■滅びゆく英雄 / Steely Dan (abc / 日本コロムビア)
さて、昨日の続きになりますが、今回の五輪スノボハープパイプでは、男子のショーン・ホワイトが絶対王者、神様として優勝三連覇は決定的と報じられていただけに、決勝での滑りの不様さは衝撃的でありました。
なにしろ大会前から、その颯爽とした勇士は広く世界に流布する映像等々で紹介され、しかもそのとおりの活躍を予選までは見せていたのですからっ!
結局、アスリートやスポーツ選手は自分の年齢、つまり肉体の衰えや精神力との戦いも重要で、ショーン・ホワイトもそれから逃れられなかったという事なのでしょうか……。
だとすれば、二人の日本少年が驚異的な活躍を世界に知らしめたのも、納得して然るべきですし、世界レベルのスポーツ選手であれば、そのストイックな面を隠すことのない必然性こそが超一流の証と思います。
さて、そこで本日掲載のシングル盤は、1970年代に登場した数多のミュージシャンの中でも、殊更ストイックなスティーリー・ダンの1枚なんですが、特にこれを選んだのは、不遜にも前述したショーン・ホワイトに収録A面曲の邦題「滅び行く英雄」を重ねてしまったがゆえの事です。
ちなみにスティーリー・ダンは1972年の公式デビュー当時は堂々のバンド形態であったはずが、1975年頃はライプ活動も止め、何時しか中心メンバーのドナルド・フェイゲン(vo,key) とウォルター・ベッカー(g,b) にプロデューサーのゲイリー・カッツが参画するスタジオプロジェクトになっていたのが、このシングル盤収録の2曲を含む新作レコーディングの実際現場でありましたが、そこにスティーリー・ダンが自らの意図を具象化させるべく雇い入れたセッションミュージシャンの存在が侮れません。
しかし彼等が如何に活躍しようとも、それはスティーリー・ダン、特にドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーという下積み時代からの盟友同士が互いにストイックな創作意欲を貫きとおさなければ、そこに存在する意味が無いと思われるほどです。
例えば、この「滅びゆく英雄 / Kid Charlemagne」ではラリー・カールトンの流麗なギターが大活躍し、それによって「ラリー・カールトンという一般には無名のギタリスト」が一躍注目を集め、そして自身のリーダー作では、この「滅びゆく英雄 / Kid Charlemagne」におけるコンセプトを再利用したとしか思えない「Room 335」という人気曲まで演じてしまうのですから、それを成り行き任せとばかりは決めつけられません。
それはジャケに用いられたツーショットの怖そうなイメージからも想像に易いわけですが、実質二人のスティーリー・ダンは、それゆえに協力者の選択にも頑固であったはずですし、妥協の無い姿勢は音楽という娯楽の世界にあっても、寄せ付けない凄味が大勢のリスナーを魅了してしまえば、結果オーライ♪♪~♪
むしろ、それがあってこそ完成出来た傑作の数々は、流行に起因した派手な売り上げが終わってしまっても、永久に聴き継がれていくに違いありません。
ということで、サイケおやじは決してショーン・ホワイトをバカにしたり、憐れんでいるのではありません。
その偉大な王者が君臨していたからこそ、今回の日本少年の大活躍があったと確信しています。
これからは追われる立場、特に若い平野歩夢には孤高なぁ~ん言葉は似合わない感じですが、おそらくはストイックであろう競技への取り組みは、世界中を熱狂させるでしょうねぇ~~♪
楽しみを増やしてくれて、ありがとう♪♪~♪
数年前ビートルズ好きの取引先と話してた時の事
「この前スティーリー・ダンのライブに行って来たんですよ」
「え?!誰が演るの?」
「いや、フェイゲンとベッカーが来て・・・」
「ベッカー?フェイゲンのナイトフライは好きだけど・・・」
とまあこんな会話でしたね 笑
一般的にはこんな理解のされ方なんだと改めて思った次第でした 笑
コメント、ありがとうございます。
スティーリー・ダンはイメージ先行型のグループで、その実態も1980年代からは曖昧になってしまいましたからねぇ~~。沈黙して後はフェイゲン先生のプロジェクトと思われても、それは必然性があったような(苦笑)。
しかしベッカー兄貴の煮詰まったようなギターがそこで鳴れば、ライブでのスティーリー・ダンも存在価値があるんじゃ~ないでしょうか?
私も再結成後のステージには接していますが、愛想の無さが、らしいなぁ~~、と(笑)。