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サイケおやじの生活と音楽

The Beatles Get Back To Let It Be:其の八

2020-08-31 13:18:25 | Beatles

今回はまず、当時のレコーディングの技術的なお話から始めます。退屈な人はこの部分を飛ばしてください、なぁ~んて、フェル博士の「密室講義」みたいになりましたが……。

ビートルズがデビューした当時のレコーディングは演奏と歌を同時に録音する、所謂「一発録り」でした。彼等が主に使っていたアビー・ロード・スタジオにはその頃、2トラックのテープレコーダーがあり、一方のトラックに楽器演奏、もう一方のトラックに歌を録音していたのです。

しかし、録音するトラックが2つしか無いからといって、マイクが2つという事は無く、楽器用・ボーカル用にそれぞれ何本かのマイクが用意され、様々な方法で上手くバランスを取り、そこからテープレコーダーに入れる時に2つのトラックにしているのです。

この「トラック」という用語を「チャンネル」と置き換えても構いませんが、ここでは「トラック」という言葉を使います。

で、もちろん「せ~のっ」で始めるわけですから、1回ですべてが上手くいくはずもなく、何回か録音をやった中から、一番良い物を選び、こ~して出来上がったものを「セッション・テープ」と呼びます。これは1960年代中頃になって4~8チャンネルのテープレコーダーが使われるようになっても基本的には変わりませんが、その頃には「マルチ・トラック・テープ」と称される様になります。

そして次にセッション・テープの各々のトラックに録音された音を混ぜ合わせて、音のバランスを聴き易い状態にする作業を行います。これを「ミックス」と呼び、その作業には「コンソール」という機械を使います。それはコンサート会場やレコーディング・スタジオにある、音量つまみが沢山ついたテーブル状の道具でして、現場や写真で見た事がある人が、きっといらっしゃると思いますが、この音を整えるという工程がとても重要で、例えばギターを大きくしたいとか、コーラスを小さくしたいとか、プロデューサーとミュージシャンが、それぞれの思惑や意図を明確にしていく仕事です。

ちなみに、ここで試行錯誤の末に出来た音を次のテープにダビングする作業を「ミックス・ダウン」と呼んでいる様ですが、それで出来上がったテープが所謂「マスター・テープ」と称され、この過程では必要な楽器やボーカル、効果音等々が追加録音されていきます。

それは、もちろん、当時はアナログ時代でしたから、前述した作業はテープレコーダー間のダビングを繰返す事によって作られていたわけですが、説明が煩雑になりますので、今回は省略します。

実際、ビートルズの初期音源のステレオ盤を聴くと、演奏とボーカルが左右にはっきり分かれているのはこの所為で、また中期以降の例えば「リボルバー」「サージェント~」あたりの錯綜した音像は、ダビングの果てに作り出されていた事をご確認くださいませ。

閑話休題。

このマスター・テープから次に「カッティング・マスター」が作られます。

これはテープに記録された音をアナログ盤にプレスした時に、きちんとレコード針で再生出来る様に調整したもので、いろいろと音の補正が行われています。したがってアナログ盤時代はマスター・テープで作られた音が、完全にレコード盤には記録されていないのです。その理由は「其の七」でも取上げたとおり、当時の家庭用レコードプレイヤーの再生能力の限界のためでした。

ですから製作者側はアセテート盤という簡易レコードを作って、出来上がった音の状態を確かめる必要があったのです。

以上の様な作業を、グリン・ジョンズはビートルズ側から任されておりましたが、出来上がった音源に対しての最終的な決定権はあるはずが無く、ただ今回のセッションは原点回帰、オーバー・ダビング等は用いず、生音勝負という方針だけが伝えられている状態でした。しかも、これまた既に述べたとおり、こ~した作業の現場にビートルズの面々は誰も立ち会っていなかったのですから、彼が仕上げたマスター・テープはアセテート盤として、メンバー達の元へ送られていたのですが、様々な記録によれば、最も初期に作られた件のアセテート盤には、次の曲がカットされていたと云われています。

  01 Get Back #-1
  02 Teddy Boy
  03 Two Of Us
  04 Dig A Pony
  05 I've Got A Felling
  06 The Long And Winding Road
  07 Let IT Be
  08 Don't Let Me Down
  09 For You Blue
  10 The Walk
  11 Get Back #-2

そして、もう1枚、伝説として有名なのが所謂「Oldies Compilation」で、そこには以下のトラックがカットされていたそうです。

  01  I’ve Got A Feeling
  02 Dig It
  03 Rip It Up / Shake Rattle And Roll
  04 Miss Ann / Kansas City / Lawdy Miss Clawdy
  05 Blue Suede Shoes
  06 You Really Got A Hold On Me

ところがメンバー達は、それに誰も納得せず、以降何度も作り直しされるのですが、しかし新曲の発売日だけは4月11日に決まっていたという事情から、これまた「其の七」で述べたとおり、とりあえず「Get Back」と「Don't Let Me Down」だけをシングル盤用のモノラル・ミックスに仕上げるべく作業を急ぎ、3月26日に完成!

4月6日にはラジオで放送されたのですが、なんとっ!

その直後にポールからクレームが入り、翌日にミックスのやり直しが行われ、当然ここではポールが現場に立会いますが、1月のセッションのミックス作業中にメンバーが参加したのは、この時だけだったとか……。

うむ、すると「其の七」でも触れた、アメリカ盤等々に入っているステレオ・ミックスは、この時にでも作られたんでしょうかねぇ~~?

しかし、それはそれとして、どうやら新曲発売の決定に到る過程は、製作側よりも営業サイドの事情が優先されていた様に思います。

ですから発売直前のこのトラブルにより、イギリスでは発売日に肝心の商品が店頭に並ばなかったという噂もあります。

しかし、世界中が待望していたビートルズの新曲でしたから、忽ちチャート第1位の大ヒット!

ちなみにこのシングル盤の「Get Back」は屋上で演奏されたバージョンでは無く、1月27日と28日にアップル・スタジオで録音された物を混ぜ合わせていて、後に発売されるアルバム「レット・イット・ビー」に収録された同曲とも異なる仕上がりになっております。また、モノラルミックスの方が若干長めの収録になっておりますが、そのあたりは後で取上げます。

一方、B面の「Don't Let Me Down」は、おそらく1月28日にスタジオ録音されたバージョンを基本に、1月30日に屋上で演奏され、映画でも観る事が出来るバージョンを少し混ぜたものではないかと推察しておりますが、いかがなものでしょう。

ということで、「Get Back」の大ヒットにより、いよいよ新アルバム発売と映画公開の予定も見え始め、ここで本来ならば、めでたし、めでたしとなるところなのですが、肝心のビートルズは、もう誰もそのプロジェクトに関心が持てなくなっており、驚いた事には新曲のレコーディングを始めていたのです。

したがって新アルバムの編集作業は、またしてもグリン・ジョンズの孤独な作業となり、そこへ営業サイドが口を出すという悪循環……。

それでもついにアルバムは完成します。

そして6月末、アップル・コアから「新アルバムの発売は8月末、テレビショウの放映はその前後」という発表が行われるのですが、それがまた謎を呼ぶ発言になるのでした。

【参考文献】
 「ビートルズ・レコーディング・セッション / マーク・ルウィソーン」
 「サウンド・マン / グリン・ジョンズ」

注:本稿は、2003年9月27日に拙サイト「サイケおやじ館」に掲載した文章を改稿したものです。

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