花見るや これも最期と人の云ふ・・・・・
いつの世も争いごとはあり静かに平和に暮らしていた場所も巻き込まれる
自分の治める場所を己の権力が及ぶ地域をもっともっと大きくしたい 広くしたいと思う人間はいる
そうした人間は満足はしない
満足することを知らない
争いの波は戦うことを知らぬ場所にも押し寄せる
従うか従わないか
歯向かうならば皆殺し
我等は戦わぬ民ーなどと言っても通用はしない
火をかけられ蹂躙され灰と死骸しか残らない
それは花の季節
山々に桜咲く 野にもとりどりの花
里を治める長(おさ)の娘は子供達と遊んでいた
名を伽耶(かや)と言う
大軍を率いて攻めてきた首魁が見たのは そういう平和な景色
俺は一番強い男になるーとずうっと戦いに明け暮れてきた男
名を安澄丸(あずみまる)と言う
彼は兵の進軍を停めた
猛き男の心を鎮めたのは たおやかな娘の姿
彼は伽耶をくれるなら この里はそのままにしておこうと申し入れる
聞き入れられなければー征服あるのみ
申し入れを受けないーそんな事はできないーと伽耶には分かっていた
伽耶には姉妹のように仲良く育った友がいた
名を諏依(すえ)と言う
勝気なお転婆
でも伽耶には優しい
そして仲良しの二人は密かに互いが思う相手が同じことも知っていた
馬の世話が得意な優しい青年 波也希(はやき)
伽耶が安澄丸の許へ行くと知り 諏依は問うた
それでいいのかと
好きな相手と逃げればいいのにーとも
「そうしたら この里が燃やされる 皆が殺される
それは駄目です これも長の娘の務め 我が身一つで済むのならたやすいこと」
諏依は納得できなかった
安澄丸が死ねば良い 居なくなれば―
そう思った
安澄丸は里をもっと知りたいと案内を伽耶に頼む
命じるのではなかった
伽耶は嫌がらず里のあちこちを山の端まで案内する
小川の清き流れ 山々がくれる恵みのこと
安澄丸は伽耶の声の響きを愉しんでいた
無骨な男のこれまでになかった穏やかな時間
殺す 支配する 奪う
そればかりだったこれまで
この華奢な娘が・・・その声が・・・
人は落ち着いて暮らすべきだと教えてくれる
桜の花のような娘だ
桜の蕾がほころび咲き開くように微笑む
ー俺が護ってやりたいー
そう思うようになった男は力づくでは事を運べない
それは男が初めて知る恋だった
これが恋とも知らずして
では そろそろ帰りましょうかーと日暮れが近付き伽耶が言う
走りだそうとした安澄丸の体が馬上でぐらりと揺れた
乗っていた鞍が外れたのだ
安澄丸に怪我は無かったがー
鞍には細工がしてあった
不自然な切れ目
誰かが安澄丸が落馬するように仕組んだのだ
それは誰か
疑われたのは馬には詳しいーどんな馬も馴れさせる力持つ波也希
彼は言い訳はしない
この里での馬が起こした咎は わたしが受けるべきのものーと潔い
安澄丸様が寛大なことを良いことに ずにのりおって こうなったら里にも火をかけましょうーと
兵達は騒ぐ
「それをしたのは あたしです 伽耶様を奪われたくありませんでした」
そう言って進み出た娘は自らの胸を刺した
力任せにその刃(やいば)を 己が手で引き抜く
血が迸る
「諏依!」駆け寄り助け起こす伽耶
「なぜ 何故このようなことを」
「ごめんなさい・・・・」
そう言って諏依は息絶えた
命の絶えた亡骸に伽耶は言い聞かせる
「安澄丸様は良い方です 里は強い方に守られた方が安心というもの あたくしは喜んで 心から望んで安澄丸様のところへ行くのです」
それはそこに控える波也希に伝える為のようでもあり
里の住人には これから安澄丸がこの里の守護者になるのだと教えているようでもあり
伽耶は安澄丸に頭を下げる
「この娘は 諏依はあたくしと姉妹のように育った者 どうか怒りをお鎮め下さいませ お怒りが解けぬのなら あたくしの命を奪って下さいませ」
その姿すら毅然としていて美しく
「心から俺のもとへ来るというか 嘘は無いか」
そう安澄丸は問うた
「嘘偽りなく」と伽耶は答える
「その娘を弔ってやれ そして気持ちが落ち着いたなら俺のところへ来い 山の端で待っていよう」
それから諏依は里を見下ろす桜の下に埋められた
短い命 春になれば桜の花となり里に戻ってこられるように
波也希は桜の世話もするようになった
里人を里を守るは長の娘の務め この身一つでそれができるなら何とたやすいこと
伽耶を得た安澄丸の兵達はそれまでの略奪者の群れから守護する者達に変わった
それが伽耶ゆえであったのか
彼等がそういう境地に達していたからなのか
とあれ伽耶を見ることで安澄丸の荒ぶる心は鎮まったのだ
桜の花を見るように
春になれば里は桜の花で彩られる
ふわふわと夢のように温かく優しい色に
その花びらのどれかに諏依の魂が宿っているだろうか
