OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

初買いエバンスが、これ

2009-05-11 09:09:37 | Jazz

The Bill Evans Album (Columbia)

私が初めて買ったビル・エバンスのアルバムで、高校生の頃には、それこそ朝な夕なに聴きまくった1枚です。

まあ、今となってはビル・エバンスがエレピを弾いている事だけが有名な作品かもしれませんが、もうひとつ、演目が全て本人のオリジナルというも、ある意味では画期的!?

告白すればサイケおやじは、ビル・エバンスのアルバムは既にジャズ喫茶で幾つかを聴いていましたし、実際にレコード屋には何枚もあったリーダー盤の中から、あえてこれを選んだ理由は、新譜だったことに加えて、「全曲オリジナル」というのが大きな魅力でした。

このあたりはジャズ者からすれば、スタンダード曲の味わいを知らない愚か者という烙印も当然ながら、当時の私は、例えばビートルズのように、演目は自分達のオリジナルが一番というふうに洗脳されていたのですから、ねぇ……。

録音は1971年5月11&20日、そして6月9日とされていますが、これには諸説あるようです。そしてメンバーはビル・エバンス(p,el-p)、エディ・ゴメス(b)、マーティ・モレル(ds) という当時のレギュラートリオですから、如何にも大手会社の制作らしい安定感と前向きな姿勢が、未だジャズの入口に立ったばかりの私にはジャストミートでした。

A-1 Funkallero
 1950年代に作られていたとされるオリジナル曲で、この時点までには既にズート・シムズやスタン・ゲッツとの共演レコーディングも残されていたわけですが、公式に世に出たのは、このアルバムが最初でしょうか?
 ここではエレピによるビル・エバンスの思わせぶりなスタートからエディ・ゴメスのペースがテーマをリードし、そしてアップテンポのアドリブへと入っていく展開が、なかなかにモダンジャズしています。
 というか、当時のサイケおやじには、この明快で饒舌な4ビートの感覚が、魔法のように感じられましたですね。特にエディ・ゴメスの手数の多いペースワークには幻惑されました。今日的な聴き方としては、失礼ながら音程の危うさとか、その場シノギのアドリブ構成とか、ツッコミどころもあるわけですが……。
 肝心のビル・エバンスは前半でエレピ、そして後半が生ピアノによるアドリブソロを披露して、やはり安定したエバンス節の大サービス♪♪~♪ 特に終盤でのドラムスとのソロチェンジとそれ以降の勢いには熱くさせられます。
 そのマーティ・モレルのドラミングも、一本調子だとか、あまり良くは言われませんが、初めて聴いた私にはロックっぽいフィーリングも感じられるド迫力でした。

A-2 The Two Lonely People
 一転して、如何にもビル・エバンスらしいジェントルなムードが最高の演奏です。
 それは十八番のワルツテンポと自身のアドリブフレーズから作りだしたようなテーマメロディの不思議な和みが、最初のソロピアノのパートからトリオの演奏となっていく展開の中で、少しずつ熟成されていくような♪♪~♪
 微妙な「泣きメロ」を含んだ演奏全体の雰囲気の良さもあって、このアルバムの中では一番好きになりましたですねぇ。
 もちろんエディ・ゴメスのツボを押さえた絡み、またマーティ・モレルの力感溢れるブラシも名演だと思います。

A-3 Sugar Plum
 これも「らしい」と言えば、全くそのとおりという、この時期ならではエバンス節が全開のオリジナル曲で、生ピアノとエレピの使い分けで演じられるアドリブパートは爽やかさ優先主義♪♪~♪
 そして若き日のサイケおやじは、エディ・ゴメスのペースに耳が奪われたというか、それを中心に聴かずにはいられないほどでした。
 というよりも、実はこの時点での私は、あの素晴らしいスコット・ラファロとの決定的な黄金時代を知らなかったというのが本当のところでしたから、モダンジャズといえば典型的な4ビートウォーキングを脱していたエディ・ゴメスに圧倒されたというわけです。

A-4 Waltz For Debby
 ビル・エバンスでは一番有名なオリジナル曲でしょうねっ、これは!
 とはいえ、既に述べたように、私は1961年のライブバージョンはもちろん、その前のスタジオバージョンも聴いたことがなったのですから、今にして思えば、それなりの出来栄えというここでの演奏にも、なんだかなぁ……。
 些か大袈裟な無伴奏ピアノソロのスタートから、良い雰囲気のエレピのアドリブも、前述したスコット・ラファロとの共演バージョンを知ってしまえば、それで終わりというのが正直な感想です。
 ただし「初エバンス」という条件があれば、エディ・ゴメスの熱演も眩しい限り! 前向きなビル・エバンスも流石だと思います。特にヤケッパチ気味の後半が良いですねぇ~♪

B-1 T.T.T.
 「12音階主義」で作られたオリジナルと解説されますが、どこかしら煮え切らないテーマ部分の縺れとか自己満足的なアドリブパートが、なかなかの緊張感を醸し出した名演かもしれません。
 ある意味では冷徹なムードが支配的なアップテンポの展開が、実に心地良いと思います。
 妥協しないエディ・ゴメスのペースワークにエレピで対抗するビル・エバンス、そしてポリリズム的なジャズビートを叩き出すマーティ・モレルというトリオ3者の自己主張には、明らかにモダンジャズの魔法が潜んでいるはずです。
 それゆえに十代だったサイケおやじは心底、夢中にさせられたのではないでしょうか。

B-2 Re:Person I Knew
 1960年代からのオリジナル曲ですから、ここでのエレピの使用は新鮮味を出すための方策でしょうか……? 変則ブルースのようでもあり、モードの見本市のようでもあり、クールなロックジャズのような雰囲気も濃厚に感じられる演奏になっています。
 告白すれば、私は既にマイルス・デイビスの「In A Silent Way (Columbia)」あたりを聴いていたので、この演奏の途中で、マイルスぼっいミュートのトランペットとかロック系のギターが飛び出してきそうな幻覚を感じたほどです。
 あぁ、この絶妙の浮遊感♪♪~♪
 そしてグイグイと盛り上がっていく終盤の纏まり!

