ー連ー
葉山宏人には眠くなる薬の入ったワインを 姉の蓮が頃合いを見て飲ませた
葉山が眠ると 荷物を撤収 そして姉は退場
通りすがりの人間役で 僕が登場
全て夢の中のこととして おしまい
そうして姉は泣いた 声を立てずに ただ泣いた
僕は女性の泣いている姿は苦手だ
何もできない自分が嫌だ
無力感が溜まらない
そして双子の姉の蓮は そんな僕の心さえ多少読めるのだった
「あんたってコはなんでそう何でも背負い込むんだろ・・・・・
連のせいじゃないのよ だから・・・連が苦しんだり 罪悪感を憶える必要なんてないの」
困ったコ・・・そんな表情を姉は浮かべる
「ありがと おかげで逢えた 話せた もう充分
わたしのことを憶えていてくれた 気にかけてくれていた
昔の自分に戻っていられた 連のおかげよ
感謝してる」
何も起きなければ 姉の恋は多分叶ったのだ
普通に恋愛をして 結婚だって
「本当に もう充分だわ
とうに死んだこの身が・・・・・ いつ朽ち果ててもおかしくないこの身が・・・・・」
生きている人間と変わらぬその手を拡げ 姉はじっと視(み)る
「これからわたしはどうなるか分からない どう変化していくのか
だって死んでいる体だもの
その変わっていく様子を連に見られるのは辛いわ
だから・・・」
豊造父の言ったように かつて千希良(ちぎら)の家があった奥阿美津(おくあびつ)に別荘を建ててほしいと・・・姉は言った
家を建てるのは初めてだからと間取り 設備 置く家具ー選んでいくのも姉は楽しそうだった
地下通路でつながる地下室がある特殊な造りも シェルターだと言えば 金持ちの気まぐれと呆れつつ 建築を頼んだ会社も受けてくれた
それから持っていく服などの買い物に・・・・・
「何だか結婚準備みたい」などと姉が笑う
こっそり姉が暮らしていた部屋から運んでおいた千希良の・・・祖母の昭子と母の静子のものだった着物
輝子母の着物も運ぶことにする
「いいの?連 こんなに全部」
「僕は男だ 女物なんて着ることはない
姉さんが持っていた方が喜ぶと思うよ
この着物に手を通す権利は 姉さんにしかないのだから」
姉の終の棲家となる別荘の完成には3年ほどかかった
あきひは女子大生 ミス・キャンパスに選ばれたりしている
死んでも人の姿を保っている姉 その新陳代謝は謎だがー
眠り続ける間も長いが 起きる 動く
僕は死んだらどうなるのだろう 姉と同じか
それとも「ドクター・モローの島」や「ドクター・モリスの島」などの映画のように・・・・・何かに変化するのか
または「バタリアン」のように人を襲うゾンビになるのか
だとしたら 僕はー活火山の火口にでも飛び込んだ方がいいかもしれない
できるだけ 死なずにいたいけれど
姉は守れなかったがー緑矢あきひ ・・・・・ 彼女は何としても守り抜かなければ・・・・・
そしていつか僕は 阿美津村の医者が何をしたか あきひに教えなくてはいけない
ショックを受けるだろう彼女を支え抜かなければならない
いつの日かー
別荘へ移った姉は もう自分のことは放っておくように言った
「その血をわたしにくれるのはやめて わたしの為に自分を傷つけるのはやめて
連の気持ちは嬉しいけれど 逆になって考えて
わたしは とても つらいのよ・・・・・」
そう言われても 放っておけるはずもない
三月(みつき)に一度は僕は姉の様子を見に行き 地下室の離れで眠り続ける姉の唇に血を滴らせる
仕事以外は緑矢克雅氏に招かれての食事
時にあきひと出かけること
そして・・・・・別荘への往復は僕の息抜きの時間にもなっていた
緑の奥にある奥阿美津に緑に隠すように建てたほぼ山と一体化したような・・・・・駐車場すら山の一部のように見える
姉は乾涸びることも腐ることもなく眠り続けている
そんなふうに月日は流れ あきひは大学を卒業し 克雅氏の個人秘書のような仕事をしている
克雅氏はさすがに老いた
僕は何等かの行動を起こさなくてはならない
それはー分かっていた
僕は生きている・・・・・僕の中にあるモノ
それは・・・・・・それも生き続けているのだろう
いや僕が死んでから生きるのか それは
血は・・・注射器で血管から取ることもできるが そんなふうに楽して取った血を姉に飲ませるのもどうかと思われて
僕はたいてい 腕をちょっと切って 血をグラスに受けている
グラスに血を溜めておいてから まず傷の手当てをしてー姉に血を与える
「・・・!」
息をのむ気配
部屋の入口にあきひが立っていた
迂闊だった
つけてきていたらしい
こんな形で話すつもりはなかったが どのみちいつまでも隠しておけるものではなかったのだろう
何も知らないあきひには 眠り続ける姉に血を与える僕の姿は どんなふうに見えたものかー
逃げるかと思ったが 蒼白な顔であきひは近づいてきた
悲鳴をあげることもなく
ただ一言「その方は?」
僕はあきひに傍の椅子に座るように言った
「長い物語をしよう 僕の祖父母や両親が阿美津村の出身ということは もう知っているね」
恋しい娘に死なれた青年医師が阿美津へ住むようになったことから話し始めた
阿美津の火事
僕の両親の駆け落ち
別々に育った姉のこと 姉の身に起きたこと
それからー全ての気持ちにけりをつけた姉が ここを終の棲家に選んだこと
「最初から あきひさん 君は僕と同じ運命の船に乗っているーと言えなくもない」
