールシート」
このユニークな題名にも心惹かれます。
ビニールシートで、何を連想しますか?
この春の季節にはおなじみのシーンでよく使いますね。
このストーリーでは、
暴風にかなたへ吹き飛ばされ、
虚空にその身を引き裂かれないうちに、
誰かが手をさしのべ、引き止めなければならない、
"難民"を象徴しています。
難民を支援することに使命を感じ献身する夫。
その夫と気持ちを一つにできない妻。
愛は確かなものでありながら、
お互いの価値観の相違から離婚したのですが、
その後、夫は事故で亡くなってしまう。
”妻”という立場で悲しみを悲しみきることができず、
いつまでも心の傷を引きずってしまう女。
でも、その優しく潔いラストに、思わずほおっとため息が出ます。
そこには私たちが普通に連想するビニールシートもあって、
これがまた心憎い演出になっていますね。
文句なしのおススメ作!
満足度★★★★★