B-3 Comrade Conrad
 これまたビル・エバンスとしかいえないムードが支配的な名曲名演だと思います。
 思索的な和みを追求するテーマメロディの不思議な存在感、自然体のワルツビートでスイングしていく展開は、まさにそれじゃないでしょうか。
 ある意味ではミステリアスな雰囲気から少しずつ霧が晴れていくようなアドリブパートへの流れの良さが、本物のジャズを聴いているという充足感に繋がるようです。
 そしてビル・エバンスはここでも前半は生ピアノ、そして後半はエレピと使い分けていますが、案外と個性が出しにくいエレピという楽器で、きちんとエバンス節をテンコ盛りにしているのは流石!

ということで、突然にジャズモードが復活したサイケおやじです。

決して名盤扱いにはされていないアルバムですが、それでも私をジャズ天国へと導いた1枚として、今もって時々は聴きたくなるんですよねぇ~♪

ちなみに最初に買ったのは、当然ながら日本盤でしたが、後にアメリカ盤と聴き比べてみると、その音のモヤモヤ感がエレピの音色の魅力と絶妙に合っているんですよ♪♪~♪ もちろん若い頃の思い出という美しき十代の感性もありましょうが、すっかり中年ド真ん中となった現在でも、この感覚は大切な宝物なのでした。

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笑顔が眩しいジャニスのライブ

2009-05-10 12:02:50 | Rock

Janis Joplin In Concert (Columbia)

1970年前後は、ある意味でロックの絶頂期だったと思いますが、その反面、ビートルズが活動停止……。そして優れたミュージシャンの死が相次ぎました。

特にジミヘン、ジム・モリソン、そしてジャニス・ジョプリン……。原因は悪いクスリと言われることも多いのですが、それはそれとして、この世に残していったものの大きさ、さらに閉ざされたしまった未来については、今も胸の潰れるような思いです。

そして死後に発売される未発表録音は、やはり大切な宝物でしょう。本日ご紹介のアルバムはジャニス・ジョプリンの死後、1972年に出されたライブ音源抜粋のアナログ盤2枚組LPですが、当然ながら正規発売を前提とした録音ではありませんから、雑然とした部分は否めません。

しかし、ここで聴かれるジャニス・ジョプリンの魂の歌は、彼女の死という悲しい事実をもってしても、それ以上にリアリティ溢れるドキュメントとして感動させれるのが、サイケおやじの本性です。

その中身は1枚目がビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーとしての1968年のライブがメインですが、一部には1970年の録音も入っています。

また2枚目は1970年6~7月のカナダ巡業からの録音で、これは後に映像作品の「Festival Express」として纏められたフィルムからの音源です。

A-1 Down On Me (1968年3月2日録音)
A-2 Bye, Bye, Baby (1968年4月12日録音)
A-3 All Is Loneliness (1970年4月4日録音)
A-4 Piece Of My Heart / 心のかけら (1968年3月2日録音)
B-1 Road Block (1968年6月23日録音)
B-2 Flower In The Sun (1968年6月23日録音)
B-3 Summertime (1968年6月23日録音)
B-4 Ego Rock (1970年4月4日録音)
 1枚目では、何といってもド頭の「Down On Me」が強烈至極! 力みが全くの自然体というジャニス・ジョプリンのシャウト&ソウルフルな歌唱、爆発的なギターソロ、さらにバンドのガサツなノリが一体化した、まさに奇蹟の名演だと思います。何故かヘタクソという烙印が押されている当時のビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーですが、いえいえ、ライブの現場ではテクニックよりも情熱の魂が必要と、こういうトラックを聴かされる度に思いますねぇ~♪
 そうした現場主義は、ジャニス・ジョプリンといえば、これっ! という「心のかけら」や「Summertime」も、彼女の出世作となった名盤「Cheap Thrills (Columbia)」収録のバージョンとはもちろん異なり、それよりも早い時期のバージョンということでも興味深々でしょう。これが実に熱い! 粘っこい! そしてグルーヴィなんですよっ♪♪~♪ やはり当時のリアルタイムな勢いと前向きな姿勢が最高です。意想外と思えるジャズっぽさも結果オーライでしょう。
 そういう部分は「Bye, Bye, Baby」でも楽しめますが、もうひとつの時代性として、ブルースロックの味わいも、なかなかにしぶといと思います。それがストレートに楽しめるのが「Ego Rock」で、これはその分野の立役者だったニック・グレイヴナイツとの共演ライブということもあり、尚更にグッと惹きこまれます♪♪~♪ あぁ、ぶる~す! 

C-1 Half Moon (1970年6月28日録音)
C-2 Kozmic Blues (1970年6月28日録音)
C-3 Move Over / ジャニスの祈り (1970年7月4日録音)
D-1 Try (1970年7月4日録音)
D-2 Get It While You Can (1970年7月4日録音)
D-3 Ball In Chain (1970年7月4日録音)
 2枚目は既に述べたようにカナダ巡業からのライブ音源ですが、ここでのバンドは彼女自らが率いたフル・テイルト・ブギ! う~ん、やっぱり凄く上手いですねぇ。
 ですからジャニス・ジョプリンも暴走寸前のバカノリ大会というか、その危ういバランス感覚が、ここでは結果オーライでしょうか。とにかく、この3ヵ月後の彼女の死を思えば、感慨深いものがあります。
 しかも「Half Moon」、「Move Over / ジャニスの祈り」、そして「Try」は遺作となったアルバム「Pearl」に収録のスタジオバージョンよりも、かなり早い時期のライブテイクということで、その荒っぽさや熱気が、実は相当に完成されていたという凄さです。
 蠢くベースがたまらない激熱リズムセクションとジャニス・ジョプリンの魂の歌が素晴らしく激突する「Half Moon」のド頭1曲だけで、全身がシビレます! そして我が国ではジャニスの代名詞ともなった「ジャニスの祈り」の刹那的な躍動感、さらに見事な緊張と緩和に熱くさせられる「Try」は、いずれも名演としか言えません。
 またジャズ&ブルース味が濃厚な「Kozmic Blues」やゴスペルロックな「Get It While You Can」のディープな歌いまわしが、これぞっ「ジャニス節」の真骨頂! 決して絶好調では無かったと思われるボーカルも、それが逆に枯れた味わいというか、せつなさや哀しみの表現と上手くリンクしていると感じるのは、サイケおやじだけでしょうか……。
 まあ、それもこの後の彼女の悲劇を知っていればこそかもしれませんが、その意味でオーラスの「Ball In Chain」では、なんと歌い終えた後にマイクを落としてしまうのです。それがボカッ! という音で入っているのですから、なんともアルバムの大団円としては強烈すぎますよ……。

