鵠沼・昔砂丘の一本松

湘南藤沢住人の記憶の手掛かり …… フォト・ブログ

主馬盛久の頸座

2009-03-31 | 鎌倉

鎌倉由比ガ浜通りの長谷東町バス停近くに、庚申塚と並んで「主馬盛久の頸座」の碑があります。
何度もその前を通りましたが、碑文をよく読まなかったので、
ここで誰かが斬首されたのだとばかり思っていました。


石碑や掲示を読むと、源平の戦いに敗れた、平家の家人主馬盛久が京都で逮捕され、
この場所で斬首の刑になろうとした時、不思議な光が輝き、処刑人の太刀が折れたのだそうです。
頼朝がそのことを聞き、本人も不思議な夢を見たので、盛久を放免した、とあります。


結局、盛久は首を切られなかったわけですが、この場所を「頸座」と言うのは何故でしょう。
謡曲に「盛久」という曲があるらしく、掲示に許された盛久が頼朝の前で舞を舞ったと書かれています。

大仏切通④

2009-03-30 | 鎌倉

ここから先、道を少し右手に下ってから、木の階段を上りました。
この辺りは、大仏トンネルの上です。


木の階段を上ると、途中に岩の塊がありました。がけ崩れの岩のようです。


少し進んだ道には、崩れたばかりのような岩が一面に広がっていました。
左手の崖から崩れたものです。


その先の木の階段を下ると、ハイキングコースに合流しました。
振り返って眺めると、今来た道はがけ崩れのため通行禁止になっているようでした。


一寸危険な大仏切通しを抜けて、遠く海を眺めました。
逗子マリーナの方向です。

大仏切通③

2009-03-29 | 鎌倉

踏み跡もしっかりした歩きやすい道に出ました。


しばらく行くと、道標がありました。手前「火の見下」、先方「高徳院(大仏)」とありました。


道がゆるやかに上って、どうやらここが切通しの最高地点のようでした。


道沿いに「国指定史跡大仏切通」の杭がたっていました。


道沿いの日当たりにはスミレのがたくさん咲いていました。

大仏切通②

2009-03-28 | 鎌倉

道が上り坂になり、しばらく進むと、切通しらしい道になりました。


道の中央に緑の苔におおわれた大きな岩がいくつもありました。
切通しを通りにくくするための仕掛けかも知れません。


傾斜が更に急になって、両側の崖も高く、足元に注意しながら登るようになりました。


切通しは、上りだけでなく、小さなアップダウンもありました。


文字通りの切通しが終わりに近づき、目の前が明るくなって来ました。

大仏切通①

2009-03-27 | 鎌倉

偶然ですが、大仏切通の情報を入手したので、早速出掛けました。
藤沢から鎌倉行きのバスに乗り、「火の見下」バス停で下車、ここが出発点です。
すぐ側の路地に入り、道なりに右折し、民家の間を進みました。


通行止めの紐が張ってありましたが、慎重に跨いで、その先の森の中に入りました。
あっという間に、タイムスリップしたような気分でした。


森の中を進むと、左手の岩壁が削られている場所に出ました。
「やぐら」のようでもあり、石切り場のようでもありました。


近づいてよく見ましたが、削り方が「やぐら」にしては穴の配置がやや不自然な感じですが、
素人の安易な判断は許されません。


ここには、日本語、英語、中国語、韓国語で表示された説明掲示板がありました。
一般の案内書には載っていないので、ほとんど人が訪れない場所の割には立派でした。


ダシール・ハメットに出会う

2009-03-26 | ペーパーバックス
藤沢駅北口に出来たジュンク堂書店の洋書50㌫引きバーゲンセールで、ダシール・ハメットの本に出会いました。ハードボイルドの古典作家ですが、今まで手にしたことがありませんでした。ここでは短編集「NIGHTMARE TOWN」を買いましたが、定評通りの簡潔な文体に満足したので、早速別の3冊を取り寄せ、目下積読を楽しんでいます。

金龍山浅草寺④

2009-03-25 | 東京
初めての浅草参りが終わり、帰りがけに境内の隅にあった浅草不動尊にお参りしました。どうやらこの不動尊は、身体の調子が悪い人が、仏様のその部分に触り、治癒を祈願する仕組みのようです。仏様は全身がピカピカですから、いかに願い事が多いかがよく分かります。とりあえず、頭をさげて、健康を祈願しました。

金龍山浅草寺③

2009-03-24 | 東京
浅草寺の混雑は、基本的には雷門から本堂までの参詣道が中心で、その後はそれぞれ周辺の目的地に分散するので、境内もゆっくり歩くことができます。これは改修中の本堂です。


本堂左手には、影向堂、薬師堂、淡島堂などいろいろな寺社・供養塔が集められた
場所があり、信心深い人には興味がありそうです。

        
これは五重塔です。。外人観光客のために、「5 storied pagoda」 と書いてあったのので、「なるほど」と納得しました。


ななめ後ろから見た、宝蔵門です。浅草寺の伽藍はほんどが戦災で焼失したので、雷門、宝蔵門、本堂、五重塔などはすべて再建されたものです。

金龍山浅草寺②

2009-03-23 | 東京
宝蔵門の中央には小舟町と書かれた大提灯が釣られていました。日本橋小舟町の魚河岸の信徒が1657(万治2)年に奉納したのが起源で、現在の提灯は小舟町にある小原化工(株)が江戸開府400年を期に新調奉納されたものだそうです。


