元気な子供達の声が響いている
少し風があるのが凧揚げには丁度良かった
一際大柄な少年が小さな子供達を遊んでやっているらしかった
そのうちの一人がこけて凧の糸から手を離してしまった
泣き顔になる
大柄な少年は凧を追いかけて走った
―うまく向こうの木に引っ掛かってくれれば―
かなり足の早い少年でも中々追いつけない
その少年の頭上を風が走った
振り返ると 少し離れて立つ陽(ひ)焼けした男の手に凧の糸が握られていた
男はなつっこい笑顔を見せる
「どうぞ」 差し出された凧を前に 少年はまず礼を言った
「有難うございます 茜野の藤太です」
「旅の者で小源太 先程から楽しげな様子を 寝転がって眺めておりました」
何処か育ちの良さを感じさせる物腰 態度であった
「失礼ながら先程貴方様が使われた道具はどういうものでありましょう
その手から放たれて又その手に戻ったように見えました」
藤太のしっかりした物言いに 「これは見事な」と小源太は笑顔になる
そこへ護衛についていた駒弥が近付いてきた
少し離れた場所から頭を下げる
「館で旅の垢など落とされませぬか」
藤太が外にある時 里の子供達が遊ぶ時 駒弥率いる複数の護衛が周囲に気を配っているのだ
「有難い」と小源太は誘いを受けた
義仁が茜野を去り数年経ち 藤太も幾分大人びてきている
豊かな茜野の里に立ち寄る旅人の姿が途切れる事は無かった
旅人にとっても安心できる里なのだ
広い領地を治める藤三は忙しく 駿は良い相談相手となっている
藤三が頭を悩ませているのは妹阿矢女の事だった
嫁いで間なしに 夫である佐波の雷伍に死なれ悲しい思いをしている
しかしこの美しい妹を独り身のまま朽ちさせるのも 余りに哀れであった
誰か何処かに妹が望み 安心して任せられる男がいないものか
そんな所へ駒弥が旅慣れた不思議な道具を使う男の事を耳に入れたのだ
屋敷に落ち着き 藤太や子供達に それの作り方 扱い方を教えてくれていると言う
駿(はやお) 駒弥の両親は 藤三の兄が乱を起こした時に亡くなっている
守り爺弥十の孫達は藤三にとり身内も同じである
弥十 駿 駒弥もその期待に気持ちによく応えた
話を聞き 藤三が気にかけて見ていると 出来た道具を手に 藤太が走っていくのが見える
大好きな叔母の阿矢女に使い方を説明し 投げてみせた
その様子を礼儀を守り遠くから 焦がれる視線で小源太が見ていた
―ほう―藤三は少し楽しげな目をした
「ご当主が わたしと話を」
「さよう」と駒弥は首肯(うなづ)く
「藤三様は 先日よりの小源太様の子供達への貴重な知識の伝授 ご指導を随分嬉しく有難く思っておられます」
表面穏やかだが中(うち)の感情を駒弥は見せぬ
将来楽しみな藤太と言い興味深い男が多い その茜野の当主 藤三
会えるというなら願ってもない―と 小源太は思った
ましてその人は遠目に見たあの美しい女性の恐らくは兄なのだ
原森の六次が 兄である佐波の雷伍を毒矢で射殺した原因は 叶わぬ恋にあったとされている
かくも美しく また夫の敵討った気丈な女性
その噂だけでも 一度は姿を見たいと心が騒ぐ
部屋に通されると―煮物 焼き物 汁 座敷には既に所狭しと並べられていた
藤三も席に就いている
「これは お呼びたてして申し訳ない 藤三と申します」
藤三が軽く一礼した
小源太も作法通りの挨拶を返す
「息子が面倒をかけています
まずは一献」
器に白くとろりとした酒が注がれた
喉に染みる
「旅で見聞した珍しい話など聞かせていただければ有難い」
藤三の言葉に 小源太の口もほぐれていく
あれこれ話が弾むうち藤三が言い出したのは ある領主の話だった
「子供というのは可愛いし見えない場所にいると大丈夫か 怪我はしないか 気掛かりです
ずっと北の香瀬の領主の次男が出奔し 長いこと行方知れずなそうな
領主は今 病に倒れ 命あるうちに一目・・・と捜しているそうです 出奔の理由は判りませんが 気の毒なことです」
小源太は僅かに目を動かした
古い記憶が蘇る
「ご正室の御子だけはある 弟ながらあの利発さはー」
「理一郎様は長子でありながら覇気が感じられぬ」
本人が望まぬのに 自分がいるということで二つに里が分かれそうになった
自分がいては兄者 理一郎の為にならぬ
ゆえに父親が大事にしていた壷を割り それを出奔の理由にした
それを香瀬の話をわざわざ持ち出すというのは・・・・気付いているのか
「香瀬は妻の伯母が嫁いでいてな 見舞いがてら会いに行きたいと言う
駒弥などが護衛でついていってくれるのだが 小源太殿にも頼めないかと思うてな」
すぐに答えをくれなくてもよいーと藤三は言う
何か企みがあるのか どうなのか
企みあるなら乗ってもよいーと小源太は思った
「受けていただけるか それは有難い ではお帰りを楽しみにしておる」
動くとなると早いらしい藤三は翌日には彼らを送り出したのだった