ということで、これは聴いた瞬間から生涯の愛聴盤になると直感したほどです。

しかしそれは、リアルタイムではアルバムを買うことが出来ず、国営FM放送からエアチェックしたテープを長い間、聴いていたのです。

そして1974年、某輸入盤屋の開店セールで、2枚組なのに驚きの1380円で買えたという、当時としては信じ難い嬉しさに、歓喜悶絶でしたねぇ~♪

決して美人ではないジャニス・ジョプリンの笑顔が、これほど眩しいジャケットも最高ですし、これから彼女を聴いてみようとされる皆様にも、お勧め致します。 

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コーラで楽しむ黄金時代

2009-05-09 08:30:54 | Pops

Coca-Cola Commercials (Coca-Cola = CD)

サイケおやじと同世代の皆様ならば、アメリカへの憧れは当然の子供時代があったと思いますが、いかがなもんでしょう。

テレビドラマの中の大きな冷蔵庫とかカッコイイ車、金髪のお姉ちゃんに素敵なファッション♪♪~♪ ハリウッドにロックやソウルやモダンジャズ♪♪~♪ もちろんそこへは、ビートルズ以降のイギリスの文化も、所謂欧米というジャンルでゴッタ煮の憧れへと深化していくのですが、それを象徴していたひとつが、コカコーラのコマーシャルだったと思います。

スマートで強い印象を残すロゴ、宣伝に使われるポスターやメタルサインの垢ぬけだデザインは、それまでの日本には無かったセンスだったと思います。

そして決定的だったのがテレビでのコマーシャルでしょう。

スカッとさわやかコカ・コーラ♪♪~♪

そこに出演されているスタアの輝きも素晴らしく、ピンキーとキラーズや加山雄三、後年では矢沢永吉あたりが特に強烈な存在感でした。ちなみに私にとっては永遠の女神=ひし美ゆり子様もウルトラセブンのアンヌ隊員になる半年ほど前の時期に、ちょい役とはいえ、ご出演されたのは有名なエピソードになっています。

で、そうした宣伝活動は、もちろん本国アメリカでも当然でしたが、そこで使われていたコマソン音源を集めたのが、本日ご紹介のCDです。まずは下記のメンツをご覧くださいませ。

 01 The Seekers / 1966
 02 The Seekers
 03 Fontella Bass
 04 Tom Jones
 05 Tom Jones
 06 Patula Clark
 07 Jay & The Americans
 08 Wayne Fontana & The Mindbenders
 09 Jan & Dean
 10 Fredie Cannon
 11 Gary Lewis & The Playboys
 12 Gary Lewis & The Playboys
 13 Patula Clark / 1967
 14 Patula Clark
 15 The Supremes
 16 The Supremes
 17 The Troggs
 18 Lee Dorsey
 19 Lee Dorsey
 20 Leslie Gore
 21 The Vogues
 22 Roy Orbison
 23 The Drifters
 24 Ray Charies
 25 Nancy Sinatra
 26 Joe Tex
 27 The Moody Blues
 28 The Fortunes
 29 Lulu / 1968
 30 Lulu
 31 The American Bread
 32 The American Bread
 33 Jay & The Techniques
 34 Jay & The Techniques
 35 The Box Tops
 36 The Box Tops
 37 The Bee Gees
 38 The Tremeloes
 39 Aretha Franklin
 40 Aretha Franklin
 41 Sandy Poesy
 42 Sandy Poesy
 43 Sandy Poesy
 44 Marvin Gaye & Tammi Terrell
 45 Marvin Gaye
 46 Brooklyn Bridge / 1969
 47 B J Thomas
 48 B J Thomas
 49 Caria Thomas
 50 Jerry Butler
 51 Caria Thomas & Jerry Butler
 52 Vanilla Fudge
 53 Vanilla Fudge
 54 The Moody Blues
 55 The Moody Blues
 56 Ray Charies & Aretha Franklin
 57 Ray Charies & Aretha Franklin
 58 Ray Charies
 59 Aretha Franklin
 60 Tommy Boyec & Bobby Hart
 61 Tommy Boyec & Bobby Hart
 62 The 5th Dimension
 63 The 5th Dimension
 64 Gladys Knight & The Pips
 65 Gladys Knight & The Pips

どうです♪♪~♪ ソフトロックやポップス系からR&B、さらにアートロックやプログレのバンドまで、多士済々でしょう♪♪~♪ 年代的には1966年から1969年までという、所謂大衆音楽の黄金期に作られていたトラックばかりですから、当然といえばそれまでなんですが、こういうリアルタイムでバリバリの人気者ばかりを、しかも人種差別無しに起用していった新進の姿勢というか、商売熱心なところが、やはり違いますねっ!

気になる楽曲では、基本的にはコカコーラの耳に馴染んだ例のコマソンを歌っているわけですが、もちろんそこには短いながらも、ちゃ~んと歌手やグループ独特の個性がきちんと表現されています。

それは「Jan & Dean」が自分達の持ち歌だった「パサディナのおばあちゃん」を大胆に歌い込んだあたりから、特に顕著になっていきますが、それにしても、実に楽しいですよ♪♪~♪ ファンなら、思わずニヤリの連続は保証付きです。

そして全てがレアトラックなのは言わずもがなでしょう。

中でも「Vanilla Fudge」のバージョンはレギュラーのギタリストのヴィンス・マーテルが健康問題から参加出来ず、一説にはジェフ・ペックがギターを弾いたという噂も強い、ゴリゴリのヘヴィロックが堪能出来ます。

個人的にはアレサ・フランクリンとレイ・チャールズが共演したトラック「57」のソウルフルな深い余韻には、震えが止まらないほどに感動させられました。また、モンキーズの裏方として楽しすぎるポップス味が全開の「Tommy Boyec & Bobby Hart」、味付けが濃すぎて???の「Tom Jones」、ほとんど自分達のコマーシャルかもしれない「Gary Lewis & The Playboys」あたりには笑ってしまう楽しさがいっぱい♪♪~♪

ということで、参加ミュージャンの個性豊かなオムニバスとしても最高です。

ちなみにこれは非売品らしく、私は数年前に業界関係者からプレゼントされて感涙したわけですが、いろいろと調べたらヤフオクとかにも出品されているようですね。

黄金の1960年代を楽しむ1枚としては最適ですから、機会があればぜひっ!

