なんだろう
恐ろしいものではない
長男は法要の予定に合わせ 自身の計画を立てている
我が家で一番しっかりしていると思う
夫は自分の両親関係の事を 私に解決の協力を言う
親の死が どういうものか 主人には分からないか それだけ私を頼りにしてくれていると思うべきなのか
母の死 数年おいての父の病気 死
覚悟はしていたことだけど
祖父母の死が子供達に与える影響
周囲を気遣う落ち着いて見える長男
どこかで心が破綻しないかも 案じている
妙にしんどい感じがある
病気からかしら
意味もなく ふわふわと考えごとして時間が過ぎていく
しっかりしなきゃと思いつつ
写真は長男の昼食 カルシウム不足解消を目的とした献立です
ほうれん草にはゆず味のポン酢ジュレ
昨年 春 肺癌の疑いを言われ検査で 腫瘍の場所から 高齢もあり 手術は逆に寿命を縮め 薬も副作用が逆に苦しみを増し命を縮めると言われ
あと一年かどうかの命なのだと 教えられてはおりました
正月過ぎ 腹部に痛みを訴えるようになった父は
肝臓癌にもなり 肺いっぱいの腫瘍
やがて痛みがこらえきれなくなり
食事もとれなくなり 入院してからの更なる検査では 脳にも腫瘍がみられたとか
点滴他の治療により 一度は顔色もよくなり 少しは食事もとれるようになったものの 束の間
ちょっとした動きでも痛みを訴えるようになり 言動にも異常がみられるようになり
呼吸を楽にするための酸素マスクが外せなくなり
ただゆっくり浅い呼吸を繰り返し それがいつ止まるかと怖れながら見守るだけの
気道を保つ為に大きく首を反らした とても苦しそうな姿勢で
数日 長男は眠らず 食事を近くのコンビニに買いに行く為以外はほぼ離れず 父について 絶えず「おじいちゃん おじいちゃん」と呼びかけ 話しかけておりました
可愛いがってくれた祖父への感謝の気持ちや 一緒の旅行や あれこれ思い出を語りかけ続け
泣いては顔を洗い
3月12日夜 臨終の折りも長男の涙は止まらず
病院から会館へ向かう棺を運ぶ車にも同乗し
棺に入れる故人への思いを綴る色紙にも 写真のようなことを
火葬場でも棺を見送る時 涙の止まらない長男でした
可愛いがっていた長男の声が聞こえていたのか 言葉が届いていたのか
父の死に顔は 生きていた時に見たことないほど 優しく穏やかなものでした
気短かで眉間にシワ寄せて険しい表情の多かった父に これほど穏やかで美しい顔を見せることが 出来る人であったのかと
看護師さんや納棺師さんのお陰もあり すっきり整った顔で旅立って逝きました
お骨上げの説明をなさる方によれば 父は骨は丈夫な人間のものであったそうな
その綺麗な骨を 骨壺に入れる為 潰し砕き割る様子は 必要な事ながら
随分つらく 心の中で絶えず お父さん ごめんね そう繰り返してました
父は死にました
86歳 享年では88歳 米寿になるのでした
父の母の没年齢と ほぼ同じ
何か不思議なものを感じます