■A Sign Of The Times / Joe Pass (World Pacific)
今でこそジョー・パスの演奏はレコード&CDで気軽に聴けるようになりましたが、この天才ギタリストが「ヴァーチオーゾ」という完全ソロギターの傑作アルバムによって大ブレイクを果たした1970年代前半は、まだまだそんな状況ではありませんでした。
というか、一応は1960年代に残したモロジャズ盤はそれなりに日本でも再発されていたんですが、基本的に悪いクスリに耽溺していた頃であれば、その分量は需要を満たすことがなく……。
ですから、必然的にジョー・パスのファンは奥の細道に入ってしまうはずが、そんな中にあっても殊更我国で無視されていたのが、本日ご紹介のLPです。
なにしろ結論から言えば、皆様もご推察のとおり、これは所謂イージーリスニングジャズという、ある種のムード音楽盤であり、思わず見惚れてしまう素敵なパツキンのお姉さまがデザインされたジャケットも、実は1970年代のガチガチのジャズ者からは疎まれる大きな要素でもありました。
A-1 A Sign Of The Times
A-2 The Phoenix Love Theme
A-3 Nowhere Man / ひとりぼっちのあいつ
A-4 Dindi
A-5 A Summer Song
A-6 Moment To Moment
B-1 It Was A Very Good Year
B-2 Are You There
B-3 What Now My Love / そして今は
B-4 Softly As I Leave You / そっとさよなら
B-5 Sweet September
しかし、そういう点からすれば、ウェス・モンゴメリーはどうなんだっ!?
と思わず語気を強めたくなるのが、サイケおやじの正直な気持であり、告白すればこのアルバムを入手して謹聴したのはフュージョン全盛期の1970年代も後半でしたから、収録演目に因む見事な1960年代テイストが、周囲の目には如何にも時代遅れだったにちがいありません。
ただし西海岸の主流派編曲家として見事な実績を積み重ねていたボブ・フローレンスのアレンジは、このアルバムが制作発売された1966年前後の流行最先端だったボサノバのソフトロック的展開が集約されたものですし、それに迎合する事のないジョー・パスのギタープレイはモダンジャズそのものなんですよねぇ~♪
例えばアルバムタイトル曲「A Sign Of The Times」はトニー・ハッチが書き、ぺトゥラ・クラークが歌ってヒットさせた黄金のブリティッシュポップスなんですが、ここでの弾みきった明るい演奏は女性コーラス隊のハミング&スキャットに彩られながらも、実に凄いメロディフェイクと瞬間芸の極みのようなアドリブフレーズが飛び出しているですよねぇ~♪ しかも随所で活躍するフルューゲルホーンがチェット・ベイカーなんですよっ!
う~ん、わずか2分ちょいの演奏時間に、これだけ濃密な楽しさをテンコ盛りにしたサービス精神は流石だと思うばかりです。
そして続く「The Phoenix Love Theme」は映画音楽からの抜粋流用らしいんですが、スウィートな女性コーラスやボサロックのビート、全体のメロディの流れ等々、如何に我国歌謡界の作編曲家がこのあたりを研究鑑賞していたかを物語るんじゃないでしょうか。個人的には何か山下達郎のオールディズ系の歌が出てきそうな錯覚さえ覚えるんですよねぇ~♪
ちなみに演奏メンバーとしてジャケットにしっかりと名前が記載されているのは、ジョー・パス(g)、チェット・ベイカー(tp,flh)、フランク・キャップ(ds) だけなんですが、言わずもがなの推察として、当時のハリウッドポップスを裏で支えていたスタジオミュージシャンが良い仕事をやっているのは既定の事実でしょう。
しかも全体を貫くソフトロック&ボサロックのビートが実に快適で、ビートルズの大ヒット曲「ひとりぼっちのあいつ」や同じくイギリスのポップス系フォークデュオとして同時代に活躍したチャド&ジェレミーの「A Summer Song」、あるいはシャンソンの有名曲「そして今は」あたりの知られ過ぎたメロディでさえも、抜群の新鮮度で楽しめるんですから、これも後追いの醍醐味ってやつでしょうか♪♪~♪
つまり、それは本質的にジャっズぽい部分が演奏とアレンジの双方で大切にされている証かもしれません。なにしろヘンリー・マンシーニでお馴染みの「Moment To Moment」の4ビートグルーヴは本物ですし、ボサノバ王道の「Dindi」やバカラックメロディの代表格「Are You There」で聴ける濃密なジャズフィーリングは決して侮れません。
そこで前段の話に戻ってみれば、CTIの諸作で絶大な評価のウェス・モンゴメリーのやっていた路線は何も突然変異ではなく、同時期に似たような企画で作られた演奏がどっさりあったというわけです。
しかし、それらが特に我国で無視されたのは、もしかしたら掲載したジャケットの罪深いほどのナイスフィーリングかもしれませんねぇ~。正直、なにかエレキインストのアルバムのようでもあり、モダンジャズ真っ向勝負の雰囲気なんか微塵も感じられませんから!
おそらく、このアルバムを1970年代に愛聴していた日本のリスナーは、ジョー・パスの偏執的ファンかチェット・ベイカーのコレクターが多かったはずで、もちろんサイケおやじは前者でありましたが、もうひとつ、基本的にこういうボサロック物が好きという本質は隠し通せないと観念しております。
決して万人向けとは申しませんが、機会があればジャケ写のムード共々、虚心坦懐にお楽しみいただきたいアルバムで、もしかしたから今日では、ソフトロックのコアなマニアには御用達になっている可能性もあるかと思うのでした。