最後になりましたが、コーラを初めて飲んだ子供時代には、その味が完全に???

コーラそのものは大正時代から我が国へ輸入されていたと言われていますが、やはり「昭和の味」でしょうね。そして音楽もっ!

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フェンスの向こうから来たスティーヴィー

2009-05-08 12:47:20 | Soul

Talking Book / Stevie Wonder (Tmala)

人類の遺産ともなったスティーヴィー・ワンダーの、この名作アルバムが世に出たのは、アメリカでは1972年の晩秋だと思いますが、もちろん我が国では翌年の春の発売でした。

しかしサイケおやじは前作アルバム「心の詩」、そして最新シングル曲の「迷信」にシビレきっていましたから、一刻も早く、これを聴きたくてたまりません。

とはいえ、当時は輸入盤を扱っている店も少なく、しかも値段が日本盤よりも高かったことを思えば、世の中の不条理を嘆くばかり……。もちろんアメリカへ行けば全てが解消することは分かっていましたが、その頃は今とは想像もつかないほどに、アメリカは遠い憧れの国……。

ところが、アメリカは身近に存在していたのです!

それは日本に駐留する米軍基地でした。そして中にある売店では、普通にアメリカの商品が売られていたのですから、レコードだって同じことです。

もちろん、そこへ一般の日本人がノコノコと入っていけるはずもありません。ですが、米軍関係者や基地内の労働者に知り合いがいれば、全ては解決するのです♪♪~♪

つまりそういう友達や知り合いに買い物を頼むという裏ワザがっ!

これを教えてくれたのは、先輩のお姉様のご友人がプロのミュージシャンで、彼等は最新の音楽情報を得るために米軍関係者にお願いをしているというのです。ちなみに、この裏ワザは昭和20年代から行われていたらしく、音楽関係者の間ではプロレスでいうところのケーフィと同じだったと思われます。

当然ながら、税金の問題がありますから、基地内から商品を持ち出すことは大量には無理です。しかしレコードぐらいだったら、それほど問題にならなかったようですが、それでも違法行為なんでしょうか……。

まあ、それは時効ということで、これ以上は詳しく書きませんが、とにかくそうやって入手したスティーヴィー・ワンダーの新作アルバムには、それこそ全てが逆転したような凄い衝撃が詰まっていました。

もちろん基本はスティーヴィー・ワンダーが各種キーボードやドラムスを駆使して作りだした演奏パートと歌で占められていますが、そこへホーン・セクションやギター、そしてペースや打楽器、コーラスで加わっている少数のゲストの存在感も抜群のバランスで目立つという、そうした最高のプロデュースもスティーヴィー・ワンダー自らの才能の証明でしょう。また当然ながら、収録楽曲は全てが自作です。、

A-1 You Are The Sunshine Of My Life
 今ではスタンダードとなったスティーヴィー・ワンダー自作の名曲ですが、まずはアルバムに針を落とし、初めて聴いた時の吃驚仰天は今も忘れられません。
 鉄腕アトムの主題歌と同じようなコードの響きからエレピがホンワカと気持ち良いイントロ♪♪~♪ しかし歌が入ってくると、それはスティーヴィー・ワンダーの声ではありません!? そして続くパートでは、なんと女性の声が主旋律を歌うのです! その和みの美メロが素敵なだけに、これは??? もしかしたら、中身のレコードが違うんじゃないか? とさえ思った次の瞬間、サビに入ってから初めて、スティーヴィー・ワンダー自らのボーカルが聞かれるんですねぇ~♪
 あぁ、なんという遊び心!
 とてもアルバムのド頭に仕掛けるようなイタズラではありません。
 凄い自信というか、自惚れというか、否、これはスティーヴィー・ワンダーが一流の洒落なんでしょうかねぇ~。去っていくかもしれない愛しい人にせつせつと語りかける歌の内容があればこその美メロ主義が、ここまで効果的に表現される、その刹那の手段のあざとさには脱帽するしかありません。
 ちなみに、ここで最初にリードボーカルを聞かせる男性歌手が Jim Gilstrap、女性ボーカルは同じくコーラスで参加している Gloria Barley か Lani Groves のどちらかだと思われますが、この3人は当時のスティーヴィー・ワンダーのツアーバンドレギュラーだと言われています。
 さらに何といっても、この曲メロのハートウォームな素晴らしさ♪♪~♪ ボサロック系のリズムの和みも最高の極みですから、後にはシングルカットされ、もちろん大ヒットしたのも当然が必然なのでした。

A-2 Maybe Your Baby
 そして一転して始まるのがヘヴィなファンクピートが強烈な粘っこさ!
 その大部分がキーボードで作られているのも驚異だと思いますが、バックで絶え間なく弾きまくられるギターは、これも当時のバックバンドではレギュラーだったレイ・パーカーJr. です。
 ちなみにこの人はご存じ、後にはハービー・ハンコックのヘッドハンターズを経て独立し、ブラコン路線の甘~いバラードをウリにしてブレイクするのですが、こういうハードな仕事もやっていたのですよっ♪♪~♪
 そしてスティーヴィー・ワンダーのドラムスが、実に素晴らしいです!

