萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk11 建申月act.4―dead of night

2012-11-16 23:19:08 | dead of night 陽はまた昇る
呼ぶのなら、



secret talk11 建申月act.4―dead of night

氷河の水は碧く白い。

ツェルマットの街を流れていく川は、氷河の雪解けを運んでゆく。
この碧い水は幾星霜を凍らせて今、流れていくのだろう?
そんな想い眺める隣から、透明なテノールが笑った。

「おまえさ、北壁なんか登ってきた後の癖に、かなり遠くまで歩いちゃってたね?」

笑いながら光一は白い指を伸ばすと、英二の頬を小突いた。
小突かれながら英二も笑って、素直にパートナーへと謝った。

「ごめん、気づいたら着いてた、」

気づいたら着いていた草原は、フィンデルンの手前だった。
ちょっと歩いたつもりだった、けれど3km以上は向うへ行っていた。
そしてフィンデルンとの標高差は300mからある、どうも坂道を登っている気はしたな?
いま自分が歩いたハイキングコースを考え、微笑んだ英二に光一は笑ってくれた。

「まったくタフだね、宮田巡査はさ?頼もしいね、」

可笑しそうに笑って階級で呼んでくれる。
その呼び方に少し困りながら、率直に英二は訊いてみた。

「あのさ、今回のメンバーの前では俺、国村さんって呼んだ方が良いよな?」
「うん?今頃なんで?」

不思議そうに訊きながら光一は軽く首傾げこんだ。
すぐ底抜けに明るい目が笑って、可笑しそうに訊いてくれた。

「おまえ、そういえば加藤さん達の前では俺のこと、呼ばないように会話してたね?しかも敬語だったな、」
「うん。何て呼んだらいいか解からなかったし、公式の訓練だから、」

今回の状況は、正直すこし途惑ってしまう。
いつも青梅署では業務中「国村」でプライベートは「光一」と呼んで、敬語は遣っていない。
それは周囲も光一と英二が親しくなっていく過程を見ていたから出来る、けれど他部署も一緒の時はどうだろう?
そんな思案に一昨日から本当は考えていたけれど、マッターホルン北壁を前に煩雑なことは脇へ置いていた。

「まあ、どっちでもイイんじゃない?」

さらり光一は言って、英二に笑いかけた。
どういう意味で「イイんじゃない?」なのだろう?そう見返した英二にテノールは微笑んだ。

「だってね?七機も五日市も、高尾にしてもね?同じ警視庁山岳救助隊だけど、俺たち青梅署チームからしたら他の所属だろ?
で、同じ所属の人間は敬称略でヨソへと話すよね?ま、あの人たちの前で、俺自体に呼びかけるのはドッチってコトだろうけど、」

光一の言う通りだろう、これで問題の半分は片付いた。
残り半分への回答について英二は、困ったよう微笑んだ。

「そうすると俺、いちおう『国村さん』って呼んだ方が良いかな、皆さんの前の時って、」
「そうしたきゃソレでも良いんじゃない?ま、公務中だから気になるんだろうけどね、大した問題じゃないよ、」

気軽に笑って光一は、橋の欄干から長身を起こした。
英二も踵を返し並んで歩きだすと、愉しげに光一が店を指さし微笑んだ。

「腹減っちゃったね、俺。パン買っていきたいね、」
「うん、良いよ、」

そういえば自分も腹が空いている。
泣いた所為なのかな?そんなことを考えながら木製の扉を押して、店に入った。
何種類かの並んだパンから好みを選び、紙袋に詰めてもらうとまた通りに出る。
あざやかな花に彩られた道は洒落た店が並び、山岳リゾートの街だと思わす。

「この街って可愛い建物が多いな、花もいっぱいだし、」
「だろ?周太は喜びそうだよね、ハイキングコースも花畑が多かったろ?ハネムーンに連れて来てやんなよ、」
「男同士で結婚しても、特別休暇って貰えるのかな?」
「普通に旅行ですって申請しな、ソッチのが面倒が少ないからね?」

話しながら歩いていく通りには、アウトドアショップも多く並んでいる。
ちょっと覗いてみたいな?そうウィンドウを見た英二に光一が気づいてくれた。

「見ていこっかね、俺たちに合うサイズのモン、コッチなら沢山あるよ、Bonjour、」

ショップに入り店員に挨拶すると、品を見ていく。
グローブのコーナーで指がフリーになったタイプを見つけて、英二は隣に微笑んだ。

「光一、これカメラの時に遣ってるヤツと似てるな?」
「同じヤツだね。おまえも買ったらいいんじゃない?便利だよ。S'il vous plait、」

店員に光一は話しかけ、手にとりたい旨を伝えてくれる。
渡してもらったグローブを見、店員から勧められるまま試着すると光一が笑った。

「そのワインカラー、似合ってるね。英二は赤が似合うよ、はめた感じどう?」
「フィット感が良いな?じゃあ光一、この色でいいかな、」

訊いて笑いかけた視線の先、光一の向こうにいる客が振向いた。
その見知った顔は英二と光一を見、驚いたよう微笑んだ。

「あ、おつかれさまです。あの、名前で呼び合ってるんですね?」

五日市署山岳救助隊所属、橋本巡査部長は困ったよう笑ってくれた。







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