ice nucleation 忘却の粋核
第78話 冬暁 act.5-side story「陽はまた昇る」
白い花、深紅の花に黒紫、その墓前に雪まだ残る。
黒い墓碑の頭上は曇るまま白く動かない、けれど風ゆるく頬冷やす。
静かな石畳にチャコールグレーのコートは佇んで見つめてくる、この見慣れた顔に英二は微笑んだ。
「父さん、俺を見て馨さんだと思ったから驚きましたよね、なぜ馨さんのこと忘れた顔するんですか?」
言葉遣いから変えて声のトーン変えていく。
この話し方も声も父には伝わらないかもしれない、でも知っている可能性は高い。
馨はオリンピックにも出場経験がある、だから知っているはずの声と顔の前で父は静かに言った。
「英二、どういう意味だ?」
「父さんも解ってますよね、あの小説を読んで気づいて、だから忘れた顔してる、」
きっと父は読んだのだろう?
だからこそ忘れたフリしている、その確信に切長い瞳ゆっくり微笑んだ。
「どの小説のことだろう、」
「お祖母さんが大切にしている本です、父さんも読んだって聴いたよ?」
証人の名と笑いかけた真中で端整な顔が静かにため息吐く。
もう観念するのだろう?そんな顔は花束片手に小さく笑った。
「父の墓前で訊くなんて英二、考えたな?」
父は父親、祖父の前で嘘吐くなんて出来ない。
それを解かっているから選んだ場所に問いかけた。
「お祖父さんにも聴いてもらいたいんです、聴くべき人だって父さんも解ってますよね?万年筆の単語を読んでるから、」
ただ一単語、それでも父なら意味を気づくだろう?
この推測と見つめた墓前に綺麗な低い声が尋ねた。
「いつフランス語の勉強したんだ?大学ではドイツ語だったろうに、」
フランス語、
これを言ってしまったなら自白も同然だ。
そして辿れる推定と笑いかけた。
「父さんは子供の頃にフランス語を教わりましたよね、斗貴子さんから、馨さんと一緒に、」
これは証人がいる、だから言い逃れはさせない。
そう見つめた真中で端正な顔は溜息ひとつ微笑んだ。
「夏に葉山へ行ったのは英二、事情聴取が目的か?」
事情聴取だなんて父こそ今の本音だろう?
そんな相手に笑って問いかけた。
「あの小説も届いてすぐ読んでますよね、大学が正月休みで帰省中だったから。それなのになぜお祖父さんに内容を話さなかったんですか?」
あのとき晉は時期を選んで送っている、その意図は父だ。
『 La chronique de la maison 』
パリ郊外に舞台を変えても描かれる屋敷は全く同じ。
家族構成も変らない、ただ親戚は誰も登場しないだけで国籍も違う。
けれど人間の職業や性別は同じで感情もきっと事実のまま、そんな「記録」に問いかけた。
「小説は事実だと考えたから、だから裁判官でも検事でもなく弁護士なんですか?」
なぜ父は弁護士を選んだのか?
その理由を深く考えたことは無かった、だけど「小説」で説明がつく。
あの事実を知ったら父が何を選ぶのか?解っているから笑いかけた。
「あの小説が事実だから母さんと結婚したんだろ?鷲田の祖父なら家ごと護れるから、」
ずっと不思議だった、なぜ父があの母と結婚したのか?
『良い学校を出て良い会社に入り、良い妻を迎える。それで人生は無事に過ぎていくとただそれだけだった、誇りも意味も私には見つかっていない、』
卒業式の翌日、帰った実家の夜に父はそう言った。
あのときは解らなかった言葉、けれど今なら解かる想いに父は微笑んだ。
「私を軽蔑するかな、英二は、」
軽蔑、
そんな言葉に父の傷みが軋む、だって不似合だろう?
京都大学法学部を出て一流企業の法務室で国際弁護士を務める、その経歴はエリートと言って良い。
それなのに本人自身は卑屈な本音を苦しんできた、そこにある願いも真実も見つめながら微笑んだ。
「軽蔑したことは無いよ、父さんが美幸さんに恋したことは正直ちょっと傷ついたけど、でも納得もしてるから、」
これは本音、だって父が恋しても仕方ない。
そして責めることも出来ないまま父が小さく笑った。
「納得するなんて英二、おまえも美幸さんに好意があるみたいな言い方だな?」
「好きだよ、」
あっさり言葉が出てまた自覚させられる。
そんな自分に笑った真中で困ったよう微笑んだ。
「英二、おまえは周太くんに本気なはずだろう?」
「本気だよ、あの家まるごと周太が好きなんだ、」
笑いかけながら自分の欲深さに呆れてしまう。
それすら今は可笑しくて笑った向こう父が口開いた。
「私もあの家が好きだよ、だから小説を読んだ時すぐ解かって、怖くなったよ、」
怖くなった、そんな言葉に父の今までが解かる。
これが普通の反応だろう、そう納得するまま笑いかけた。
「父さん、川崎の事件について教えてもらえる?弁護士なら色んな方法で調べられるよな、同期から内部事情も聴いてるだろ?修習で伝手を作れるから、」
この男ならそれくらい出来るだろう、だって自分の父親だ?