A-3 You And I
 さらにまたまた一転、今度は完全にスティーヴィー・ワンダーが一人舞台というスローバラードの世界です。ピアノとシンセの響きが巧みに融合した演奏パートと静謐にして情熱的なボーカルの味わい深さは、本当に感動的ですねぇ~♪ もちろん曲メロの素晴らしさは言わずもがな、これも愛する人にせつせつと2人の存在の必要性を訴える歌詞の中身が、当時の作者の心情吐露でしょうか……。
 なにしろセッション前後のスティーヴィー・ワンダーは、シリータ・ライトとの離婚問題で悩んでいたそうですからねぇ。後には神の領域にまで踏み込んでいくスティーヴィー・ワンダーの姿勢を鑑みれば、こういう等身大の姿には共感を覚えてしまいます。

A-4 Tuesday Heartbreak
 これぞ、典型的な「スティーヴィー節」が楽しめるファンキーポップスの隠れ名曲♪♪~♪
 ワウワウなキーボード、ソウルフルなコーラスに加えて泣きまくるサックスが実に最高なんですが、これがなんとデイヴィッド・サンボーン!
 もちろん当時、サイケおやじはこの人の事は何も知りませんでしたが、その名前はこの演奏だけで、深く胸に焼き付いてしまいましたから、後年のフュージョン期の大活躍が待ち遠しいばかりに夢中になったのも、ご理解願います。

A-5 You've Got It Bud Girl
 シングル盤「迷信」のB面にもカッフリングされていた、これも「スティーヴィー節」が全開の名曲でしょう。そのミステリアスでハートウォームな曲メロの魅力に加え、ここではバックの演奏パートの緻密な構成がニクイほどです。
 当然ながら、それゆえに幾多のカバーバージョンが作られたのもムベなるかな、しかしクインシー・ジョーンズですら、このオリジナルバージョンを凌駕することが出来なかったのは、納得されると思います。
 ちょっと聴きには雑なシンプルさが、逆に凄いんじゃないでしょうか。

B-1 Superstition
 やっぱり、この曲はレコードの一発目が似合います!
 B面とはいえ、ド頭はこれしかありませんよっ!
 そうした気分はCDでは6曲目という位置取りが、ちょっと違和感もあるんですが、ダイレクトに選曲出来るという特性があれば、それでも許せますね♪♪~♪
 それでは皆様、ご一緒に踊りましょう♪♪~♪
 ちなみにシングルバージョンとは微妙にミックスが異なると感じるのは、私だけ?

B-2 Big Brother
 という奥の細道的な思いに浸る前曲最終パートのフェードアウトに被ってくるのが、スティーヴィー・ワンダーが十八番のキーボードによるギターのアルペジオ風味というイントロの爽やかさ♪♪~♪ もうひとつの得意技であるハーモニカも素敵です。
 そして極めてポップな感覚は、従来のR&Bというジャンルからは遠く離れた、まさにスティーヴィー・ワンダーだけの世界でしょう。それがあるからこそ、サイケおやじは夢中になったのですが、イノセントに黒人音楽に熱中しているファンからすれば……。

B-3 Blame It On The Sun
 という感覚は、この曲に引き継がれ、ピアノと生ギターで作られるイントロから静かに歌い出されるメロディの素晴らしさ! ちょっとポール・サイモンかポール・マッカトニーという雰囲気も濃厚です。
 愛する人が去って悲しい気分は、太陽が輝かない所為だとする大袈裟な失恋な歌も、最後にはお互いの責任を嘆くという、いやはやなんともの歌の中身を知れば、ここでの全てが笑いたいほどに滑稽なものに感じられますが、それを逆手にとった生真面目が尊いのかもしれません。
 その意味で曲と演奏の完成度は、流石だと思います。

B-4 Lookin' For Another Pure Love
 これが、ある意味ではアルバムのハイライト曲でしょう。
 フワフワしたメロディと脱力系のボーカルが化学変化したような、所謂AOR系の仕上がりなんですが、ギターで参加しているのが前作「心の詩」でも名演を披露したバジー・フェィトン、そしてジェフ・ベック!
 極めてジャジーな伴奏を聞かせるバジー・フェイトンに対し、感覚的な即興が冴えまくりというジェフ・ベックのギターソロが、こんな曲調とは相反する凄味を醸し出していきます。しかも澄みきったギターの音色そのものが、実に魅力的なんですねぇ~♪
 当時はR&Bが急速にロック化していった、所謂ニューソウル期の入口だったわけですが、こうしたロック系の人脈とも繋がりながら、全く自分の存在意義を失っていないスティーヴィー・ワンダーの天才性! それは今になっての後付け的な感想ではありますが、リアルタイムで聴いた時の不思議にゾクゾクする感覚は、サイケおやじにとっては未来永劫続くものでしょう。本当に激ヤバだと思います。

B-5 I Believe
 オーラスは再びスティーヴー・ワンダーが全てを独りで作り上げた感動のスローバラード♪♪~♪ ビートルズっぽくあり、ゴスペル風味も強く、そして何よりも「スティーヴィー節」のじっくりとした歌唱にシビレます。
 歌の内容は、もう一度、信じられる人に巡り合えて云々という、小柳ルミ子の「おひさしぶりね」の世界と通じるというか、未練な世界のような気もしますが、スティーヴィー・ワンダーの強固な決意表明は本物ということでしょうか。
 このアルバムはLP片面づつ、曲間が極端に短く、トラックによっては前曲のラストと被っているほどの構成と流れからして、その最後には、やはりこの曲しかないと感じてしまうのでした。

ということで、もちろんスティーヴィー・ワンダーには、この作品よりも素晴らしいアルバムが以降に作られていますし、個人的にも一番好きとは言えません。

しかし初めて聴いた時の衝撃度と喜びは何物にも優っています!

ロックとかR&Bの境界線が無い、しかしそれは曖昧では無いスティーヴィー・ワンダーの個性だと思います。まあ、作詞の一部にはシリータ・ライトやイヴォンヌ・ライトの手も入っていますが、それでも本人の歌の世界は不動でしょう。

またジャケットに点字が刻まれていたのも、当然のようで画期的だったんじゃないでしょうか。このあたりは日本盤LPや最近のCDでは、どうなっているのか分かりませんが!

