夕子ちゃんの近道 (講談社文庫)長嶋 有講談社このアイテムの詳細を見る |
主人公の「僕」は、
ある日ふらりとやってきた「フラココ屋」という古物店で働くことになり、
そこの2階にタダで住み始めます。
倉庫代わりのその部屋は、荷物が一杯で布団一枚敷くのがやっとという狭さ。
その店はめったにお客が来なくて、
何も買わない瑞枝さんという女性が常連で遊びに来たりする。
隣の家の朝子さんと夕子ちゃんという姉妹。
ほとんど1人で店を切り盛りする店長。
店長のマエカノ(?)らしき日本語ペラペラのフランス人、フランソワーズ。
これらの人々が、交流していく、ごく日常を描いています。
最後まで名前の明かされない「僕」について、
文中、「背景みたいに透明」という表現があります。
それまで読んでいて、
私が彼に感じていた思いをそのままずばりと当てられたようで、
くすっと笑ってしまいました。
また、時々仕事で会う同業者たちからは、「暗い店員」とも。
彼にはほとんど自己主張がないように感じるのです。
人との付き合いも、拒まないけれど自分から特に求めることはしない。
いつまでも、畳一分のスペースで過ごしている辺り、生活感も希薄。
どうやら、彼には実はきちんと帰る場所もあるようなのですが、
成り行きでここに居ついている。
しかし、最後まで、
本当は彼は何者で、どうしてこんなことになっているのかは、語られません。
周りの人々のそれぞれユニークな生活は語られるのに、
語られないこの「僕」の身辺が、
実にミステリアスで、一番興味がありますね。
昨今近所付き合いや友人関係が希薄とよく言われるのですが、
この作品中の人々も、お互い基本的には干渉しあいません。
しかし、時には本音をちらりと漏らして悩みを打ち明けてみたり・・・。
適度な距離を持ちつつ、和を築いていく。
まさに、現代的なコミュニケーション、という気がします。
こういうの、現代風の映画に合いそうですけどね。
この作品中一番ユニークなのは、
やはり表題にも名前が出ている夕子ちゃん。
定時制の高校生です。
駅までの近道を教えてくれる。
それは人の家の敷地を通り抜けたり、塀をよじ登ったりする、
かなりの難コース。
コミケで、コスプレをしたりもします。
インスタントコーヒーをインスタンシコーシーといったりする。
ちょっと理解しがたいところもある女子高生感覚。
この感じもなんだかいいんだなあ。
そして、この本では唯一、事件というべきことを起すのも彼女。
この文庫のしおりがしゃれています。
フラココ屋の広告入り。
実際ちょっとのぞいてみたいお店です。
満足度★★★★☆