全く どうしてこんなにこじれるんだ
何一つ うまくいかない
誤解されてばっかだ
最初(はな)っから
まだ少女だった君 あのイキの良さ
強気のくせに もろい
たかが小娘
それがー
こっちは負け続けだ
君の為に 君の為だけに良かれと思ってしたことが
どうして・・・こう うまくいかない
俺の気持ちに気付いてくれないんだ
君の夢を応援したい
そう 俺は ただ君の笑顔が見たいんだ
(ジョージ)
ー5-
ミスコンの出場者はまだまだ集まらない
男達とは別に
ミスコンへの出場を決められている娘達は 竜子(りゅうこ)の声かけで集まったりしている
竜子いわく「絶対ミスコンだけじゃありきたりで人集めには弱いでしょ」
客寄せパンダの立場に甘んじる娘
他の出場者に対抗意識むき出しの娘
みみっちい諍いも時にはあるけれど
出るからにはこのイベントが失敗してほしくないと思う娘ばかり
「人が集まると言えばー祭りだと思う」
遠慮がちに言い出したのは酒屋の娘の多鶴 摩千子(たづる まちこ)
「今更新しい祭りなど あざといけれどー」
少し言いにくそうに摩千子は続けた
新酒を作ろうとしている娘がいる
ただ代々の店がーある大手ホテルと土地のことでもめていて
どちらも実はこのいざこざを本心では解決したいのだ
話のもっていきようでは大手ホテル側が この町起こしミスコンのスポンサーになってくれるかもしれない
「それで その娘さんって美人なの?」
パン屋の娘の玉矢緑が言う
「ほら緑も知っているでしょうに 花野酒店の弥生ちゃんよ」
「ああ・・・・まだ頑張っているんだ」
それから弥生の事を知っている娘達は口々に話し出す
「あそこはねえ 弥生ちゃんが後継いだ方が良かったのよねえ」
「あそこのお兄ちゃん気が弱いからー」
ときわ駅と次の駅の間には大きな川があり美しい朱色の橋がかかっている
その川沿いに花野酒店はある
とあるホテルが建築され その敷地は花野酒店を囲む形で ホテル側はみすぼらしい小汚い店を売るように圧力をかけている
そこに乗り込んだのが当時まだ16歳だった弥生
子供だと馬鹿にされないように 厚化粧して世慣れた女に見せかけて
「うちは代々ここの水でね お酒を作ってきたの ここの井戸の水でなきゃ美味しいお酒は 花野のお酒はできないんだから
絶対に絶対に売ったり手放したりしない
あたしが あたしが世界中に売れるお酒をつくってみせるんだから」
摩千子は溜息「あれからね5年 弥生ちゃんは21歳になったわ とても綺麗なコなのに 朝から晩までお酒のことばかり
端から見てるとじれったいと思うことも多くてねー」
それから少しちょいと色っぽい目つきをしてみせ「少し仕掛けてやろうかと思ってーかまわない?」
他の娘達は顔を見合わせる
「それがこのミスコンに役にも立って誰も傷つけないのならー」代表して竜子が言う
「もちろん」と摩千子
中々の策士なのかもしれない
まとまるものならまとめてやりたいーなどとも考える摩千子
人は自分の事では気づきにくくても 他人のことは案外わかってしまうもの
見えてしまうもの
オーナーはアメリカ人なのにホテルの名前は「菊野ホテル」 実にクラシック
菊野とは このアメリカ人の曾祖母の名前 一家には日本人の血が流れており日本にもホテルをつくることを夢にしていたと
その菊野さんは どうやらこのあたりの出身であったらしい
アメリカ人のジョンージョナサン・ローウェルと恋に落ちて 共にニューヨークへ
そこで日本料理店を開いた
店は繁盛したが そこで中国人から妬まれ恨まれー暴れ込んだ中国人たちから夫を庇おうとして 菊野は殺された
子供達を育て 孫を可愛がりジョナサンは100歳まで生きた
子供達に殺された妻 菊野の事を忘れないように言い続け
孫にも「おばあちゃんのおかげで じいちゃんは生きてる」
やまとなでしこがいかに素晴らしいか 日本が美しい国だと そう伝えて
それで子供や孫やひ孫達はいつか日本で暮らすことを夢見るようになる
ホテル菊野は彼らの夢
だから小汚い店が邪魔
邪魔なはずだった
ところがー
追い立てようとする兄や姉を末っ子のジョージが止める
どこの兄弟でもそうなように 末っ子に甘い兄や姉たちは
この末っ子のお手並み拝見と見ている
意固地になってホテル菊野には酒を売らない花野酒店
そこで花野の酒を扱う摩千子の多鶴酒店が ホテル菊野に販売している
何故なら花野の酒はおいしいから
独特のかおり 味わい
弥生の母のまり子は女ながらに酒をつくる才能があった
ところが それがまり子の夫には我慢ならなかった
自分には何もないのにー妻に嫉妬し続け
まり子は夫の暴力にも耐えかねて家を出ていった
妻に捨てられた形の男は 妻を見返そうとー逆に事業に失敗
店は傾く
そのまま酒に溺れて死んだ
多くいた杜氏も一人去り二人去り まり子に杜氏のてほどきをした倉持が残るのみ
父親は娘の弥生が母のまり子と同じ杜氏になることを反対していたが
蛙の子は蛙というのだろうか
こっそり隠れて弥生は倉持から杜氏の仕事を教わった
兄の圭一は経営を学び 妹を支えようと必死ではあるのだ
摩千子はお人好しの圭一が子供の頃から放っておけない
その妹の弥生のことも
百合野あきら子は 摩千子が何を考えているかも知らぬまま 摩千子のいう「交渉」についていくことになった
「さすがに一人ではね 心細いから 一緒に来てくれる」
そう摩千子が言うのだ
「ある程度口がかたい人が良いの あきらちゃんは便利屋してていろんな家に出入りしているけれど あれこれ言いふらしたりしないでしょ だからね」とも