(to be continued)
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第78話 冬暁 act.5-side story「陽はまた昇る」
白い花、深紅の花に黒紫、その墓前に雪まだ残る。
黒い墓碑の頭上は曇るまま白く動かない、けれど風ゆるく頬冷やす。
静かな石畳にチャコールグレーのコートは佇んで見つめてくる、この見慣れた顔に英二は微笑んだ。
「父さん、俺を見て馨さんだと思ったから驚きましたよね、なぜ馨さんのこと忘れた顔するんですか?」
言葉遣いから変えて声のトーン変えていく。
この話し方も声も父には伝わらないかもしれない、でも知っている可能性は高い。
馨はオリンピックにも出場経験がある、だから知っているはずの声と顔の前で父は静かに言った。
「英二、どういう意味だ?」
「父さんも解ってますよね、あの小説を読んで気づいて、だから忘れた顔してる、」
きっと父は読んだのだろう?
だからこそ忘れたフリしている、その確信に切長い瞳ゆっくり微笑んだ。
「どの小説のことだろう、」
「お祖母さんが大切にしている本です、父さんも読んだって聴いたよ?」
証人の名と笑いかけた真中で端整な顔が静かにため息吐く。
もう観念するのだろう?そんな顔は花束片手に小さく笑った。
「父の墓前で訊くなんて英二、考えたな?」
父は父親、祖父の前で嘘吐くなんて出来ない。
それを解かっているから選んだ場所に問いかけた。
「お祖父さんにも聴いてもらいたいんです、聴くべき人だって父さんも解ってますよね?万年筆の単語を読んでるから、」
ただ一単語、それでも父なら意味を気づくだろう?
この推測と見つめた墓前に綺麗な低い声が尋ねた。
「いつフランス語の勉強したんだ?大学ではドイツ語だったろうに、」
フランス語、
これを言ってしまったなら自白も同然だ。
そして辿れる推定と笑いかけた。
「父さんは子供の頃にフランス語を教わりましたよね、斗貴子さんから、馨さんと一緒に、」
これは証人がいる、だから言い逃れはさせない。
そう見つめた真中で端正な顔は溜息ひとつ微笑んだ。
「夏に葉山へ行ったのは英二、事情聴取が目的か?」
事情聴取だなんて父こそ今の本音だろう?
そんな相手に笑って問いかけた。
「あの小説も届いてすぐ読んでますよね、大学が正月休みで帰省中だったから。それなのになぜお祖父さんに内容を話さなかったんですか?」
あのとき晉は時期を選んで送っている、その意図は父だ。
『 La chronique de la maison 』
パリ郊外に舞台を変えても描かれる屋敷は全く同じ。
家族構成も変らない、ただ親戚は誰も登場しないだけで国籍も違う。
けれど人間の職業や性別は同じで感情もきっと事実のまま、そんな「記録」に問いかけた。
「小説は事実だと考えたから、だから裁判官でも検事でもなく弁護士なんですか?」
なぜ父は弁護士を選んだのか?
その理由を深く考えたことは無かった、だけど「小説」で説明がつく。
あの事実を知ったら父が何を選ぶのか?解っているから笑いかけた。
「あの小説が事実だから母さんと結婚したんだろ?鷲田の祖父なら家ごと護れるから、」
ずっと不思議だった、なぜ父があの母と結婚したのか?
『良い学校を出て良い会社に入り、良い妻を迎える。それで人生は無事に過ぎていくとただそれだけだった、誇りも意味も私には見つかっていない、』
卒業式の翌日、帰った実家の夜に父はそう言った。
あのときは解らなかった言葉、けれど今なら解かる想いに父は微笑んだ。
「私を軽蔑するかな、英二は、」
軽蔑、
そんな言葉に父の傷みが軋む、だって不似合だろう?
京都大学法学部を出て一流企業の法務室で国際弁護士を務める、その経歴はエリートと言って良い。
それなのに本人自身は卑屈な本音を苦しんできた、そこにある願いも真実も見つめながら微笑んだ。
「軽蔑したことは無いよ、父さんが美幸さんに恋したことは正直ちょっと傷ついたけど、でも納得もしてるから、」
これは本音、だって父が恋しても仕方ない。
そして責めることも出来ないまま父が小さく笑った。
「納得するなんて英二、おまえも美幸さんに好意があるみたいな言い方だな?」
「好きだよ、」
あっさり言葉が出てまた自覚させられる。
そんな自分に笑った真中で困ったよう微笑んだ。
「英二、おまえは周太くんに本気なはずだろう?」
「本気だよ、あの家まるごと周太が好きなんだ、」
笑いかけながら自分の欲深さに呆れてしまう。
それすら今は可笑しくて笑った向こう父が口開いた。
「私もあの家が好きだよ、だから小説を読んだ時すぐ解かって、怖くなったよ、」
怖くなった、そんな言葉に父の今までが解かる。
これが普通の反応だろう、そう納得するまま笑いかけた。
「父さん、川崎の事件について教えてもらえる?弁護士なら色んな方法で調べられるよな、同期から内部事情も聴いてるだろ?修習で伝手を作れるから、」
この男ならそれくらい出来るだろう、だって自分の父親だ?
(to be continued)
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