萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

深夜日記:錦紅の一点

2012-11-06 23:45:42 | 雑談
錦秋、萬紅に光る



こんばんわ、セーター着用の常夜に季節を感じます。
写真は三頭山@奥多摩にて、楓たち織りなす錦秋のワンシーン。
赤い梢に輝いた萌黄と露、その光の一瞬です。

秋は夏と冬の狭間ですが、季節の中でも短く感じます。
そういう刹那的な季であるからまた、どこか寂寞と秋の光はきらめく?
そんなことを想う、秋彩らすシーンでした。

今夜は本篇の第58話「双壁3」草稿UPしました、たぶん倍くらいに加筆する予定です。
昨夜UPの休題短評「湯原の恋愛観」は校正が終わっています(たぶん)
明日は本篇の続きと、短編か短評をUPする予定です。

作中はまだ夏なのに今は秋、こんな時差を早く縮めたいとこですね。
寒くなる候ですが、どうぞ風邪などひかぬ様ご自愛ください。

取り急ぎ、



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第58話 双壁act.3―side story「陽はまた昇る」

2012-11-06 22:35:30 | 陽はまた昇るside story
道程、行く先への通過点



第58話 双壁act.3―side story「陽はまた昇る」

東京医科大学付属病院の診察室、担当医が適性結果を告げてくれる。
ここは吉村医師が元勤務した病院であり、同じ担当医により国村も被験してきた。
そのデータと比較しながら検査結果を説明し終えて、担当医の鈴木は感心したよう笑いかけてくれた。

「かなり優秀です、さすが国村くんのザイルパートナーだけありますね?きっと8,000mの山でも高度障害は軽くて済むと思います、」

これで身体的にも英二は、光一のアンザイレンパートナーに相応しいと証明された。
この結果が嬉しい、嬉しくて英二は笑って頭を下げた。

「ありがとうございます、」
「良い結果で安心しました、まだ登山の経験が1年程度と伺って心配していたのですが、」

率直に言ってくれる言葉に、当然だろうと自分で納得できる。
今まで英二が経験した最高標高は3,776mの富士山、その高度を初めて超えていく。
海外の登山は初めてな上に登山経験1年程度、これではリスクの可能性を想われて当然だろう?
そんな納得に微笑んだ英二に、鈴木医師は診断結果を封書にまとめながら懐かしさに笑いかけた。

「失礼ですが、笑うと本当に雅樹くんと似ていますね?よく言われませんか?」

2時間前の初対面で鈴木医師は英二に「吉村先生の親戚ですか?」と訊いてきた。
やっぱり似ているのかな?そんな納得に英二は素直に微笑んだ。

「はい、皆さんに言われます。そんなに似ていますか?」
「そうですね、顔立ちもですけど、雰囲気が似ているのかな?」

話しながら診断結果の書類一式を封筒に入れ、封緘してくれる。
それを英二に差し出して、鈴木医師は気さくに笑ってくれた。

「お待たせしました、この書類を吉村先生に渡してください。今日はお疲れさまでした、」
「はい、ありがとうござました、」

受けとって礼を述べ、英二は鞄のなかクリアファイルに封書を仕舞った。
そして立ち上がる英二を見上げ、鈴木医師は温かに微笑んだ。

「この体はクライマーにとって、本当に優れた資本です。大切にしてくださいね?吉村先生によろしくお伝えください、」

本当に、言ってくれる通りだろう。
この言葉にはきっと、鈴木が敬愛する吉村医師への想いも籠っている。
その想いへと英二は綺麗に笑いかけ、もう一度頭を下げると診察室から廊下に出た。
もう誰もいない最終時間の廊下を自分の靴音が響いていく、左腕の文字盤を見ると5時を示していた。
この時間は予定通り、順調なスケジュール消化に英二は微笑んだ。

―このあとを済ませても、ちゃんと間に合いそうだな?

