本日も出張していますので、昨日同様、ストックから掲載いたしますが、もうすぐ帰れます。そして帰ったら、いきなりこれを聴きたくなっています――
■Empyrean Isles / Herbie Hancock (Blue Note)
時代によって評価が変わるという事象は、どんな世界にもあるものです。例えばジャズの世界では、このアルバムでしょう。
録音は1964年6月17日、メンバーはフレディ・ハバード(tp)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、そしてトニー・ウィリアムス(ds) とくれば、もう私の書こうとしている内容はお見通しでしょう。
このセッション当時のメンバーは、所謂「新主流派」と称された若手のバリバリで、モード手法を取り入れ、尚且つ、急進的なリズムに対するアプローチも含めて、モダンジャズ王道の演奏からフリーに至る、あらゆる可能性を追求していた剛の者でした。
特にハービー・ハンコック以下のリズム隊は、当時のマイルス・デイビスのバンドでレギュラーを務めており、そのマイルス・デイビスの人気ライブ盤「フォア・アンド・モア(Columbia)」における爆発的な演奏は、彼等の力に負うところが大きいのです。
したがって、それと同じ快感を求めるファンにとって、このアルバムは当に至宝です。全4曲すべてがハービー・ハンコックの自作というあたりも強烈――
A-1 One Finger Snap
いきなりバンド全員によるキメのフレーズがあって、フレディ・ハバードが快走です♪ この突進力に満ちたトランペットの爽快感は唯一無二の素晴らしさ! もちろんバックのリズム隊も負けていません。前述して、あの「フォア・アンド・モア」で聴かせてくれた先鋭的なビート、迫力の4ビートが満喫出来るのです。あぁ、トニー・ウィリアムス!
A-2 Oliloqui Valley
これこそ、当時の雰囲気をダイレクトに反映した、ミディアム・テンポの素晴らしいモード曲です。テーマの背後でサクサクと蠢動していたトニー・ウィリアムスのブラシがステック主体のシンバル打ちに転換する、その瞬間のトキメキ! さらにロン・カーターのしなやかなベース・ランニングとキメが、まず最高です。
ハービー・ハンコックも十八番のノリに徹していますので、前半で聴かせてくれるアドリブパートは、当にハービー・ハンコック・トリオ♪ しかし主役のピアニストよりもベースとドラムスに耳がいってしまうというオチが強烈です。
そしてフレディ・ハバードが自分の出番でいきなり大ハッスル! 若さに任せたロングノートを主体に、それとは逆の早吹きフレーズを対比させながら、ひたすらに突進していくのです。どうだい、マイルス、あんたにこれが出来るかい? というような若気の至りもなんのその、バックのリズム隊がそれに同調してしまうのですから、手がつけられません!
終盤にはロン・カーターまでもが、やばい雰囲気のアドリブを聴かせてくれるのでした。
ちなみにこの曲は、大学のモダンジャズ・サークルでは通称「オイロケ」と呼ばれ、定番課題曲になることがシバシバでした。現在ではどうでしょうか?
B-1 Cantaloupe Island
1994年にヒップホップ・ユニットの Us3 がサンプリング・ネタとして取上げて以来、急速に認識されたジャズロック曲ですが、全盛期のジャズ喫茶、特に1970年代では時代遅れの象徴的な扱いをされていたように思います。
それは、この硬派で急進的なアルバムの中にあって、完全に商業主義を意識したものと受け止められていたことが大きく、実際、ハービー・ハンコックはそういう部分がある人かもしれませんが、とにかくジャズ喫茶で鳴るのが大抵はA面ということもあって、忘れられていたのが本当のところかもしれません。
しかしあらためて聴いてみると、この粘っこいフィーリングは捨てがたく、野太いグルーヴは魅力的です。ただしトニー・ウィリアムスは、どう叩いていいのか迷い気味ですが……。
まあ、そのあたりはハービー・ハンコック中心に聴くことで解消出来ると思います。
B-2 The Egg
このアルバムで最も急進的な演奏が、これです。
その意図はフリーでバラバラになったものの再構築というところでしょうか……。なかなか答えが出ない演奏が続いていきますので、聴いていて、確実に疲れます。ロン・カーターの煮え切らなさ、トニー・ウィリアムスの苦しい言い訳、ハービー・ハンコックのわざとらしさ、そしてフレディ・ハバードの目的意識の無さ等々ばかりが目立ちます。こんなん、あり? でしょうか……?
ということで、このアルバムはジャズ喫茶の人気盤ではありますが、B面なんか鳴ろうものなら、店内に顰蹙が渦巻いていくのがはっきり感じられる迷盤でもありました。
しかし1976年、VSOPクインテットによる「ニューボートの追想」の大ブレイク以降、その元祖としてこのアルバムも再ブレイク♪ それはウェイン・ショーター(ts) 抜きというところが、ミソでした。
そしてそのウェイン・ショーターを招き入れたマイルス・デイビスとこのリズム隊は、1960年代後半のモダンジャズをリードしていくのですから、このアルバムの真価は既にして定まっていたわけですが、まさかリーダーのハービー・ハンコック自身、現代における人気を予測してこのセッションに臨んでいたわけではありますまい。
ですから私は、素直にA面だけ聴いて満足しているのでした。ちなみに現行輸入盤CDは別テイクのおまけ付きです♪