とにかく全てが新しかったですねぇ~。それは今でも感じます。

最後になりましたが、これを入手したのと同じ裏ワザは、以降も使ってしまいました。ただし翌年になると、輸入盤屋が急速に開店し、いよいよLPも買い易くなったというわけですが、それは海賊盤地獄という、新しい罠に陥る前触れでもありました。

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キーボードファンク爆発の迷信

2009-05-07 08:43:34 | Soul

迷信 / Stevie Wonder (Tamla / ビクター音楽産業)

価値観が変わってしまうとか、人生の衝撃とか、それは十人十色に様々あると思います。

日頃から何かにつけて大袈裟なサイケおやじにしても、本日ご紹介のスティーヴィー・ワンダーには、これまで以上に歓喜悶絶させられた記憶が、尚更に鮮明な1曲です。

イントロのリミッターが効いたドラムスのシンプルにしてヘヴィなビート、それに続くクラヴィネットによるファンキーなリフ! それはキーボードの多重録音効果も鮮やかなスティーヴィー・ワンダーの独り舞台なんですが、歌が始まってから被さってくるホーンリフのカッコ良さも、実に衝撃的でした。

日本で世に出たのは昭和48(1973)年でしたが、実はFENでは前年末から流されまくっていたと思います。もちろんサイケおやじは、それを聴いた瞬間、全身に電気が流れたという些か使い古された言い回しが、決して嘘では無かったことを実感したのです。

そして発売されたシングル盤を、速攻でゲットしたのは言わずもがな!

今でこそ、こうしたキーボードファンクは、例えばハービー・ハンコックがやっていたとか、決して珍しいものでは無くなっていますが、当時は衝撃的に新鮮でした。何よりもホーンセクション以外の全てを、スティーヴィー・ワンダーが自ら作り出しているという事実にも驚愕させられるだけです。

タメの効いたドラミングにしても、良く聴けば幾層にも重ねられているようですし、鳴り続けてビートをキープしていく低音域のキーボードプレイ、さらにクールな熱気を満たしていく、最高にキャッチーなファンキーリフ! スティーヴィー・ワンダーのボーカルも、あの「スティーヴィー節」が全開という「力み」と「味」が、短調なメロディと日本人には意味不明の「迷信」を唱えるという、文字通りの熱唱が痛快です。

というかボーカルパートとバックの演奏カラオケが実に素晴らしく融合しているんですねぇ~♪ 歌の合の手に入るドラムスのブレイクとか、あるいはキメのリフの整合性は直観的に考え抜かれたとしか思えません。

ですから、当然ながらチャートのトップを独走するウルトラ級のメガヒットでした。

ちなみにこの曲は、ジェフ・ベックが元バニラ・ファッジのティム・ボガード(b,vo)、そしてカーマイ・アピス(ds,vo) と組んだ執念のハードロックバンドというBB&Aでもカバーされていますが、ジェフ・ベック本人が語るところによれば、この曲は本来、自分にプレゼントされたものだと言い張るところから、当時は相当に熱くなっていたらしいですねぇ。すると後年、「哀しみの恋人達」をスティーヴィー・ワンダーが提供したのは、罪滅ぼし!?

まあ、それはそれとして、この曲にシビレたサイケおやじは、既に全米では物凄い勢いで売れているというスティーヴィー・ワンダーの新作アルバムを聴きたくてたまりませんでした。

ところが当時は日本とアメリカでは発売にタイムラグがあり、当然ながら我が国での発売状況なんて、数か月遅れがザラでしたし、輸入盤も簡単には手に入らず、そもそも扱っている店が極端に少なく、さらに値段も日本盤以上に高かったのですから……。

しかしそこに現れたのが救いの神♪♪~♪

サイケおやじは、ついに禁断の裏ワザを知ることになるのですが、それは次回のお楽しみと致します。

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ビートルズの残影・チューリップ篇

2009-05-06 10:43:07 | 日本のロック

田舎へ引越そう / チューリップ (Express / 東芝)

1970年、つまり昭和45年の重大事件といえば、なんといってもビートルズの実質的な活動停止! もちろん正式な解散声明は今に至るも出されていませんが、もうビートルズは無くなってしまった……。

そういう事実は厳然としていました。

当時、私は既にストーンズ命の世界に入っていましたし、そういう立場を貫いていた姿勢から、口ではなんでも無いような事を言っていたのですが、内心はポッカリと空洞が……。なんともせつない喪失感がありました。

で、それじゃ、どうするか?

答えは簡単、ビートルズと同じ味わいを求めていくのです。

ビートルズが出現して以降の大衆音楽は、あらゆるジャンルでその影響力は絶大で、明らかに後追いや真似っこ、モロパクリが横行していましたが、それがいずれもビートルズのレベルにはもちろん達せず、そこで如何にセンスの良さを出すかが勝負の分かれ道でした。

当然ながらファンも、そのあたりに共感を覚えたり、失笑したりの繰り返しでしたが、それを真剣に楽しまなければならない時が、とうとう来たというわけです。

そしてサイケおやじは、それに憑かれ、未だに解脱出来ません。

本日のご紹介も、全くそのひとつで、主役のチューリップは我が国の歌謡フォークやニューミュージックでは言わずもがなの人気バンドですが、これは「心の旅」で大ブレイクする以前に発売された2枚目のシングル盤B面曲です。

実は皆様ご存じのように、チューリップは昭和47(1972)年の初夏に正式デビュー、そのシングル曲「魔法の黄色い靴」は永遠のビートルズ風味も素敵でした。当時、盛んに議論されていた「日本語のロック」を、はっぴいえんど等々とは似て非なる個性で、とても上手く演じていたと思います。

で、チューリップは深夜放送では人気も出ていたと思うのですが、もちろんテレビに登場するほどではなく、基本は歌謡フォークの軟弱路線として、ロック派のファンからは軽視される中途半端な存在だったかもしれません。なにしろ当時は「ニューミュージック」なんていう、都合の良い言葉はありませんでしたからねぇ……。

そんな状況の中で秋頃に発売されたのが、このシングル盤で、もちろんリアルタイムではヒットしていません。サイケおやじにしても、「魔法の黄色い靴」には微妙にシビレていたこともあって、ちょっとは期待していたのですが、正直、A面の「一人の部屋」にはガックリ……。

ところがレコード屋の店頭で偶然に流れていたB面の「田舎へ引越そう」を聞いて歓喜の仰天! それは全く、ポール・マッカトニーが時折に聴かせてくれていた、あのホンワカムードのウキウキメロディ、そのまんまでした♪♪~♪

イントロのギターフレーズ、弾むようなピアノのブンチャカしたリズム、せつなくも楽天的なメロディ、コーラスアレンジのビートルズっぽさ、そして全体に漂うハートウォームな雰囲気の良さ♪♪~♪

このあたりは同時期にデビューしていたイギリスのビートルズ系バンドである、パイロットと共通する魅力ですが、世間に出たのは明らかにチューリップが先なんですねぇ。例えば同系のパッドフィンガーが小型ビートルズならば、パイロットはチューリップの英国的後追いバンドだと、私は思います。う~ん、実際に聴いていたんでしょうかねぇ……?