これで新しい車の引き取りも充分に間に合うだろう、その後の約束にも遅れずに済む。
予定通りのスケジュール消化に微笑んで外へ出ると、広がる空はまだ青く明るい。
もう、空から夏は来た。そんな17時の空を見上げながら携帯電話を開いた。
電話帳から呼びだした番号に架ける、すぐコール1で繋がり英二は微笑んだ。

「宮田です、おつかれさまです、副隊長、」
「おつかれさん、結果はどうだい?」

開口一番に訊かれて、笑ってしまう。
それくらい後藤副隊長は気に懸けてくれていた、それが有り難くて、また微笑ましくもある。
後藤にとって大切な秘蔵っ子の光一、そのアンザイレンパートナーが身体的にも適任なのか?
その結果は当然のよう気になって仕方ないだろう、この待ちかねてくれた大先輩へと英二は笑いかけた。

「優良だと言われました、詳しい結果は吉村先生宛の書類にあるそうです、」
「よし、これで決まりだな?」

電話の向こう、嬉しそうに笑ってくれる。
この「決まり」は登攀訓練の実施と、そして英二のクライマー人生の決定だろう。
この今また定まっていく自分の進路に、英二は綺麗に微笑んだ。

「はい、海外訓練の件、よろしくお願い致します、」

これで自分は三大北壁を登り、6,000m峰を登った後は、8,000m峰に挑んでいく。
今この立っている場所の遥かに高い世界へと、自分は行くことになる。
どこか夢のようすらある現実に笑った向こう、深い声も笑ってくれた。

「おう、手続き進めるよ。また明日、説明の時に詳しいことは話そうな、」

三大北壁のうち2つ、マッターホルンとアイガーの登攀訓練。
この海外遠征訓練への参加が今、後藤副隊長の承諾で正式認可された。



駐車場に四駆を停めて、英二は運転席の扉を開けた。
ゆるい黄昏ふくんだ風が頬撫でる、その埃っぽい匂いに街中だと感じさせられる。
新しい自車に小さく笑って、ゆっくり歩き出す街は街燈が輝きだした。
どこか寂寞とした都心の真中、つい東の方に視線を向けてしまう。

―周太、交番にいるんだろうな

いま19時半すぎ、当番勤務の周太はもう東口交番に就いている。
そんな予想に踵を向けたい、けれど堪えながら英二は店へと歩いた。

―同じ新宿に居るのに逢えないなんて、初めてかな

心想うことに溜息こぼれてしまう、けれど今は考えるべきことが他にある。
この数分後にこの街で「遭難救助」を自分は務めるだろう、それへの想いが考え廻らす。
もう話題が何になるのかは解かっている、その心構えと幾つかの回答パターンを想ってしまう。
ここ最近ずっと気になってきた同期のことに、困り顔で微笑んで英二は店の扉を開いた。
すぐ現れた店員に予約名を告げて案内される、そして個室の扉が開かれ英二は微笑んだ。

「おつかれさま、内山、」

綺麗に笑いかけ同期の前へと座る。
その向かいに腰掛けた精悍な貌は、笑ってメニューを渡してくれた。

「おつかれさま、宮田。新宿までごめんな?」
「いや、俺も今日は用事があったからさ。ついでみたいでごめん、」

正直に言って英二はメニューを開き、ノンアルコールドリンクの欄を眺めた。
そんな英二に内山はすこし首傾げ、困ったよう笑って訊いてくれた。

「もしかして車での用事だった?ごめん、飲みに誘ってしまって悪かったな、」
「気にしないでよ?ちょうど買い替えたやつが今日、引き取りになっただけだから、」
「お、新車か?いいな、どんなやつ?」
「四駆だよ、山だとそっちのが実用的だから、」

話しながら注文を決めて、タッチパネルを操作する。
すぐ終えて向き合うと、内山は困った顔のまま微笑んだ。

「先週、電話ありがとうな。関根に伝言してくれて、」

先週、周太を新宿に送る途路で、周太へと関根からメールがあった。
その文面に英二が周太の携帯から電話している、その電話向うで関根は内山と飲んでいた。
あのときの内山の様子を想いだし、さらり微笑んで英二は尋ねた。

