萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

設定閑話:御岳、山に里

2012-11-25 21:34:01 | 解説:背景設定
現実と虚構の狭間



設定閑話:御岳、山に里

東京都青梅市御岳、「side story」主人公・宮田の勤務地です。

エリアはJR青梅線御嶽駅を基点に、大塚山・御岳山・日の出山・鍋割山界隈。
多摩川流域の渓谷を挟んで走る青梅街道と吉野街道、この吉野側に御岳は広がります。
地形は渓谷から山へ上がっていく狭隘地で、斜面を段々に切り開いている為に水田は少ないです。
なので、ドラマ最終話での御岳駐在所は水田に立地していましたが、実際は近辺に田園はありません。
そして現実の御岳は隣家との間隔は狭いです、作中の国村家と小嶌家に見られるご近所の立地とは異なります。
その点はぶっちゃけますと、自分の田舎で見られる風景をモデルにした部分です。

小説ではドラマ設定にも準拠して、敢えて御岳駐在所の風景は田園と森林にしました。
そのために御岳の風景描写はリアルに加味して、近隣の柚木町と関東の山里をモデルに描いています。
実際に行ってみると御岳を始め奥多摩では、豪農らしい立派な田舎屋敷が現在も居宅として見られます。
地域差もありますが一般的に、農作業場にする広い庭と養蚕場所になる屋根裏が旧家にある特徴です。
田舎では現在も「家格」村落社会の席次があり、それは家と墓所の構えと立地にも現れます。
こうした辺り、国村家の描写に反映している点です。



また国村と美代は御岳の剣道会に所属していますが、御岳剣道会は実在します。
武蔵御嶽神社に会員募集のポスターもあり、沢井の体育館で週3回の稽古があるそうです。
この剣道会に宮田も国村&美代の強引な?勧誘で第45話「藤翠」から所属しています。
そのうち宮田が稽古に参加する風景も、近々登場する予定です。



御岳山は武蔵御嶽神社の神域になり、門前町と登山道が混在するのが特徴です。
この登山道全般を御岳駐在所属の山岳救助隊員として、作中でも宮田は巡回しています。
あの巡回ルートに出てくる風景は実在の登山道を描いており、実際に歩くと途中かなりキツイ場所も多いです。
足場が悪い所も少なくありません、もし行ってみようと思われるなら、登山靴は確りしたものを選んでくださいね。



標高は1,000mに満たず道標も整備されていますが、ちょっと気を抜いたら滑落してしまうポイントもあります。
特に長尾平から七代の滝を経由し天狗岩までの道は、岩場・木の根道・狭い急斜面・鉄梯子などバリエーション豊富なルートです。
沢を渡る木橋や滝周辺も滑りやすく、子連れの方なら長尾平から綾広の滝へ直接行くルートをお勧めします。

自分が好きなポイントは長尾平からの展望です。
ここを朝、霧がイイ感じの時に訪れると深山特有の情景に出会います。
嶺を覆う樹木から生まれた水蒸気たちは霧になり、山霧は稜線を辿りながら雲に変わり、天へ昇っていく。
そんな水墨画の情景が一望できる場所です、でも昼食ポイントでもあるので正午頃は賑やかです。



この山には「天空の里」と呼ばれる門前町があり、診療所と御岳駐在の駐屯場所もあります。
作中にも時おり登場する民宿や宿坊がある風景はリアルと同じで、急斜の道沿いに軒を連ねます。
立派な門構えの建物も多く、けれど道の斜度はキツイ部分もあるので雪の日は滑りやすいでしょうね。



舗装道路でもこういう状態なので、御嶽社脇の登山道から先はアイゼン無しでの歩行は本当に危険です。
ツキノワグマの生息地でもあり、今秋は週一くらい山道にも登場しています。ので、熊鈴は携行したほうが無難です。
ケーブルカーの滝本駅と山上の駅に併設の土産物店にも熊鈴は売っています、それくらい熊遭遇率が高いってことでしょうね。



産業については「設定閑話:奥多摩の懐」で書いたように、柚子・梅・蕎麦・黍・山葵に林業などです。
御岳の氏神、武蔵御嶽神社に行く途中には名産の柚子と蕎麦に因んだ商品が特に多く見られます。
柚子唐辛子や黍餅大福が土産物に並び、ちょっと変わり種なら一本丸ごとの干芋が珍しいです。
御嶽神社参道の茶店も看板メニューは蕎麦がメインで、中には胡桃蕎麦を出す店もあります。
でも自分がちょっと面白いと思ったのは、立ち食い蕎麦屋です。

