毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

形ある世界を支えているのは、形なき世界の中心軸であることを思い出せ

2022年03月14日 08時05分08秒 | 貴秋の視点、すなわち偏見
「SDGs」 。。。。最近やたらあちこちで目につくワードですが、あまりにも唐突に現れたり 急速に広まったりするものには、やはり何らかの意図を感じてしまいます。

この 「SDGs」 にまつわる文言で 貴秋がもっとも氣になるのが、あの 「持続可能」 という一語。

辞書では 「持続」 とは 「長く続くこと、長く保ち続けられること」 となっていますので、平たく言い直せば 「ずっと続けられる」 ということでしょうか。

これを最初に言い出した人が 「長く」 をどれぐらいと想定しているのかはわかりませんが、あの 「世界を変えるための17の目標」 にさっと目を通すだけでも、期間限定では意味がないことがわかります。

つまり、この 「SDGs」 に掲げられている目標は、すべてが絶えることなく永続的に続くものでなくてはならない。

となれば、それは 「循環」 でしかあり得ません。

以前にも書きましたが、始まりがあれば終わりがあり、終わりが定まっているものは持続可能とはいえませんから。

そう考えると、にわかに湧き起こったこの 「SDGs」 の大合唱が、どこか胡散臭く聞こえ出します。

私たちの世界は もとより永続的な循環の中にあり、その巡りをぶち壊しかけているのが 私たち人類の数々の浅はかな試みなのですから、その反省なくして 「持続可能な開発」 なんてあり得ないはず。




循環、巡りと聞けば、思い浮かぶのは円ですが、コンパスを使って円を描いてみればわかるとおり、円には必ず中心があります。

で、コンパスの針がうっかり動いて 中心がブレてしまうと、書き始めと書き終わりがつながらなくなり、円にならないんですね。

そう、循環がどこまでも滞りなく続いていくためには、不動の中心が定まっていなくてはならないのです。

ならば、私たちの生の営みにおける不動の中心って、なんでしょう?




形ある世界のすべては、絶えず変化し続けます。

だからこそ、巡りを維持できる。

コマ回しのコマが倒れないのは 回り続けている間だけ、同様に 私たちの世界も、日が昇っては沈み、花が咲いては散り、雨が降っては蒸発して雲になり、細胞が生まれては死んで入れ替わり、あらゆる生物もまた生まれては死んで入れ替わる、その変化の中で生かされています。

ならば、その中心、決して変わらず絶えることのない不動の一点とはなんでしょう?

それは、形ある五感の世界を超えた領域にあります。

顕在意識では決してつかむことのできない領域、顕在意識オンリーで生きてきた私たちがすっかり忘れていた形なき領域に、私たちの生を持続可能なものにしている中心が存在するのです。




顕在意識を超えた 潜在意識 ・ 無意識などと呼ばれる領域は、私たちの五感で知覚することも 理論的に存在を実証することもできない、いわば “ブラックボックス” です。

ブラックボックスの中がどうなっているのかを知ることはできませんが、ボックスを通る前と通った後を比較することで、中で何が起きているかを推し量ることはできます。

そのためには、とにかくボックスを通り抜けてみること。

体験してみて初めて、理屈で語ることのできない私たちの中心を、言葉の及ばないところで感じ取ることができます。

いま 瞑想やマインドフルネスに 多くの人々の関心が向いているのは、人類がこの忘れていた中心を思い出し、危なっかしく傾きかけている生の巡りを立て直そうとする意志の現れではないでしょうか。




私たちのガタガタに傾いた世界を立て直すのは、中心を忘れたままの理論脳でひねり出した開発目標などではありません。

私たちひとりひとりが 自分の中心 ・ 世界の 宇宙の中心を思い出し、軸を取り戻して、真の自分として 自分にできること、自分にしかできないことをやっていく中から、円滑な巡りを取り戻した新しい世界が生み出されます。

唯一無二の個性を携えた私たちが、めいめい自身の内から湧き起こる声に耳を傾け、これと思うことに打ち込んで 充実した生を生きる以外に、世界を救う道なんてないと 貴秋は思っています。