ひらひら ひらひら 今年も桜が咲いている
いつの世も争いごとはあり静かに平和に暮らしていた場所も巻き込まれる
自分の治める場所を己の権力が及ぶ地域をもっともっと大きくしたい 広くしたいと思う人間はいる
そうした人間は満足はしない
満足することを知らない
争いの波は戦うことを知らぬ場所にも押し寄せる
従うか従わないか
歯向かうならば皆殺し
我等は戦わぬ民ーなどと言っても通用はしない
火をかけられ蹂躙され灰と死骸しか残らない
それは花の季節
山々に桜咲く 野にもとりどりの花
里を治める長(おさ)の娘は子供達と遊んでいた
名を伽耶(かや)と言う
大軍を率いて攻めてきた首魁が見たのは そういう平和な景色
俺は一番強い男になるーとずうっと戦いに明け暮れてきた男
名を安澄丸(あずみまる)と言う
彼は兵の進軍を停めた
猛き男の心を鎮めたのは たおやかな娘の姿
彼は伽耶をくれるなら この里はそのままにしておこうと申し入れる
聞き入れられなければー征服あるのみ
申し入れを受けないーそんな事はできないーと伽耶には分かっていた
伽耶には姉妹のように仲良く育った友がいた
名を諏依(すえ)と言う
勝気なお転婆
でも伽耶には優しい
そして仲良しの二人は密かに互いが思う相手が同じことも知っていた
馬の世話が得意な優しい青年 波也希(はやき)
伽耶が安澄丸の許へ行くと知り 諏依は問うた
それでいいのかと
好きな相手と逃げればいいのにーとも
「そうしたら この里が燃やされる 皆が殺される
それは駄目です これも長の娘の務め 我が身一つで済むのならたやすいこと」
諏依は納得できなかった
安澄丸が死ねば良い 居なくなれば―
そう思った
安澄丸は里をもっと知りたいと案内を伽耶に頼む
命じるのではなかった
伽耶は嫌がらず里のあちこちを山の端まで案内する
小川の清き流れ 山々がくれる恵みのこと
安澄丸は伽耶の声の響きを愉しんでいた
無骨な男のこれまでになかった穏やかな時間
殺す 支配する 奪う
そればかりだったこれまで
この華奢な娘が・・・その声が・・・
人は落ち着いて暮らすべきだと教えてくれる
桜の花のような娘だ
桜の蕾がほころび咲き開くように微笑む
ー俺が護ってやりたいー
そう思うようになった男は力づくでは事を運べない
それは男が初めて知る恋だった
これが恋とも知らずして
では そろそろ帰りましょうかーと日暮れが近付き伽耶が言う
走りだそうとした安澄丸の体が馬上でぐらりと揺れた
乗っていた鞍が外れたのだ
安澄丸に怪我は無かったがー
鞍には細工がしてあった
不自然な切れ目
誰かが安澄丸が落馬するように仕組んだのだ
それは誰か
疑われたのは馬には詳しいーどんな馬も馴れさせる力持つ波也希
彼は言い訳はしない
この里での馬が起こした咎は わたしが受けるべきのものーと潔い
安澄丸様が寛大なことを良いことに ずにのりおって こうなったら里にも火をかけましょうーと
兵達は騒ぐ
「それをしたのは あたしです 伽耶様を奪われたくありませんでした」
そう言って進み出た娘は自らの胸を刺した
力任せにその刃(やいば)を 己が手で引き抜く
血が迸る
「諏依!」駆け寄り助け起こす伽耶
「なぜ 何故このようなことを」
「ごめんなさい・・・・」
そう言って諏依は息絶えた
命の絶えた亡骸に伽耶は言い聞かせる
「安澄丸様は良い方です 里は強い方に守られた方が安心というもの あたくしは喜んで 心から望んで安澄丸様のところへ行くのです」
それはそこに控える波也希に伝える為のようでもあり
里の住人には これから安澄丸がこの里の守護者になるのだと教えているようでもあり
伽耶は安澄丸に頭を下げる
「この娘は 諏依はあたくしと姉妹のように育った者 どうか怒りをお鎮め下さいませ お怒りが解けぬのなら あたくしの命を奪って下さいませ」
その姿すら毅然としていて美しく
「心から俺のもとへ来るというか 嘘は無いか」
そう安澄丸は問うた
「嘘偽りなく」と伽耶は答える
「その娘を弔ってやれ そして気持ちが落ち着いたなら俺のところへ来い 山の端で待っていよう」
それから諏依は里を見下ろす桜の下に埋められた
短い命 春になれば桜の花となり里に戻ってこられるように
波也希は桜の世話もするようになった
里人を里を守るは長の娘の務め この身一つでそれができるなら何とたやすいこと
伽耶を得た安澄丸の兵達はそれまでの略奪者の群れから守護する者達に変わった
それが伽耶ゆえであったのか
彼等がそういう境地に達していたからなのか
とあれ伽耶を見ることで安澄丸の荒ぶる心は鎮まったのだ
桜の花を見るように
春になれば里は桜の花で彩られる
ふわふわと夢のように温かく優しい色に
その花びらのどれかに諏依の魂が宿っているだろうか
ひらひら ひらひら 今年も桜が咲いている