御嶽神社に登るケーブルカー滝本駅に併設して、その立食い蕎麦屋はあります。
地元出身のご主人が1人で天ぷらを揚げ、蕎麦を出してくれるのですがコダワリが楽しい。
この店の名物は「舞茸天ぷら」200円で、蕎麦のサイドメニューとしてのみ注文が可能です。
目の前で揚げてくれて、わさび塩を「かけすぎって位にどっさりかけて」と言われます。
その通りにしてみると旨いです、で、他のメニューは「かけ」か「ざる」だったかな?
この蕎麦の薬味のバリエーションが面白くて、いちど寄ってみる価値は充分です。
入れ放題の薬味には名産の柚子もあり、香の高さに驚かされます。

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secret talk11 建申月act.10―dead of night

2012-11-25 02:10:49 | dead of night 陽はまた昇る
第58話「双壁14」の後です

後朝、告白に今を綴じこめて



secret talk11 建申月act.10―dead of night

氷河の風ゆるやかなベランダ、グラスの泡は金いろ揺れる。
風は黒髪を梳いて額を露わせ、夏の陽に雪白の肌理を晒しだす。
その肌に昨夜の熱を見つめながら、透明な眼差しへと綺麗に笑いかけた。

「光一?昨夜は本当に俺、幸せだったよ。憧れた山の麓で憧れの人を抱けて、夢みたいだった。だから朝、夢か現実か解らなくなった、」

笑いかけた言葉に、透明な瞳が見つめてくれる。
いつものよう明るい無垢を湛えた瞳、けれど一夜で深まった艶が優しい。
その瞳に自分の貌が映るのを見つめて、唯ひとりのアンザイレンパートナーに微笑んだ。

「光一がいなくて俺、幸せな夢を見たのかと想った。でもシャワーを浴びても香が肌に残っていた、それに俺のシャツが無かった。
それで夢じゃなかったって解かったけど、光一はいないだろ?だから俺、光一に嫌われたのかと想った。昨夜を夢にしたいのかなって、」

朝、シーツは乱れても真白なまま、血の跡は無かった。
けれど痛みが無かったとは言えない、体も心も傷つけなかったと断言なんて出来ない。

―だって俺はもう、何度も周太を傷付けてる。体も心も、

初めての夜、お互いに幸せだと信じこんで周太を抱いて、けれど傷つけた。
あのときは互いに初めてで無知で、それなのに夢中になり過ぎた所為だと解かっている。
その後も自分は幾度、周太の意思を理解せず抱いてしまったのか解からない、そんな自責が本当はある。
男を愛するなら女を抱くのとは違う心と体の想いがある、そう幾度も思い知ってきた現実に英二は正直なまま告白した。

「光一は男として山ヤとして、誇りが強いよな?いちばんが好きで、山でも必ずトップを取りたい。負けず嫌いなのが光一だ。
本当は自分が主導権を獲れない事は、大嫌いだろ?それなのに俺に抱かれてくれたんだ、だから今朝いなくなっていた時に想ったよ?
実際にセックスしてみて、後悔したのかなって想った。朝になって冷静になったら嫌になって、全て無かった事にするのかなって想ったよ、」

男同士で愛し合うことは、今の日本では不道徳だと言われ易い。
差別もある、汚らわしいと言われることもある、そんな現実を潔癖な光一が嫌っても仕方ない。
そんな諦めと哀しみが痛かった、そんな今朝の記憶に微笑んだ英二に、透明な瞳が困ったよう笑ってくれた。

「嫌いになんてなるわけないね。ソンナ生半可な気持ちじゃ出来ない、俺は初心で臆病なんだからね?うんと覚悟して決めたんだ、」

初心で臆病、その言葉はきっと誰もが意外だろう。
老練なほど緻密のテクニックで豪胆なハイスピードの登攀をする、そんな光一には似合わない言葉。
そう誰もが想うだろう、けれど無垢な山っ子にとって「人間の恋愛」は初心、そして臆病になる理由も今なら解かる。
その理解と見つめる想いの真中で、透明なテノールは言葉を続けた。