「あのとき内山、泣いてたんだろ?どうした?」

何も言わないで泣いている、そんな内山に困惑して関根はメールをくれた。
きっと内山は泣いたことを恥だと想っている、けれど正直に知っていると英二は披露した。
なにも隠さずに自分は手の内を見せた、そんな英二の態度に内山は照れくさげに微笑んだ。

「うん、泣いた。悪かったな、気を遣わせて。そのことで俺、宮田に会って話したかったんだ、」

やっぱり「そのこと」だったんだ?
こんな予想通りに微笑んだとき、部屋の扉がノックされてグラスが運ばれた。
頼んだサラトガクーラーにライムを落としこみ、英二は目の前の同期に微笑んだ。

「まず乾杯な、内山もグラス持てよ、」

笑いかけて互いのグラスを軽くぶつけると、口付ける。
冷たい発泡が喉をおりて辛めの柑橘が香りだす、この香にオレンジの気配を想ってしまう。
いま周太は交番で何を想っている?そう思う端ほろ苦い現実が思案にふれた。

―周太はいつ、新宿署長の事を知るだろう?

新宿署長が本庁で倒れてから、もう一週間になる。
無事に退院して復帰しているなら、倒れた事実は隠されるかもしれない。
けれど容体次第では休養に入るだろう、その場合は署員の間で当然のよう事実は噂となり拡がる。
そして周太が事実を知ったなら、英二が行ったことに気付く可能性があるだろう。

―ココアの事を知っているのは一部の人間だろうけど、それでも噂は怖いからな?

人の口に戸は立てられない、その通りだと自分も思う。
だから今も、これから聴くだろう内山の想いを慎重に扱ってあげたい。
きっと内山の想いは、内山にとってリスクが大きい、それを英二自身の現実として解かる。
そんな想い佇むテーブルの向こう、真剣な目がビールグラスを見つめ、小さな溜息と眼差しを英二に向けた。

「宮田ってモテるけど、男から告白されたことってあるか?」

思ったよりストレートな質問だな?

すこし意外で驚いてしまう、けれど関連は想定内になる。
こういう質問をすることは内山にとって勇気がいる、高いプライドだって今は外しているだろう。
そういう率直な態度は好きだ、出来る範囲で答えてあげたくて、英二は綺麗に微笑んだ。

「あるよ、何回かね、」

これは本当のこと、遊んでいた頃もその前も何度かされている。
そして一番最近は、たった3か月ほど前の光一からの告白だった。

―でも俺、周太には俺から告白したんだよな?

周太から告白はされていない、英二の告白に応えては貰ったけれど。
でもそれで満足だ、妻にしたい人と想い交すなら自分から言いたい。
あの夜の幸せに微笑んでグラスを傾ける、その前で内山もグラスに口付けた。
ひとくち飲みこんで、どこか困惑のある貌のまま内山は、真直ぐ英二を見つめて尋ねた。

「告白された時、どう思った?」
「うん、相手にもよるかな、」

正直に答えて、グラスをテーブルに置く。
軽く両手の長い指を組ませ、掌を上向けオープンにすると、英二は思ったままを答えた。

「知らないヤツに言われたら、見た目だけで来たんだなって思うよ。少しでも知っているヤツなら、理由を聴きたいって思う。
でも男と付合いたいとか俺は、ずっと思ったことはなかったよ。男同士だと、社会に出てからどこで関わるのか解らないからさ。
男同士で恋愛沙汰になると、噂だけでも社会的リスクが男は大きくなるだろ?そういうリスクを犯して良いって想えるんなら、別だけど」

そういうリスクを想っても、周太の隣にいたい。
ずっと傍にいて離したくない、本当は毎日あの笑顔を見つめたい、いつも隣で眠る権利がほしい。
そう心から願ってしまったら、もうリスクなんて小さく思えて超える手段を次々と考え出していた。
だから今日も周太に約束をねだって「いつか」辞職する時は入籍してほしいと将来を繋いだ。