葉山宏人には眠くなる薬の入ったワインを 姉の蓮が頃合いを見て飲ませた
葉山が眠ると 荷物を撤収 そして姉は退場
通りすがりの人間役で 僕が登場
全て夢の中のこととして おしまい
そうして姉は泣いた 声を立てずに ただ泣いた
僕は女性の泣いている姿は苦手だ
何もできない自分が嫌だ
無力感が溜まらない
そして双子の姉の蓮は そんな僕の心さえ多少読めるのだった
「あんたってコはなんでそう何でも背負い込むんだろ・・・・・
連のせいじゃないのよ だから・・・連が苦しんだり 罪悪感を憶える必要なんてないの」
困ったコ・・・そんな表情を姉は浮かべる
「ありがと おかげで逢えた 話せた もう充分
わたしのことを憶えていてくれた 気にかけてくれていた
昔の自分に戻っていられた 連のおかげよ
感謝してる」
何も起きなければ 姉の恋は多分叶ったのだ
普通に恋愛をして 結婚だって
「本当に もう充分だわ
とうに死んだこの身が・・・・・ いつ朽ち果ててもおかしくないこの身が・・・・・」
生きている人間と変わらぬその手を拡げ 姉はじっと視(み)る
「これからわたしはどうなるか分からない どう変化していくのか
だって死んでいる体だもの
その変わっていく様子を連に見られるのは辛いわ
だから・・・」
豊造父の言ったように かつて千希良(ちぎら)の家があった奥阿美津(おくあびつ)に別荘を建ててほしいと・・・姉は言った
家を建てるのは初めてだからと間取り 設備 置く家具ー選んでいくのも姉は楽しそうだった
地下通路でつながる地下室がある特殊な造りも シェルターだと言えば 金持ちの気まぐれと呆れつつ 建築を頼んだ会社も受けてくれた
それから持っていく服などの買い物に・・・・・
「何だか結婚準備みたい」などと姉が笑う
こっそり姉が暮らしていた部屋から運んでおいた千希良の・・・祖母の昭子と母の静子のものだった着物
輝子母の着物も運ぶことにする
「いいの?連 こんなに全部」
「僕は男だ 女物なんて着ることはない
姉さんが持っていた方が喜ぶと思うよ
この着物に手を通す権利は 姉さんにしかないのだから」
姉の終の棲家となる別荘の完成には3年ほどかかった
あきひは女子大生 ミス・キャンパスに選ばれたりしている
死んでも人の姿を保っている姉 その新陳代謝は謎だがー
眠り続ける間も長いが 起きる 動く
僕は死んだらどうなるのだろう 姉と同じか
それとも「ドクター・モローの島」や「ドクター・モリスの島」などの映画のように・・・・・何かに変化するのか
または「バタリアン」のように人を襲うゾンビになるのか
だとしたら 僕はー活火山の火口にでも飛び込んだ方がいいかもしれない
できるだけ 死なずにいたいけれど
姉は守れなかったがー緑矢あきひ ・・・・・ 彼女は何としても守り抜かなければ・・・・・
そしていつか僕は 阿美津村の医者が何をしたか あきひに教えなくてはいけない
ショックを受けるだろう彼女を支え抜かなければならない
いつの日かー
別荘へ移った姉は もう自分のことは放っておくように言った
「その血をわたしにくれるのはやめて わたしの為に自分を傷つけるのはやめて
連の気持ちは嬉しいけれど 逆になって考えて
わたしは とても つらいのよ・・・・・」
そう言われても 放っておけるはずもない
三月(みつき)に一度は僕は姉の様子を見に行き 地下室の離れで眠り続ける姉の唇に血を滴らせる
仕事以外は緑矢克雅氏に招かれての食事
時にあきひと出かけること
そして・・・・・別荘への往復は僕の息抜きの時間にもなっていた
緑の奥にある奥阿美津に緑に隠すように建てたほぼ山と一体化したような・・・・・駐車場すら山の一部のように見える
姉は乾涸びることも腐ることもなく眠り続けている
そんなふうに月日は流れ あきひは大学を卒業し 克雅氏の個人秘書のような仕事をしている
克雅氏はさすがに老いた
僕は何等かの行動を起こさなくてはならない
それはー分かっていた
僕は生きている・・・・・僕の中にあるモノ
それは・・・・・・それも生き続けているのだろう
いや僕が死んでから生きるのか それは
血は・・・注射器で血管から取ることもできるが そんなふうに楽して取った血を姉に飲ませるのもどうかと思われて
僕はたいてい 腕をちょっと切って 血をグラスに受けている
グラスに血を溜めておいてから まず傷の手当てをしてー姉に血を与える
「・・・!」
息をのむ気配
部屋の入口にあきひが立っていた
迂闊だった
つけてきていたらしい
こんな形で話すつもりはなかったが どのみちいつまでも隠しておけるものではなかったのだろう
何も知らないあきひには 眠り続ける姉に血を与える僕の姿は どんなふうに見えたものかー
逃げるかと思ったが 蒼白な顔であきひは近づいてきた
悲鳴をあげることもなく
ただ一言「その方は?」
僕はあきひに傍の椅子に座るように言った
「長い物語をしよう 僕の祖父母や両親が阿美津村の出身ということは もう知っているね」
恋しい娘に死なれた青年医師が阿美津へ住むようになったことから話し始めた
阿美津の火事
僕の両親の駆け落ち
別々に育った姉のこと 姉の身に起きたこと
それからー全ての気持ちにけりをつけた姉が ここを終の棲家に選んだこと
「最初から あきひさん 君は僕と同じ運命の船に乗っているーと言えなくもない」