宝蔵門を抜けて、本堂に進む途中にある大きな香炉です。近くにある授香所で線香を頂き、この香炉に立て、身体を煙で清めてから本堂の観音様を参詣するという段取りのようです。外人観光客も面白そうに眺めていました。多くの人は、他の人が立てた線香の煙を十分に身体にかけていました。


本堂外部の改修中でしたが、参詣には支障ありませんでした。ここまで来ると、みんな善男善女となってお賽銭を投げ入れ、お祈りをしていました。中には、天井に描かれた堂本印象の「天人之図」や川端龍子の「龍之図」眺めている人もいました。

金龍山浅草寺①

2009-03-22 | 東京
折角浅草に来たのだから、ということで、金龍山浅草寺まで足を延ばしました。テレビ等でお馴染みの雷門です。浅草寺の総門ですが、門の左右に雷神、風神があるので、正式には風神雷神門というのだそうです。


雷門の中央にある提灯が有名ですが、寄進者の名前が松下電器となっています。社名変更があったので、やがてはパナソニックに変わるかも知れません。


雷門をくぐると、仲見世です。人ごみで立ち止まってカメラを構えるのも難しい状況でした。約260mにわたる土産物などの商店街ですが、店のつくりが統一されているので、すっきりした感じがします。仲見世の先には宝蔵門があります。

隅田川テラス

2009-03-21 | 東京
長年東京都心に通勤しましたが、東京の街はほとんどが見知らぬ街です。たまたま、浅草橋に用があり、そのついでに隅田川を眺めに行きました。隅田川右岸に出て、蔵前橋と両国橋の間の隅田テラスを歩きました。


上流に蔵前橋がありますが、橋の手前に白い橋があって、肝心の蔵前橋がよく見えません。後でNET情報で確認しましたが、NTT蔵前専用橋というのだそうです。残念でした。


水上バスがやって来ました。外人らしい乗客も見えて、隅田川も観光コースであることを実感しました。


水上バスを見送った先が両国橋ですが、逆光のためこの橋もよく見えませんでした。突然の思い付きでは、隅田川もうまく撮れないことがよく分かりました。

新林公園展望台

2009-03-20 | 藤沢
新林公園の冒険広場を抜けて山道に入り、最初の分岐を右に進むと展望台があります。ここまでやって来ると、大人も子どもも、とりあえず展望台に上り、景色を眺めることになります。


展望台の真下は、ミネベア藤沢製作所の工場があり、境川を越えて、藤沢駅南口の街並みを見ることができます。その先は、辻堂、茅ヶ崎へと続きます。霞んでいますが、丹沢山塊が見え、よく晴れていれば、左手に冨士が見える場所です。


展望台の階段の真向かいに、古いコンクリートの構造物があります。ここから先は推論ですが、これは砲台跡のように見えます。真下に見えるミネベアの工場は、以前は東京裸子の工場で、太平洋戦争の時は、軍需産業として多くの人が動員されたようです。工場を狙う米軍の飛行機に対抗するための簡易な高射砲があったのではないかと思います。ネット情報を検索しましたが、確かな情報はありませんでした。

景観を守るためのがけ崩れ対策?

2009-03-19 | 藤沢
この道は新林公園の西側にある新林小学校の通学路です。車道より一段高く造られ、車の危険対策は十分ですが、がけ崩れの危険があり、その対策が進行中です。


通学路から工事中の急傾斜を見上げると、あまり見かけたことがない金属製の楔のようなものが並んでいます。楔と楔の間はワイヤーで連結されています。


楔をよく見ても、地中の構造が分からないので、どのようにして、がけ崩れを防止するのかはよく分かりません。従来の「対策しましたと言う工法」ではなく、草木が茂ると「対策状況が見えなくなる工法」のようです。

上山本橋近くの庚申供養塔

2009-03-18 | 藤沢
境川に架かる上山本橋の辺りは、昔は石上の渡しと言われ、右岸の石上から左岸の片瀬、江ノ島道に舟で渡る道でした。現在の上山本橋を東へ渡って少し進むと、ミネベア藤沢製作所の手前左側に、庚申供養塔があります。享保15年奉納のもので、左藤沢道、右鎌倉道と刻まれています。江ノ島道を北上した分岐点にあったものらしく、鎌倉道は手広経由の道だと思われます。

蓮池のシラサギ

2009-03-17 | 藤沢
夕方近く、境川迂回時の川跡池と言われる蓮池に立ち寄り、シラサギに出会いました。池の中央にネットで囲まれた増水時の排水管がありますが、その側に作られたお立ち台の上に陣取っていました。この台は、水鳥の写真を狙う人たちが用意したものらしく、棒杭にはカワセミもやって来るようです。