~ 来年の参院選から選挙権の年齢が「18歳以上」になるため、政治参加への意識を高める教育の重要性が高まっている。教えるにあたって教員は「中立性」にどの程度、配慮したらよいのか。国は高校生向けの副教材をつくって配る方針だが、授業が議会で問題とされたケースもあるため、現場の悩みは深まっている。(「偏ってる?悩む教員 政治参加の教育、議会が問題視」朝日新聞9月8日) ~
そうかあ、悩んでなかった。
当事者なんだから、悩まないといけないのだろうか。じゃ、どんな教育をすれば … 。
われわれが仮に偏向した教育を行ったとして、彼らはそんなに影響を受けてくれるだろうか。
むしろ、それぐらいちゃんと話をきいてくれれば、逆にありがたい。
国語の研修会でも、この先テーマとして扱われるだろうか。
国語科の教員は、たとえば現代社会の授業をもつ先生に比べると、直接政治に関わる言葉を発することは少ない。
でも「主体的な政治参加を目指す国語力の育成」とか「主権者教育としての現代文読解」みたいな、よくわかんない研究会が今後企画される可能性がないとはいえない。そういう場にでかけて行き、ばっかじゃないの? って行ってみたい気持ちがわくのは、まだ枯れてない証拠か。
代休の日、「向日葵の丘・1983年夏」という映画を品川まで観に行った。
常盤貴子主演で、80年代の一地方高校を舞台にしたものという情報が入れば、多少遠くても観に行きたいと思ってしまう。しかも上映館を調べたYAHOO映画情報欄には、異常とも思えるくらいの高得点レビューがあふれていた。
話は現代からはじまる。シナリオライターとして生計を立てる多佳子(常盤貴子)のもとに、高校時代の親友みどり(田中美里)から余命いくばもなくなったので久しぶりに会いたいと連絡が入る。
卒業以来30年間、故郷にはかえっていない。高校時代からの友人のエリカ(藤田朋子)に相談すると、会ってあげなよと言う。「ボクは明日からロスに行くから、いっしょには行けないけどね」と。
常盤貴子と藤田朋子が同級生という設定は、ちょっときびしかった。
30年も田舎に帰らず、連絡もとっていないという設定も、極端じゃないかなと思った。
高校時代の彼女に起こった事件が、それほど熾烈なものだったのだろう。
その事件にいたるまでの過程が、回想シーンとして描かれ、高校時代の多佳子、エリカ、みどりを若い女優さんが演じていく。
このノスタルジックな青春期のドラマが、年配客の涙をさそう一つの要因だろう。
ただ、この少し前の時期に高校生をやってた者として言わせてもらうと、ちょっと考証が甘いのではないだろうかと思われるシーンもあった。
たとえば、1983年の高校二年生が「ヒデキ、感激!」とは言わない。70年代前半なら話はわかるけど。
「聖子と明菜とどっちが好き?」と聞いて回ったりもしないんじゃないかな。
聖子さんがデビューしたころのライバルは河合奈保子や三原じゅんこであり、明菜さんが登場するころには、押しも押されぬ大スターになっていた。明菜さんはむしろポスト聖子として急激にその地位を高めていく。テレビから流れる番組もおそらく時代的に少しずれている。
30年ぶりに家族と和解し、けんか別れしたみどりとも仲直りし、三人が文化祭用に制作した映画作品が上映される運びになる。
何年も前に閉館して放置されていた映画館をみんなで大掃除し、いざ上映となったとき、街の人々が何百人も集まってくるのだ。これもリアリティにかける。
高校時代にエリカに、帰国子女キャラということで「ボク」という一人称を使わせているのだが、50歳近くなった藤田朋子さんも「ボク」のままだと、少女の用いる「ボク」の意味が生きない。
それら細かいことが気になり出すと、全体としてはつめの甘い脚本に見えたこの作品が、メジャーな劇場で公開可能になるのは、一体どういう力が働いているのだろうか、また豪華なキャスティングが可能なのはなぜなのかと気になった。
とはいえ、常盤貴子さんの見事なお芝居には救われたし、津川雅彦さんの存在感もさすがだった。
高校時代を演じた芳根京子さんは、大和っぽくてよかったな。
あらためてyahooのユーザーレビューを見直してみると、極端に評価の高いものがたくさん、ほどほどのものは少なく、辛辣な意見がいくつかという構成のように見える。
極端に高い評価をつけているものは、もしかすると関係者の方や、そのお知り合いの方という可能性もあるのではないだろうか。
っていうように、与えられた情報を、どこまで信憑性があるのか、という見方ができる力は、「国語」で養う。
ある問題についてたとえば新聞二紙の主張の違いを取り上げ、それだけを資料に「どっちが正しい?」と議論させるのは表面的な勉強だ。
高校教員は、とりたてて「中立な」教育をしようなどと考えず、自分の教科の中身をよりレベルアップすることが、そのまま適切な主権者教育になるはずだ。
「総合学習」ができたからといってカレー作りをしてみたり、PISAの点が悪いからあわてて資料読解やってみたり、「目先の」「小手先の」「表面的」教材に手を出すという癖が、教員にはある。
どんと腰を落ち着けて、自分の科目をしっかり教えればいいのさ。そのために、もっと勉強しないといけないけどね(自分に言い聞かせる)。