snowdrop 希望の点
第78話 冬暁 act.4-side story「陽はまた昇る」
この店も何ヶ月ぶりだろう?
雪残る道のガラス越し、花は豊麗な色彩あふれさす。
12月の曇天に街路樹は黒く梢を伸ばして佇む、行交うコートたちも暗色が多い。
歩く吐息も白いモノトーンの冬、けれど一点のフルカラーに微笑んで英二は扉を入った。
「いらっしゃいませ、」
澄んだアルトが花を透ってカウンターから立ち上がる。
長身たおやかなエプロン姿が来て、そして涼やかな瞳が笑ってくれた。
「こんにちは、今日はおひとりですか?」
ここでも「おひとり」か訊かれるんだな?
さっきもラーメン屋で同じような質問されている。
こんな同じに7月までの時間が思い知らされて、そして遠いまま微笑んだ。
「こんにちは、今日はひとりです。花束をお願い出来ますか?」
「はい、贈るお相手はどんな方ですか?」
応えてくれる笑顔は相変わらず穏やかで、けれど微かに物憂い。
これも同じに心配してくれている、この優しい花屋に笑いかけた。
「俺の祖父です、周太は元気ですよ?」
きっと彼女が知りたいのは贈り先より周太だろう?
そんな推定に色白やさしい笑顔ほころんだ。
「元気なら良かった、しばらく来ていないから心配していたんです。夏にお友達と来てくれたけど、」
やっぱり周太はここにも来ていた。
それも同じ日に同じ相手と連れ立っている、この意味が解かってしまう。
―周太、別れに来たんだろ?必ず帰るって無言で、
大好きな友達と大好きな場所、そんな一日だったろう。
入隊テスト前の土曜日で大学の帰り道、その日の横顔を想い笑いかけた。
「眼鏡のやつと可愛い女の子でしょう?」
「はい、ふたりとも花をよくご存知でした、彼のお友達らしいなって、」
穏やかなアルトが明るんで白い手が花を選びだす。
きっと楽しい時間だったろう、それすら少し妬ましくて笑いたくなる。
―ほんと俺って独占欲が強すぎるな、今は特に、
あのベンチで逢える、そう想っていた。
けれど肩透かし食った孤独感に微笑んだ前、深い色合いの花々まとめられた。
「こんな感じでいかがでしょう?バラの棘はとってあります、」
黒い葉に深紅の鶏頭、黒緋の小菊、朱いバラの実、そして大輪純白の薔薇。
黒から深紅、白とまとめられた花束は高潔に深い、そのトーン似つかわしくて笑いかけた。
「祖父のイメージに合います、でもよく解りましたね?」
祖父に贈るとしか言っていない。
それでも懐かしい俤ふさわしい花束に綺麗な瞳は微笑んだ。
「お客さまのイメージから作ったんです、リボンかけますね?」
白い華奢な手が器用にラッピングしていく。
チョコレートブラウンの和紙に黒紫のリボン艶やかに美しい、その作り手が口開いた。
「お客様が花束をって言われたとき私、彼が入院でもしたのかと心配になったんです。元気なら良かった、」
良かった、そう微笑んでくれる眼差しは澄んで温かい。
こんなふう思い遣ってくれる人がいる、それが素直に嬉しくて笑いかけた。
「心配してくれたこと、本人が聴いたら喜びますよ?あなたのこと花の女神さまって言ってたから、」
花の女神さまみたいで素敵なんだよ?
そんな言葉と羞んだ笑顔が懐かしい、あの貌に正直嫉妬もした。
自分じゃない誰かに心懸けることが面白くなくて、けれど今はそんな貌でも良いから、ただ逢いたい。
実家の墓参なんて、どれくらいぶりだろう?
その答えは去年の夏にも重なってしまう、それくらい無沙汰していた。
もう遠ざかっている自分の生家、今は無い祖父母の家、そして葉山の空中庭園と祖母の声。
そんなふう連想しながら懐かしくなる墓所は残雪と曇天の白に黒あざやかで、抱いてきた深紅の花束と笑いかけた。
「お祖父さん、ご無沙汰してすみません、」
ここに敬愛する祖父の遺骨は眠る。
この祖父の唯ひとりの孫息子であること、それは自分の誇りで拠所だった。
この祖父と同じ大学に行き同じ道を選びたい、そう望んだほど憧れて似ていると言われるたび嬉しかった。
だからこそ考えてしまう、祖父が今どう想うのか?