―それは光一にも同じだ、アンザイレンパートナーと『血の契』で俺は、光一の将来を繋いでる

大切な唯ひとりのアンザイレンパートナーに、自分は恋している。
それは憧憬の強い、友情を超えた想いで周太への伴侶を求める恋愛とはまた違う。
それでも恋愛に求めることは変わらない、ずっと隣で共に生きることも同じ「永遠」のなかにある。
この光一への想いに多分、内山の想いは重複するだろう。そんな想いと見つめたグラスの向こう、精悍な貌が困ったよう微笑んだ。

「かっこいいな、宮田。そこまで覚悟して恋愛出来るのか、俺は自分でも解からないんだ。それ以前に、自分の気持すら解からない…」

ほっと溜息ついて、グラスに口付ける。
そのまま一息に金色の泡を飲み干して、内山はグラスを置くと英二に笑いかけた。

「宮田は本当は、2月に本配属が決っていたんだよな?地域部長の口利きで、一般枠からクライマーの専門枠に切替えたって噂で聞いたよ、」
「うん、ずっと山ヤの警察官やろうって決めたんだ、」

さらり正直に答えながら、やっぱり噂の力を想ってしまう。
この切替の件を英二は、周太と美幸以外には自分からは話していない。
それでも初任総合が終わる頃には、ほとんどの同期が知っていた雰囲気がある。
別に自分も隠すつもりもない、けれど「昇進」に対する組織内の注視と影響をあらためて思わされた。

―特に内山は気になるだろうな、

東京大学法学部卒、国家一種最終試験の経験者。
そんな経歴をもつ内山がエリート意識を持つことは、普通だろう。
それを内山も隠さずに警察学校でも表明していた、だからこそ「リスク」を教えておきたい。
そんな想いと見つめる先で、エリートの同期は正直に笑ってくれた。

「地域部長の声掛かりって聴いて、俺は正直なところ羨ましいよ。きっと宮田なら、昇進試験も順調に合格するだろうって思う。
それは俺もやりたいことだ、俺はノンキャリアでも出世して見返したいって気持ちがある。だから宮田のことライバルだと思ってるよ?
たぶん、同期のなかでキャリア達と出世競争の土俵に立てるのは、俺と宮田だけになると思う。だから俺は宮田のこと信用したいんだ、」

そんなふうに思ってくれているんだな?
それが色々と意外に想える、この意外を英二は微笑んで口にした。

「俺は首席じゃないし、大学も普通のお坊ちゃん私大だよ?内山みたいな東大閥にも入れないし、周太みたいに目立ってもいない、」

自分の肩書は本来どれも、エリートコースから外れている。
そんな自覚に幾らかの自嘲が交じって、数年前に母から与えられた「誤算」の記憶が苦い。
あれが自分にとって最大の誤算にしたい、もうあんなミスは犯したくない、その想い微笑んだ英二に内山は笑ってくれた。

「目立つよ、宮田は、」

言葉を告げる目が、笑っていても真剣でいる。
どういう意味で言う?考えながらも英二は華やかに笑った。

「見た目のこと?それならよく言われるけど、」
「宮田が言うと、嫌みにならないな?元から顔良いけど、今の宮田は本当にカッコいいよ。でも、俺が言いたいのは別のことだよ、」

なんのことかな?
そう微笑んだ英二へと内山も笑ってくれる。
そして少し首傾げて英二の目を真直ぐ見ると、率直に訊いてくれた。

「最高検察庁次長検事、宮田總司。7年前に亡くなられているけど、宮田のお祖父さんじゃないのか?」

言われた言葉に、心裡で息が止まる。
このことを誰にも自分は言ったことが無い、周太ですら検事だったことしか知らない。
まだ光一にも話していない、身近では担当教官だった遠野と、上司である後藤副隊長や蒔田地域部長しか知らないだろう。

―どうして、そんなことまで内山が知っている?