まあ、歌詞の内容は仲間と田舎で気楽に暮らしたいという、他愛のないものですが、これは当時の若者が抱いていた共同体願望のひとつとして、今でも微笑ましいと思います。映画で言えば、藤田敏八の世界に近いのでしょうか。

そしてサイケおやじは密かに、このシングル盤を入手し、聴いていました。誰にも、これは言えない……。バレたら、日頃の言動からして、恐らくはきっと笑い者になるだろうことは想像に難くなく、そんなクダライナイ虚栄に支配されていたというわけです。

ということで、そうして集めた「ビートルズ風味」の楽曲群は、今も私の楽しみとなっています。これは同じく山のように存在している「ストーンズ風味」には、それほど関心が無いことを思えば、失ってしまったものの大きさというか、去っていった女にいつまでも未練を残しているのと変わらないというか……。

そういうことで、本日はご笑覧下さいませ。

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ローラ・ニーロで温故知新の扉を開く

2009-05-05 11:18:15 | Laura Nyro

Gonna Take A Miracle / Laura Nyro & Labelle (Columbia)

サイケおやじは古い物が大好きですから、音楽だって最新流行よりは所謂オールディズがお好みなんですが、そうなってしまった理由のひとつが、このアルバムです。

主役のローラ・ニーロは皆様ご存じのとおり、シンガーソングライターの代表的な女性アーティストとして言わずもがな、自作の多くがカバーされて大ヒットとなった名曲が山のようにあります。ですから自己のリーダー盤はオリジナルというのが当然ながら、その中から忽然と発表された通算5枚目の本作は、驚きのカバー作品集!

まあ、このあたりは最近ではすっかり定番となった煮詰まり解消&契約履行の常道といえば、全くそれまでなんですが、彼女自身のある意味ではアクの強い歌いまわしやメロディ作りのキモが、なんと意外にもストレートにカバーされている曲もある中では、ほとんど何の変化も無かったというのが、初めて聴いた時の私には大きな衝撃でした。

告白すれば、サイケおやじはフィフス・ディメンションの「Wedding Bell Blues」でローラ・ニーロに邂逅し、以降は彼女の作る歌が自分の感性にジャストミートし続けて今日に至っているわけですから、そのルーツを知り得たことは喜びでもありました。

で、このアルバムはアメリカでは1971年11月にリリースされていますが、我が国では翌昭和47(1972)年の発売で、当時高校生だった私は昼メシ代を浮かせて速攻ゲットし、聴きまくった愛聴盤です。

もろちん、その中身はローラ・ニーロ自作の曲がひとつもないということは、音楽誌の情報から知っていました。しかしそれでも買わざるをえなかったほどに、私はローラ・ニーロに夢中でしたが、その当時、他に私的な愛聴ロック系アルバムとしては「イマジン / ジョン・レノン」「展覧会の絵 / EL&P」「ウェルカム・トゥ・ザ・キャンティーン / トラフィック」「サンタナⅢ」「テュペロ・ハニー / ヴァン・モリソン」「ハーヴェスト / ニール・ヤング」等々でした。う~ん、往時が偲ばれますねぇ……♪

 A-1 I Met Him On A Sundy (Shirelles 1958)
 A-2 The Bells (Originals 1970)
 A-3 Monkey Time - Dancing In The Street
            (Major Lance 1963 - Marth & Vandellas 1964)
 A-4 Desiree (Charts 1957)
 A-5 You've Really Got A Hold On Me (Miracles 1963)
 B-1 Spanish Harlem (Ben E. King 1961)
 B-2 Jimmy Mack (Marth & Vandellas 1967)
 B-3 The Wind (?)
 B-4 Nowhere To Run (Marth & Vandellas 1965)
 B-5 It's Gonna Take A Miracle (Royalettes 1965)

しかし上記演目を歌うローラ・ニーロは全くこれまでの自分を隠していないというか、私にはほとんど彼女自身のオリジナル曲に思えたほどでした。というよりも、実はほとんど原曲バージョンを知らなかったわけですが、例えばその中ではビートルズのカバーで有名な「You've Really Got A Hold On Me」にしても、同様です。

演奏の基本は彼女のピアノの弾き語りと黒人女性コーラスグループのラベルとのコラボレーションに、当時上昇期だったフィリーサウンドの立役者達が伴奏をつけたものですが、それにしてもローラ・ニーロの強固な意思が滲み出るボーカルパートの潔さ!

いゃ~、本当にシビレますよ♪♪~♪

歌うことの素晴らしさを存分に楽しませてくれる冒頭の「I Met Him On A Sundy」から一転してビューティフルなバラードの世界に入る「The Bells」の、それこそ泣きたくなるような情熱には、いきなり胸キュンです。

そして躍動的な「Monkey Time - Dancing In The Street」のメドレーは、モータウン伝来のリズム&ビートの楽しさ、そしてローラ・ニーロの歌いまわしのタネ明かしが嬉しいところですし、同系の「Jimmy Mack」も私の大好き♪♪~♪ さらに蠢くエレキベースが痛快至極な「Nowhere To Run」も、たまりませんねぇ~♪ なによりも歌とコーラスにナチュラルなグルーヴが満ちていて最高! これは後に知ったところによれば、全ての歌入れが、一発録りのワンテイク完了だったとか!?