「この花束、俺を見たイメージでお祖父さんに合せて作ってくれたんですよ?似てるって思われたみたいです、」
話しかけ墓前に捧げる花へ俤は懐かしい。
深紅にも真白な大輪は高潔あざやかに凛と澄む、そんな花に笑いかけた。
「お祖父さんなら今、どうしますか?もし俺だったら、あの男と周太にどうしますか?」
観碕征治、あの男に祖父はどう接していたのだろう?
『宮田次長検事は仕事柄お世話になりました、笑顔が本当に綺麗な方で私は好きでしたよ、』
あの男にまで好かれる祖父だった、それが祖父らしい。
清廉潔白、公明正大、ユーモアも大らかな優しく温かい端正な笑顔。
澄んだ切長い瞳は真直ぐに世界を見ていた、あの眼差しの視点を今どうか教えてほしい。
“ Fantome ”
その存在を祖父も知っていたのだろうか、それなら何を抗えば良いか聴きたい。
あの小説を読んだら何を判断するだろう、その明るく深い思考を自分に示してほしい。
そして教えてほしい、父は全てを本当は知っているだろうか、それならどんな貌で何を言えば良い?
「あと、ベンチで待ってて良いのか聴きたいですよ?今日の閉園までしつこく座って、」
素直な想い笑いかけながら相談ごと浮んで止まない。
こんな思考と言いたい言葉たちは懐かしい時間と似ていて、今すこしだけ息つける。
『私は法律家でありたいんだよ、人間の為のな?』
記憶の声は低く響いて美しい、あの声で語られること全て好きだった。
検事の退官後は弁護士として在野に生きた、その道は一貫に実直だと今なら解かる。
あんなふうに自分も生きたいと憧れて法学部を選んだ、けれど違い過ぎる現実に笑いかけた。
「お祖父さん、俺は嘘だらけです。お祖父さんみたいに生きたかったけど、でも、信じられないって言われる俺は違いますね?」
こんなこと言われて祖父はどんな貌だろう?
そんな思案に記憶の眼差しは愉快そうに笑ってくれる。
白皙端正な笑顔は穏やかに冷静で、けれど肚底は真直ぐな熱情が温かい。
揺るがない高潔、そう誰もに賞賛された祖父と違い過ぎる自分だから昨夜も言われてしまった。
『英二、信じてって言うくせに信じられる行動をしてる?』
あんなふうに言われた事など祖父は無いだろう?
けれど自分は言われてしまった、この落差に微笑んだまま足音が呼んだ。
「英二?」
綺麗な低い声、この声は祖父と似ていてけれど違う。
そんな相手は一人しか知らない、そして待っていた相手に振り向き笑った。
「父さん、久しぶり、」
墓前から笑いかける真中で父が見つめてくる。
その切長い瞳ゆっくり瞬かせ記憶と同じ声が言った。
「本当に久しぶりだな、夏以来か?」
「そうだね、」
笑いかけた隣へコート姿が並んでくれる。
自分より少し低くなった視線は墓前を見、ふっと微笑んだ。
「良い花だな、父によく似合う。英二が選んだのか?」
「花屋の人が選んだよ、俺のイメージらしいけど、」
言われたままを告げて父が瞳そっと細めさす。
あらためて顔を見る、そんな眼差しが言ってくれた。
「いま私も一瞬、父がいると思ったよ。雰囲気がまた似てきたな、」
祖父と雰囲気が似ている、そう幼い頃から言われてきた。
それを「また」と父は言ってくれる、その言葉に笑いかけた。
「お祖父さんと俺を見間違えたってこと?」
「ああ、命日だから若返って帰ってきたのかと思ったよ、髪や肌の色が似ているからかな、」
綺麗な低い声の言葉に記憶の祖父をなぞる。
もし祖父なら今なんて父に言うだろう?そんな自問に答えのまま問いかけた。
「父さん、俺は馨さんと似ていますか?」
今、父が本当に見つめたのはこの名前だろう?