「おまえと一緒にマッターホルンとアイガーの北壁をヤれたら、おまえの実績は認められて俺のセカンドって誰もが納得するよね?
そうしたら本当に生涯ずっと傍にいてくれるって想って、だからソレが決ってからにしたくてね…俺のほうこそ自信、無いんだから、」

自信が無い、そう告げて薄紅の唇はグラスをふくんだ。
傾けるグラスに金色の泡は昇り、華やいだアルコールが花と香る。
そっと唇からグラスを離し、ことんとテラステーブルに置くと光一は、静かなトーンで話してくれた。

「おまえは周太のこと、溺愛しちゃってるよね?それって納得できるよ、あのひとは優しくて強くて、本当に綺麗で可愛いから。
ソンナ恋愛している英二には、俺の気持ちは邪魔になるって想う瞬間があるよ?だから俺を抱きたいって言うのも、本当は無理してる?
そう思っちゃうと勇気が出ない、俺のこと邪魔に想われるの嫌で、抱かれたら重荷になるだけって想えて、自信なんか無い…少しも、ね」

最後の言葉にテノールは震えて、ひとつ溜息を吐いた。
こぼれた吐息は高雅に香こぼし、素直にテノールの声が想い紡いだ。

「昨夜…おまえの肩越しにね、空と山が見えたよ。夕焼けに染まる赤い山を背負って、おまえ綺麗だった。怖いくらい綺麗でね、
山が英二になって俺を抱いてる、そんなふうにも想えて、幸せで、ほんとうに惚れてるって…おまえに抱かれてるの幸せだったよ。
で、ゆうべ俺、気絶したんだよね?…それで気がついたら部屋は静かで、英二は眠ってた。俺のこと抱きしめたまんまでね…嬉しかった、」

ふっと微笑んだ透明な瞳が見つめてくれる。
見つめて、けれど微かに長い睫を伏せて透明な声の吐息こぼした。

「でも怖くなった…昨夜は何度もえっちしてくれたけど、アイガーの後で興奮してたからかも?だから…目が醒めたら後悔されるって。
おまえには周太がいるんだ…それなのに俺なんか抱いて裏切るみたいだろ?そういうの後悔しても仕方ない、だから朝は逃げたんだ、怖くて…」

途切れた声のまま白い指を伸ばし、皿の果実をつまんでくれる。
そっと白い果実を薄紅の唇にふくませ、光一は甘い香を噛みだした。
かすかな果実の砕かれる音に言葉は封じられる、その横顔に暁の言葉が蘇える。

―…良かった、俺のこと朝になっても好きなんだね?

夜明、モルゲンロート輝く窓辺でピアノに向かい、微笑んでくれた言葉。
ようやく伝わりだす深意が今、言われた言葉たちに切なく傷んで、愛おしい。
愛しい想い見つめる横顔の白い実ふくんだ唇、あまやかな香ごと飲みこむと静かに微笑んだ。

「おまえの寝顔、幸せそうで綺麗でね…本当はずっと見ていたかった。でも怖かったんだ、目が覚めたとき誰の名前を呼ぶのか。
俺じゃなくて周太って呼ぶかもしれない、周太の夢を見て幸せな寝顔なのかもしれない、そう想ったら怖くてベッドから逃げたんだ。
シャワーで頭から湯を被って、だけど英二の香が残ってね…それが嬉しかった、だから俺、おまえのシャツを着たんだ、香だけでも欲しくて」

話してくれながら、そっと白いシャツの衿元を直す。
まだ光一は英二のシャツを着たままでいる、その想いにテノールの声は微笑んだ。

「おまえのシャツ着たら、いつもの匂いが嬉しかった。いつも夜、おまえんトコ邪魔して寝るのってね、森みたいな匂いが好きなんだ。
うれしくて、もう脱ぎたくなくって、だから部屋から出て行ったんだ。すこしでも長くシャツを取り上げられたくないから、逃げたね。
きっと探すなら下に行くだろうって思って俺、上に行ってさ。そうしたらピアノがあってね、気がついたら鍵盤の上に俺の指が踊ってた、」

白い指を軽く組みあわす、その爪が桜色に艶めき優しい。
しなやかに長い指を組む華奢な手に、透明な瞳は今朝の記憶に微笑んだ。

「前に話したよね?俺のおふくろは山ヤだけどピアニストだったって。だからかね、俺、おふくろが死んでからよく弾くんだよ。
誰にも聴かれないようにして、独りで思いつく曲を好きなだけ弾いて、歌ってね…すっきりする、そうするとなんか楽になってね。
今朝もね、気がついたらピアノを弾いて歌ってた…思いつく曲は全部おまえと聴いたのばっかりでさ、でも片っ端から弾いて歌ってた、ね」

