鵠沼・昔砂丘の一本松

湘南藤沢住人の記憶の手掛かり …… フォト・ブログ

群猿の庚申塔

2011-02-13 | 藤沢


展望灯台から再び参道に戻り、しばらく進むと左手に面白い庚申塔を見つけました。
正式には「群猿奉賽像庚申塔」と言うようですが、
高さ140㎝ほどの石碑の4面に猿が36匹も彫られています。
江戸時代後期のもので詳細は不明のようですが、猿が山王神を称え祝っている姿のようです。

展望灯台から片瀬海岸を見る

2011-02-12 | 藤沢


チューリップの後、展望灯台に上りました。
比較的暖かで、散歩には最適でしたが、展望には不向きでした。
真昼なので、富士や周辺の山並みは霞んでいて絵になりませんでした。
これは真下に見える片瀬海岸の景色です。江ノ島弁天橋や片瀬漁港が見えます。

ヨットハーバー遠望

2011-02-10 | 藤沢


中津宮の左手の参道に出ると、木立の向こうに、ヨットハーバーが見えました。
昭和39年の東京オリンピックの時、ヨットの競技会場となった場所です。
ヨットハーバーの対岸に見えるのは腰越漁港と小動(こゆるぎ)岬です。

江ノ島神社辺津宮

2011-02-08 | 藤沢


また石段を上り、江ノ島神社三宮の最初の辺津宮に着きました。
社殿の前に丸い茅の輪があり、参詣者は先ずこの輪を潜ってから、参拝する仕組みになっています。
さすがに2月ということで、混雑はなく、ゆっくり参拝ができました。

杉山検校の福石

2011-02-07 | 藤沢


江ノ島市民の家の朱塗りの橋の手前に、杉山検校の「福石」がありました。
杉山検校は慶長15年(1610)に伊勢で生まれ、幼児で盲目になり、江戸に出て鍼医の修業をしました。
修業がうまく行かず、江ノ島にこもって21日間の断食祈願の後、帰り道で石につまづいて転倒失神し、
夢の中に現れた弁天様に援けられ、新しい管鍼の術を編み出しました。
徳川家斉の治療にも当たり、関東総検校の座についたようです。
杉山検校は48基の江ノ島弁財天道標を建立したことでも有名です。現在、14基が残っています。

江ノ島市民の家

2011-02-06 | 藤沢


瑞心門を過ぎて、右手の石段を上ると踊り場の右手に朱塗りの橋が見えました。
近づいて確認すると、橋の向こうは「江ノ島市民の家」でした。
観光地でも住民は藤沢市民ですから、市民のための施設は必要です。
入口に朱塗りの橋があるのは、観光地の特権かも知れません。

江ノ島神社瑞心門

2011-02-05 | 藤沢


青銅の鳥居を抜けて参道を進むと、瑞心門に突き当ります。
竜宮城のイメージを思わせる白い門です。
いつもはここで左手のエスカーに乗るのですが、今回は石段を上ることにしました。
この先に進むと上に3つの神社があり、3姉妹がそれぞれの神社の女神として祀られています。

2月の江ノ島散歩

2011-02-04 | 藤沢


正月の混雑が落ち着いたと考え、2月の江ノ島散歩に出かけました。
江ノ島神社参道入り口の青銅の鳥居の辺りです。この鳥居は藤沢市指定の文化財です。
前を行くのは、ハイクスタイルで元気よく神社に向かうカップルです。

鵠沼松原を走る江ノ電

2011-02-03 | 藤沢


これはたまたま見つけた創業期の江ノ電の写真です。
「鵠沼松原」という名前が付けてありますが、駅名ではなく、松原の中を走る電車ということのようです。


現在の鵠沼駅に接近中の江ノ電を、同じ場所と考えられる地点で撮ってみました。
江ノ電が藤沢から片瀬間で営業を始めたのは明治35年(1902)です。
100年を越す歳月が流れています。


けんけつちゃん

2011-02-01 | 藤沢


藤沢駅のテラスで、うさぎのような縫いぐるみが子供たちの人気を集めていました。
これは厚生省が認定した献血マスコットの「けんけつちゃん」のようです。
子供は献血できませんが、お母さん(?)も忙しそうです。


子供がそばを離れないので、お父さんは苦笑いをしながら先を急いでいました。
その昔、私も献血手帳持っていましたが、今は献血の資格がありません。