(to be continued)
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第78話 冬暁 act.4-side story「陽はまた昇る」
この店も何ヶ月ぶりだろう?
雪残る道のガラス越し、花は豊麗な色彩あふれさす。
12月の曇天に街路樹は黒く梢を伸ばして佇む、行交うコートたちも暗色が多い。
歩く吐息も白いモノトーンの冬、けれど一点のフルカラーに微笑んで英二は扉を入った。
「いらっしゃいませ、」
澄んだアルトが花を透ってカウンターから立ち上がる。
長身たおやかなエプロン姿が来て、そして涼やかな瞳が笑ってくれた。
「こんにちは、今日はおひとりですか?」
ここでも「おひとり」か訊かれるんだな?
さっきもラーメン屋で同じような質問されている。
こんな同じに7月までの時間が思い知らされて、そして遠いまま微笑んだ。
「こんにちは、今日はひとりです。花束をお願い出来ますか?」
「はい、贈るお相手はどんな方ですか?」
応えてくれる笑顔は相変わらず穏やかで、けれど微かに物憂い。
これも同じに心配してくれている、この優しい花屋に笑いかけた。
「俺の祖父です、周太は元気ですよ?」
きっと彼女が知りたいのは贈り先より周太だろう?
そんな推定に色白やさしい笑顔ほころんだ。
「元気なら良かった、しばらく来ていないから心配していたんです。夏にお友達と来てくれたけど、」
やっぱり周太はここにも来ていた。
それも同じ日に同じ相手と連れ立っている、この意味が解かってしまう。
―周太、別れに来たんだろ?必ず帰るって無言で、
大好きな友達と大好きな場所、そんな一日だったろう。
入隊テスト前の土曜日で大学の帰り道、その日の横顔を想い笑いかけた。
「眼鏡のやつと可愛い女の子でしょう?」
「はい、ふたりとも花をよくご存知でした、彼のお友達らしいなって、」
穏やかなアルトが明るんで白い手が花を選びだす。
きっと楽しい時間だったろう、それすら少し妬ましくて笑いたくなる。
―ほんと俺って独占欲が強すぎるな、今は特に、
あのベンチで逢える、そう想っていた。
けれど肩透かし食った孤独感に微笑んだ前、深い色合いの花々まとめられた。
「こんな感じでいかがでしょう?バラの棘はとってあります、」
黒い葉に深紅の鶏頭、黒緋の小菊、朱いバラの実、そして大輪純白の薔薇。
黒から深紅、白とまとめられた花束は高潔に深い、そのトーン似つかわしくて笑いかけた。
「祖父のイメージに合います、でもよく解りましたね?」
祖父に贈るとしか言っていない。
それでも懐かしい俤ふさわしい花束に綺麗な瞳は微笑んだ。
「お客さまのイメージから作ったんです、リボンかけますね?」
白い華奢な手が器用にラッピングしていく。
チョコレートブラウンの和紙に黒紫のリボン艶やかに美しい、その作り手が口開いた。
「お客様が花束をって言われたとき私、彼が入院でもしたのかと心配になったんです。元気なら良かった、」
良かった、そう微笑んでくれる眼差しは澄んで温かい。
こんなふう思い遣ってくれる人がいる、それが素直に嬉しくて笑いかけた。
「心配してくれたこと、本人が聴いたら喜びますよ?あなたのこと花の女神さまって言ってたから、」
花の女神さまみたいで素敵なんだよ?
そんな言葉と羞んだ笑顔が懐かしい、あの貌に正直嫉妬もした。
自分じゃない誰かに心懸けることが面白くなくて、けれど今はそんな貌でも良いから、ただ逢いたい。
実家の墓参なんて、どれくらいぶりだろう?
その答えは去年の夏にも重なってしまう、それくらい無沙汰していた。
もう遠ざかっている自分の生家、今は無い祖父母の家、そして葉山の空中庭園と祖母の声。
そんなふう連想しながら懐かしくなる墓所は残雪と曇天の白に黒あざやかで、抱いてきた深紅の花束と笑いかけた。
「お祖父さん、ご無沙汰してすみません、」
ここに敬愛する祖父の遺骨は眠る。
この祖父の唯ひとりの孫息子であること、それは自分の誇りで拠所だった。
この祖父と同じ大学に行き同じ道を選びたい、そう望んだほど憧れて似ていると言われるたび嬉しかった。
だからこそ考えてしまう、祖父が今どう想うのか?
