鵠沼・昔砂丘の一本松

湘南藤沢住人の記憶の手掛かり …… フォト・ブログ

七里ヶ浜の秋

2006-09-30 | 鎌倉
9月の締めくくりに、七里ヶ浜の秋を探しに出かけました。海岸のススキを近景にして、遠く江ノ島を望む構図にしましたが、曇り空の下では、期待通りにはなりませんでした。

    
漁師の小屋にむぎわら帽子が掛けてあって、この方が夏の終わりのような気分がしたので、同じ構図で撮ってみました。
七里ヶ浜の秋の2枚、少しは秋が感じられるといいのですが。

秋の日の白猫

2006-09-29 | 猫たち
夕方、外出から帰ると、庭のベンチに久し振りにアップルちゃんが来ていました。声をかけると、物憂げな態度でほんの少し目を開けただけです。またどこか怪我でもしたのかと気になりましたが、そんな様子はありません。しばらくかまっていると、むっくり起き上がって、大きなあくびをして、すたすたと帰って行きました。

ここだけ混んでます

2006-09-25 | 藤沢
真昼の海岸です。海岸全体は空いているのに、一ヶ所だけ混み合っているところがあります。どうやら子供たちのための地引網のイベントが終わって、昼食中のようです。よく見ると、お母さんは日陰に逃げ込み、お父さんと一部の子供ははみ出しています。晴天の地引網はなかなか大変です。

藤沢市民まつり

2006-09-24 | 藤沢
晴天の日曜日、JR藤沢駅の周辺で市民まつりのイベントがありました。駅の跨線橋に続く北口のテラスにはいろいろな屋台が並び、老若男女で賑わいました。

            
北口の大通りでは、いろいろなパレードが続きました。中でも、高校生のブラスバンドが日頃の練習の成果を見せて、観客から大きな歓声があがっていました。

            
南口のロータリーでは、市内の神輿が総出で、それぞれの地域の神輿ぶりを競いました。観客も大勢でしたが、神輿の担ぎ手も大勢で、ロータリーには隙間もありませんでした。

江ノ電の自己PR

2006-09-23 | 藤沢
江ノ電の車体は、動く広告媒体として、いろいろに活用されています。ところが、今回のスポンサーはどうやら江ノ電自身のようです。秋の行楽シーズンを、沿線の名所で楽しんで貰おうという趣向のようです。それにしても、電車の車体に電車が描いてあるところが愉快です。

駐車場がら空き

2006-09-22 | 藤沢
平日ということもありますが、海の家も撤去作業中で、海岸は閑散としています。当然のことですが、道路が渋滞するほど混み合った海岸通の駐車場が、ご覧の通り「がら空き」です。季節の変化は、こんなところにも現われます。

小学生の田んぼ

2006-09-20 | 藤沢
13号台風が去って、すばらしい青空になりました。久し振りに新林公園を訪ねると、池の傍の小学生の田んぼの稲穂が実って、鳥よけのネットが張ってありました。看板には5年生の実習用水田と書いてあります。

    
田んぼの縁をまわると、もう1つ看板がありました。「おやじの会」の看板です。心持、この看板の方が立派に見えます。誰が一番努力しているのか、これでよく分りました。

ペルーで衝動買いの絵

2006-09-17 | ペルー旅行
ペルー旅行の写真の整理が終わり、ようやく日常に戻ったのですが、1つだけまだ残っている仕事があります。イカのホテルで衝動買いをした絵の始末です。アンデス高原の雰囲気に惹かれて、65cmX70cmほどの絵を買ったのはよかったのですが、家まで自分で持ち帰ることになり、苦労しました。狭い空間に飾るためには、もう一苦労しなければなりません。

ナスカの地上絵(その2)

2006-09-15 | ペルー旅行
ナスカの地上絵です。実は、これらの地上絵が、飛行機からちゃんと見えたのか、と言われれば、答えは「NO」です。カメラのレンズを単焦点の広角にして、距離無限大にセット、操縦士が何か言うたびに、シャッターを切っただけです。
家に戻って、写真を拡大しながら、見つけ出したのが、これらの地上絵です。
これはハチドリ(96m)です。これは肉眼でも見えました。

    
コンドル(136m)ですが、羽の線をてがかりに、全体を推測するのが精一杯です。

    
クモ(46m)です。地上絵としては小型です。

    
山肌に浮かぶ、宇宙飛行士(32m)です。これも肉眼で見えました。

    
これはサル(110m)です。尻尾の渦巻きが手がかりですが、胴体が線で表現されているので、分りにくい絵です。

    
地上にあるミラドール(観測塔)の周辺にある、左側の木(97m)、右側の手(45m)です。他の線がいろいろあるので、見難くなっています。

    
これは一番最後に見つけたフラミンゴ(280m)です。羽根らしい模様から、左側にくねくねとした首が伸びてその先に頭があります。
この地上絵を最後に、リマから成田までの長い飛行機の旅を経て、なんとか無事に家に戻りました。

ナスカの地上絵

2006-09-14 | ペルー旅行
プーノからバス、飛行機を乗り継いでリマへ戻り、そこからバスでイカの町に着いたのが深夜でした。
翌日、天候があまりよくなく、飛行場に向かったのは11時でした。