警視庁に納められる書類には、このことは書かれているだろう。
けれど、普通に閲覧できる履歴書には祖父の欄までは無かった、そして今の家族欄は空欄になっている。
だから祖父の経歴については、普通公開しない人事第二課の身上書などを見なければ解からない。
にも関わらず、一介の巡査に過ぎない内山が知っていることは「異様」だと思ってしまう。
この異様に飲み会で見た「テスト」の様子が重なって心裡に溜息こぼれていく。

やっぱり“グレー”なのだろうか?

それでも「見当をつける」可能性ならある、たぶん訊けばそれを理由として答えるだろう。
でも、たとえ「見当をつけた」と言われた所で“白”には即決なんて出来ない。
この切ない現実に心が泣きそうになる、それでも英二は気楽に微笑んだ。

「どうして内山、そう思ったんだ?」
「同じ苗字だし、宮田検事の写真と雰囲気が似ているから、もしかしたらって思ってたんだ、」

笑って教えてくれながら、内山はタッチパネルで追加注文をした。
その指先を眺めながら見る同期の貌は生真面目で、特に裏も感じられない。
なにも悪気はない単純明快、そんな気質のままに内山は笑って教えてくれた。

「俺、本当は国家一種を考える前は、検事を希望していたんだ。それで歴代の検事総長と次長検事のことは知ってるんだよ。
宮田次長検事は清廉潔白で有名な方でさ、天下りしないで事務所を開いて、刑事訴訟のプロフェッショナルとして活躍してただろ?
そういうのカッコいいって憧れたんだ、俺。国家権力のトップまで行きながら、一介の町弁として法律家を貫いたとこ、凄いなって、」

いま同期の口から聴かされる祖父の姿に、自分の想いが重なる。
この言葉たちは内山の真実だろう、この真実の想いに英二は綺麗に微笑んだ。

「かっこいいだろ、俺の祖父、」
「あ、やっぱりそうだったんだな?俺、ずっと訊いてみたかったんだ、そっか、」

嬉しそうに内山が笑ってくれる、その憧憬と素直な喜びが温かい。
こんなふうに祖父を想ってくれる男、それでも自分は2つの傷みを持って見つめている。
こんな現実に本音が苦しい、けれど苦しんでいるだけでは終わりたくはない、自分は克つと決めている。
この覚悟と笑って見つめる先で、内山は思うことを言ってくれた。

「宮田って本気だと、能力すごい高いだろ?初任科教養のときも途中から変ったなって思ってたんだ、それで初任総合で納得した。
体力測定は抜群で一位だったし、座学でも救急法と鑑識は誰も勝てなかった。成績は湯原が互角だけど、実戦力が違い過ぎるだろ?
現場でも警察医の先生に信頼されて、救助隊の先輩や消防からも頼られてるんだって藤岡に聴いたよ。さすがだなって俺、納得したんだ、」

いったん言葉を切って、扉がノックされる。
頼んだ品が運ばれてテーブルに肴と酒が並び、空腹を英二は思いだした。
箸を持って目の前の厚焼き玉子を口に入れる、その味に懐かしい味をつい想ってしまう。
今度はいつ、周太の卵焼きを食べられるだろう?そんな想いの向こうで扉は閉まり、内山の口が再び開いた。

「宮田だったら、東大とか行けただろ?でも言ったら悪いけど宮田は普通の私大だろ、出世とか興味無かったのか?」
「興味あったよ、男だしさ?」

正直な想い応えて、英二は微笑んだ。
きっとエリート志向の内山なら自分の気持ちが解かる、だから話しても良い。
それに、こういう打ち明け話は内山の心を掴める。

―この手の話なら内山、仲間意識を持ってくれるだろうな

もう内山は祖父のことを知っている、しかも尊敬をしてくれている。
この祖父への尊敬をベースに内山を此方側に引き込む、それは充分に可能だろう。
どう話したら最も内山の心を掴める?そう考え廻らせネクタイをゆるめ、第一ボタンを外す。
そのままワイシャツの袖も捲りながら英二は、優秀で幾分単純な同期へと笑いかけた。

