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ポトスライムの舟 津村記久子

昨年来ファンになってしまった著者の初期の作品。「芥川賞受賞作」とあるので、おそらく著者自身の原点ともいうべき作品だと思うし、出世作でもあるのだろう。これまで読んだ作品は、物語・文体、両方に確かさを感じるものばかりだったし、とにかく読んでいて面白かった。著者の原点には果たして何があるのだろうかと期待しながら読み始めた。本書には2つの中編が収められていて、受賞作は最初の一編で、こちらは仕事での挫折と軽いうつ病を経験したと思われる主人公の再生の物語だ。物語と言っても、ほぼ文章は主人公の一人称のような内容が三人称の形式で語られるという感じで、どちらかというと私小説に近い気がする。この作品自体は、そうした内容が飄々と語られているので、これまでに読んだ作者の作品に近い内容だと感じたのだが、2つ目の作品を読んでビックリした。後の方の作品は、まさに1つ目の作品の前の仕事への挫折の模様が描かれている。挫折というよりは壮絶な会社でのいじめで、しかもその張本人は、それほど極端な人物ではなく、どちらかと言えばどこにでもいそうな人物に過ぎない。そういう状況のなかで、いじめられているのは自分にも責任があるのではないかと、心理的な苦痛をため込んでいってしまう主人公の内面が克明に描かれている。いじめられている子供に「大人になったら」という慰めが何の意味もないことを突きつけられる。こうした壮絶なものが著者の原点にあったのかと思うと、これまでに読んだユーモアの裏に深い悲しみを秘めた作品が一層貴重なもののように感じた。(「ポトスライムの舟」 津村記久子、講談社文庫)

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