    
イカの飛行場からナスカの地上絵の遊覧飛行は、約1時間半です。飛行機は小さく、私達の場合、乗客は6人でした。

    
飛行機に乗るとき、バランスをとるため、操縦士が乗客の体重を考えながら座席を指定しました。よく見ると一番肥っているのは、操縦士です。これでバランスをとるのは、難しそうです。

    
離陸した飛行機から振り返ったイカの町です。砂山が見えました。この地域は砂漠が大部分なので、こうした砂山がいくつもあるようです。

    
しばらく飛ぶと、下は一面の砂漠になり、その中を流れる川が一筋はっきりと見えました。

    
やがて、山地が見えるようになりました。よく見ると、山肌に幾何学模様があります。いよいよナスカの地上絵に近づいたようです。

チチカカ湖(その2)

2006-09-13 | ペルー旅行
島には展望台がありました。ふわふわの大地に展望台は変ですが、特に問題はないようです。高いところに登ると、みんな手をあげるので、ちょっとおかしいです。

    
展望台からみた島の様子です。中央を広場にして、回りを囲むようにいくつかの小屋が建っています。島の近くにには、トトラが自生しています。

    
この島には、両親と子供たちが住んでいます。学校のある島へ通う外は、子供は島の中で暮らすようです。

    
乾燥したトトラを束ねて造ったバルサ船がチチカカ湖の主要な交通機関です。多くの人が乗れる2階建ての双胴船もあります。

            
母親も立派なバルサ船の漕ぎ手です。漕ぎながらも母親は子どもたちに細かい注意を払っていました。

    
父親が乗船料を集めている間、子供がもう一方の漕ぎ手です。すぐに一人前の漕ぎ手になりそうです。
チチカカ湖のウロス島は家族が1つの浮き島に乗っている小さな世界でした。

チチカカ湖

2006-09-12 | ペルー旅行
アンデス山脈のほぼ中央にある、海抜3890m、面積は琵琶湖の約12倍の神秘の湖、チチカカ湖です。

    
バスの長旅の翌朝、チチカカ湖のウロス島を訪ねました。ウロス島は1つの島の名称ではなく、トトラという葦を積み重ねた「浮き島」の総称です。その1つに上陸しました。

    
船から下りた最初の1歩は、ふわっとした感触でした。本当に葦を積み重ねただけの大地(?)です。しばらくすると馴れて、意外に気持ちが良かったです。

    
先ず、島の中の物を見てまわりました。これは湖で捕った魚です。貴重な食材ですが、マスの仲間など魚類は多いようです。

    
これも食材です。採りたての新鮮なトトラの茎はそのまま野菜として食用にします。右手の食材は、湖に沢山いる小さな水鳥を干したものです。

            
家の中をのぞきました。簡素であまり物はありません。それでも床や小さな椅子があるなど、少し住居らしさが感じられました。


民家を訪ねる

2006-09-11 | ペルー旅行
もう夕方でしたが、シュスタニ遺跡の近くで民家を訪ねました。
入口の門の上には一対の牛の飾りがありました。沖縄のシーサーと同じようなものです。

    
入口の右手は蔵のような小屋で外側からは入れません。小屋のまわりで、アルパカが出迎えてくれました。

    
家の中は敷地がいろいろ区切られていて、人の居住区、アルパカ、クイの居住区、作業用中庭などがありました。
写真のクイ(モルモット)は食用に飼育されていますが、最も一般的な蛋白源のようです。

    
一般的な食事の紹介がありました。アルパカの乳で作ったチーズ、茹でたジャガイモに泥を溶かしたソースのようなものをつけたものを試食しました。泥を食べるのはミネラルを摂るための工夫と思われます。

    
家族の紹介がありました。戸主の父親は外出中で不在、中央右手の女性が母親、左手の女性がマリアさん、他の男性は関係がよくわかりませんでした。家庭の中心は女性のようです。

    
暗くなってきたので、別れを告げましたが、入口でアルパカが見送ってくれました。
ここからプーノのチチカカ湖にはすぐ着きました。

シュスタニ遺跡

2006-09-10 | ペルー旅行
400kmのバスの旅が終わりに近づいた頃、少し回り道をして、シュスタニ遺跡に着きました。標高4000mのウマヤ湖畔にあるプレ・インカ時代からインカ全盛期まで続く墳墓の丘です。

    
湖の傍の丘には、かってチュルパ(墳墓)が100基以上あったと言われていますが、雨が多い地区であることと、近年まで保護されなかったため、わずかな数のチュルパしか残っていません。

            
丘の上で、最も目立っているインカの墳墓です。高さ12m、円周7.2mの石積みの円筒です。丘を登り、先ずこの塔を目指します。

            
近づいてみると、なかなか彩りもきれいな石塔です。壁面の一部にトカゲが浮き彫りにされています。トカゲの尻尾が再生することから、死者の再生を願ったとされています。

            
この塔も、裏に回ると、半分がありません。作り方がよくわかりますが、1基ぐらい完全な形で残って欲しかったと思いました。

    
すぐ近くにあったプレ・インカの墳墓です。石材を利用するため、多くは解体され
再利用されてしまったようです。

    
丘の上から周囲を見ていると、斜面を走っている動物がいました。大きなリャマでした。

    
丘を下りながら、日が落ちて、影の濃くなったウマヤ湖に別れを告げました。