「この花束、俺を見たイメージでお祖父さんに合せて作ってくれたんですよ?似てるって思われたみたいです、」
話しかけ墓前に捧げる花へ俤は懐かしい。
深紅にも真白な大輪は高潔あざやかに凛と澄む、そんな花に笑いかけた。
「お祖父さんなら今、どうしますか?もし俺だったら、あの男と周太にどうしますか?」
観碕征治、あの男に祖父はどう接していたのだろう?
『宮田次長検事は仕事柄お世話になりました、笑顔が本当に綺麗な方で私は好きでしたよ、』
あの男にまで好かれる祖父だった、それが祖父らしい。
清廉潔白、公明正大、ユーモアも大らかな優しく温かい端正な笑顔。
澄んだ切長い瞳は真直ぐに世界を見ていた、あの眼差しの視点を今どうか教えてほしい。
“ Fantome ”
その存在を祖父も知っていたのだろうか、それなら何を抗えば良いか聴きたい。
あの小説を読んだら何を判断するだろう、その明るく深い思考を自分に示してほしい。
そして教えてほしい、父は全てを本当は知っているだろうか、それならどんな貌で何を言えば良い?
「あと、ベンチで待ってて良いのか聴きたいですよ?今日の閉園までしつこく座って、」
素直な想い笑いかけながら相談ごと浮んで止まない。
こんな思考と言いたい言葉たちは懐かしい時間と似ていて、今すこしだけ息つける。
『私は法律家でありたいんだよ、人間の為のな?』
記憶の声は低く響いて美しい、あの声で語られること全て好きだった。
検事の退官後は弁護士として在野に生きた、その道は一貫に実直だと今なら解かる。
あんなふうに自分も生きたいと憧れて法学部を選んだ、けれど違い過ぎる現実に笑いかけた。
「お祖父さん、俺は嘘だらけです。お祖父さんみたいに生きたかったけど、でも、信じられないって言われる俺は違いますね?」
こんなこと言われて祖父はどんな貌だろう?
そんな思案に記憶の眼差しは愉快そうに笑ってくれる。
白皙端正な笑顔は穏やかに冷静で、けれど肚底は真直ぐな熱情が温かい。
揺るがない高潔、そう誰もに賞賛された祖父と違い過ぎる自分だから昨夜も言われてしまった。
『英二、信じてって言うくせに信じられる行動をしてる?』
あんなふうに言われた事など祖父は無いだろう?
けれど自分は言われてしまった、この落差に微笑んだまま足音が呼んだ。
「英二?」
綺麗な低い声、この声は祖父と似ていてけれど違う。
そんな相手は一人しか知らない、そして待っていた相手に振り向き笑った。
「父さん、久しぶり、」
墓前から笑いかける真中で父が見つめてくる。
その切長い瞳ゆっくり瞬かせ記憶と同じ声が言った。
「本当に久しぶりだな、夏以来か?」
「そうだね、」
笑いかけた隣へコート姿が並んでくれる。
自分より少し低くなった視線は墓前を見、ふっと微笑んだ。
「良い花だな、父によく似合う。英二が選んだのか?」
「花屋の人が選んだよ、俺のイメージらしいけど、」
言われたままを告げて父が瞳そっと細めさす。
あらためて顔を見る、そんな眼差しが言ってくれた。
「いま私も一瞬、父がいると思ったよ。雰囲気がまた似てきたな、」
祖父と雰囲気が似ている、そう幼い頃から言われてきた。
それを「また」と父は言ってくれる、その言葉に笑いかけた。
「お祖父さんと俺を見間違えたってこと?」
「ああ、命日だから若返って帰ってきたのかと思ったよ、髪や肌の色が似ているからかな、」
綺麗な低い声の言葉に記憶の祖父をなぞる。
もし祖父なら今なんて父に言うだろう?そんな自問に答えのまま問いかけた。
「父さん、俺は馨さんと似ていますか?」
今、父が本当に見つめたのはこの名前だろう?
(to be continued)
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