「本当は俺、祖父や父と同じ大学に行きたかったんだ。でも母親が猛反対して勝手に高校へ言ったんだよ、内部で進学するってさ。
それで俺が気付いた時には、もう内部進学が決定してた。それで内申書とか書いて貰えなくて、センター試験は受けたけど無駄になったよ、」

言いながら、あの日の悔しさが蘇えりだす。
内部進学が決定したと担任教員から言われた瞬間、もう母を信頼できなくなった。
あのとき自分は母に何も言わなかった、けれどそれは赦したわけでも何でもない。

―あのとき俺は、母に見切りをつけ始めたんだ

あれは6年前のこと、祖父が他界して祖母も葉山に転居した後だった。
あのとき、もし祖父が存命だったら、母もこうまで勝手は出来なかったろう。
あのとき自分は運が無かった、そんな諦めの記憶ほろ苦い前から、眉を顰めた貌が訊いてくれた。

「こんなこと言ったら失礼だけど、それは親でも赦されないことだと思うぞ?宮田、お父さんには相談しなかったのか?」
「父に相談しても良かったけど、両親が対立するの嫌で言えなくてさ。もう自分に努力は無意味だって、どうでも良くなって遊んでたんだ、」

答える口許ほろ苦い、18歳の分岐点の記憶たち。
あのとき父に言っていたら多分、自分は希望の大学には行けただろう。
けれど父の母に対する壁と溝が、手遅れになるほど酷くなることが怖かった。

―父さんと母さんがお互いのこと、もう少し解かってくれていたら俺は、

心の奥で、また泣きそうになる。
この想いを自分は今まで、幾度してきたのだろう?
それでも今、この想いを自分と一緒に見つめてくれる人がいる。
その俤にそっと触れるワイシャツの胸ポケットには、愛しい掌が縫ってくれた守り袋が入っている。
そして左手首には贈ってくれたクライマーウォッチが時を刻む、この贈り主の優しい祈りが温かい。

―周太、今、恋しいよ…隣に帰りたい、今すぐに

父と母のことも周太は、真直ぐ見つめて受け留めてくれる。
その想いに母は変化を始め父もそれを知っている、それなのに父の想いは他を向き始めた。
きっと父は想いを口に出すことはしない、父の想いが叶うことも無いと解かっている、それでも哀しい。
この哀しみをまだ自分は誰にも話せていない、吉村医師にも光一にすら話せずに、心閉じこめたままでいる。
それでもいつか話せるのだろうか?そんな想い佇んだ英二へと精悍な目が温かに微笑んだ。

「優しいな、宮田は。そういうふうに両親のこと思い遣れるなんて、すごいな」

違う、優しさじゃなかった。
自分は優しさから父に言わなかったんじゃない、この想い正直に英二は微笑んだ。

「そうなら良いんだけどさ。もう関わりたくなかっただけだよ、あのときは、」

どうして自分の両親は、お互いを見つめ合えないのだろう?
あんなにも想い合えない仲から生まれた自分、愛する繋がりが無い子供の自分。
その現実に諦めた哀しみを肚に隠しこむよう、ノンアルコールのカクテルを口にする。
冷たく柑橘の芳香が喉をおりて、ほっと息を吐く。その前から内山が気さくに笑ってくれた。

「行きたかった大学って、宮田検事と同じだと京大か?」
「うん、京大の法学部に行って、弁護士になろうって思ってた。でも、それだと実家を離れるだろ?それが母は嫌だったんだ、」

もう終わった過去に微笑んで、ライムの香を飲み下す。
ほろ苦い冷たさを呑みこんで、英二は本題へと口を開いた。

「内山が俺に話したかったことって、俺が男に告白されたことに関係あるの?」

問いかけに、精悍な貌が眉を顰め、唇を結ぶ。
けれど唇はすぐ披かれて、ひとつ息を吐くと内山は率直に言った。

「宮田、俺、国村さんを好きになったのかもしれない…恋愛とかよく解からないけど、でもそうかもしれない…」

ほら、運命がまた動き出す。その道程は、どこへ?






(to be continued)

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