告げてくれる言葉の向こう、黒髪なびかせ透明な瞳は見つめて微笑む。
その笑顔は透けるよう明るく清らかで、思いの真実が艶やかに佇んで愛しい。
今朝、透明な声と旋律を静かに響かせた横顔は、穏やかな痛切と幸福が目映く輝いていた。
暁と同じに愛しいまま惹かれ見つめて、静かに英二は立ちあがるとワインバケットを持って部屋に入った。

「…英二?」

ブルーシャツの背中に透明な声が呼んで、肩越しふりむき笑いかける。
そのまま冷蔵庫を開きボトルごと仕舞うと、窓の向こう太陽の下に戻って綺麗に微笑んだ。

「光一、今すぐ光一のこと抱えこませてよ?もしYesならグラスを空けて、部屋に戻って?」

告げた言葉に透明な瞳は微笑んで、薄紅の唇グラスにくちづける。
グラスへと陽は明るく輝いて、きらめき揺らす金色の酒は飲まれていく。
グラス傾け白い顎をあげ、最後ひとしずく飲みほすと白いシャツ姿は立ち上がり微笑んだ。

「残りの梨は、後で食べてもイイ?まだシャンパンも残ってるから、」
「うん、」

頷いて笑いかけ、テラステーブルの皿とグラスを手にとった。
ベランダ越しのアイガーは雲をまとい靡かせ、狭間に蒼い壁をのぞかせ佇む。
美しい冷厳と雄渾の山、その姿に昨日も見た青い背中への想いは今、この体から残り香とあざやかになる。
肌昇らす香への想いと窓の内へ戻ると、夏の花たちは部屋あふれて清楚匂いやかに瑞々しい。
花に微笑んでグラスたちをデスクに置き、窓の鍵を掛けると英二は恋人に向きあった。

「光一、また夢を見させてくれる?光一を抱いて幸せな夢を見たい、昨夜の続きがほしい、」

笑いかけ見つめて問う許しに、底抜けに明るい目が笑ってくれる。
同じ高さの眼差しは真直ぐ見つめて、すこし羞みながら綺麗に微笑んだ。

「俺も夢を見たいね、目を開けてても幸せなまんまで、」
「俺もだよ、」

笑いかけた唇を重ね、ふれるキスに微笑が温かい。
やわらかな熱と花の香むせるキス、抱きしめベッドへと抱え上げて、唇そっと離して笑いかけた。

「光一、体の調子は?痛いとか本当のこと言ってくれ、そうしないと傷つけることになるから、」
「すこし怠いのと、腰がちょっとキてるね。でも…ね、」

答えて途切れる言葉に本音が伝わって、真昼のベッドでキスを交わす。
甘い香ふれて離れて見つめ合う、その透明な瞳が恥らいに艶を華やがせる。
あわく紅潮のぼりだす衿元、白いシャツのボタンに英二は長い指を掛け、外した。

「…あ、」

吐息のようテノールがこぼれて、透明な瞳は途惑い見つめてくれる。
ひとつ、外れたボタンに白い肌は鎖骨を透かし馥郁と香らす、その香りに接吻ける。
ふれた雪白の肌から唇にふるえる鼓動伝わり、しなやかな掌が両肩にそっと置かれて問いかけた。

「あの、さ、風呂入んないの?…このままする気?俺、汗かいてると思う、し…それに、まだ…」

言葉に顔をあげて見つめた恋人は、雪白の頬に紅潮ためらい染めていく。
不安と困惑と、けれど幸福な悦びへの期待と信頼が、透明な瞳から見つめてくれる。
そっと見つめ返して眼差しからめ、無垢な瞳への想い笑いかけて英二は答えと微笑んだ。

「途中までしたら風呂、連れて行くよ。ちゃんと支度するから心配しないで、安心して?光一、」
「…うん、」

素直に頷いてくれる紅ふくんだ首筋が艶やかで、惹かれるまま唇ふれる。
うすい肌理なめらかに唇へ甘くて、高雅な香に酔わされるままキスの刻印を付けた。




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