その意味で「Desiree」は静謐な歌いだしからシンプルなラブソングに素直な情熱と愛の感情を込めた名唱ですが、実は後で聴いた The Charts のオリジナルバージョンとは相当に雰囲気が異なっているのは要注意かもしれません。

というように、最初っから完全にこのアルバムの虜になった私は、演目のオリジナルバージョンを追い求めていくのですが、当時すんなりと聴けたのはモータウン系のヒット曲だった「You've Really Got A Hold On Me」や「Monkey Time - Dancing In The Street」、あるいは「Spanish Harlem」あたりだけでした。なにしろ、ニューロックやシンガーソングライターが全盛期だった頃ですからねぇ……。我が国のレコード会社にすれば、完全に過去の遺物という楽曲なんて、とっくに廃盤か発売そのものがなかったか、とにかく忘れられたメロディばかりだったと思います。

ちなみにそれが再注目されるのは、アメリカンオールディズ懐古の名作映画「アメリカン・グラフティ」が1974年12月に公開されて以降なのです。

ということは、当時はそうしたシングル盤は中古屋でも安値でしたから、サイケおやじには嬉しい状況♪♪~♪ 1枚百円とかいうレベルで、昔の洋楽シングル盤を買いまくっていましたが、周囲からは完全にバカにされていたというか……。

もうひとつ言えば、こうした趣味と嗜好はキャロル・キングの大ブレイクから、彼女が昔は作曲家として多くのヒットメロディを書いていた事実を知ったのも、大きなきっかけでしたねぇ。

そんなこんなで集めたシングル盤は、それなりに傷んでいましたが、聴くという喜びと過去の探究という楽しみは確実に増えていきました。

しかしそうして集めたシングル盤は現在、手元にほとんどありません。前述した「アメリカン・グラフティ」のヒットから我が国でも1975年に入ってオールディズのブームが到来し、過去のシングル盤が一気に十倍以上の値段となり、手が出せなくなったのと、私が既にジャズの世界にどっぷりと陥っていた所為で、纏めて七百枚ほどを我が国の某コレクター氏に高値で買われていったのです。

今となっては後悔モードにも入っていますが、その引き換えに得たお金で、欲しかったジャズのオリジナル盤を入手出来たことを思えば、マニア心も「もって冥すべし」でしょうか……。

ということで、収録演目の後に原曲を歌った歌手やグループ名を添えておきましたので、聴き比べも楽しいかと思います。

最後になりましたが、コーラス隊としてローラ・ニーロを盛りたてているラベルという黒人女性グループは、その前身がパティ・ラベル&ザ・ブルーペルズとして1960年代前半に幾つかのヒットを出していたのですが、このアルバム制作時の1971年には既に「あの人は今、どこに」状態……。それでもローラ・ニーロが彼女達の大ファンだった事に加え、グループ自体も新生ラベルとして再起を図っていた時期とあって、予想以上に素晴らしいコラボレーションが完成したと言われています。この時点でのメンバーはパティ・ラベル、サラ・ダッシュ、ノナ・ヘンドリックスという3人組で、この後には「宇宙から来たソウルクイーン」というイメージ戦略とド派手な衣装で大ブレイク! 1975年には「Lady Marmalade」のメガヒットも飛ばしているほどの実力派ですから、私は大好き♪♪~♪

ちなみに以前に掲載したバニラ・ファッジ演じる「キープ・ミー・ハンギング・オン」のシングル盤B面に収録された私のお気に入り「Take Me For A Little While」も、実は彼女達のオリジナルヒット曲だったのですから、自己のルーツは何時まで経っても否定出来ないものと痛感しております。

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春に聴きたくなるホンワカ名曲

2009-05-04 11:37:02 | Singer Song Writer

人生の道 / Brewer & Shipley (Kama Sutra / 日本コロムビア)

洋楽情報の大部分を占めていたのがラジオの存在だったのは、昭和50年代頃まででしょうか?

特にヒットパレード番組と深夜放送の威力は絶大だったと思います。

しかも洋楽に関しては、我が国独自のヒット曲というジャンルが固定化された魅力でした。サイケおやじにしても、それに夢中にさせられた過去は打ち消せません。

ところがそんなある日、私は先輩の勧めでFENというラジオ局の存在を知りました。これはご存じのように、駐留米軍からのラジオ放送ですから、ほとんど全てが英語なんですが、何でもアメリカ一番という教育を受けていた私のような者には、あこがれとコンプレックスがゴッタ煮となった、非常に面映ゆい魅力を感じました。

そしてそこから流れてくる洋楽、つまりアメリカからダイレクトのヒット曲は、明らかに我が国の洋楽チャートと異なっていたのですから、たまりません。

本日ご紹介のシングル曲も、日本ではほとんどヒットしなかった記憶なんですが、1971年春頃のFENからは流れまくっていたのです。

それは気持ちの良いカントリーロックで、ほどよい泣きのメロディと野暮ったいボーカル&ハーモニーが絶妙に化学変化♪♪~♪

日本盤ジャケットの花柄イラストとかデザインも、曲調にジャストミートのビューティフルでしょう♪♪~♪

これが1971年の雰囲気でしたねぇ~。

というか、折しも時代はシンガーソングライターのプームが全盛♪♪~♪ それまでのギンギンのハードロックに代わり、例えばニール・ヤングとかジェームズ・テイラー、キャロル・キングやジョニ・ミッチェルといった内省的な歌が流行っていましたから、こうした畦道フレィバー全開のヒットがあっても当然でした。

もちろんブルーワー&シップレイはサイモンとガーファンクルの後追いグループのひとつなんでしょうねぇ、今に至るも、あんまり良く知りませんが、とにかくこの曲だけはホンワカムードが実に心地良いです。我が国のフォークブームにも、隠しネタとして多様されているほどです。

そしてちょっと驚くのは、「人生の道」という大袈裟な邦題!

原曲名は「One Toke Over The Line」ですからねぇ……。Toke は、ひときれのパンとかマリファナの一服を指す言葉なんですから、いやはやなんともです。

その意味で軍人放送で流して良いのか!?

まあ、それはそれとして、私が先輩にFENを聴くように進められたのは、英語の勉強になるからという理由ですが、現実のサイケおやじは、こうした最新流行のヒット曲にどっぷりと浸かりこんでいくのでした。

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好きな曲だけシングル盤・キッス篇

2009-05-03 12:04:22 | Rock

ハード・ラック・ウーマン / Kiss (Casablanca / ビクター音楽産業)

シングル盤の利点は様々にありますが、その中のひとつが、自分の好きな曲だけを聴けるという事かと思います。

例えば本日ご紹介の曲は、1970年代中頃に所謂「化粧バンド」として我が国でも大ブレイクしたキッスの大ヒット!

本来はハードロックのバカ騒ぎ系演奏が持ち味のバンドにしては、例外的にアコースティックの味わいも強い、なかなかの名曲だと思いますし、なによりもハスキーなボーカルで歌われるメロディのせつなさ、女を棄てるために都合の良い言い訳に徹する自嘲的な歌詞の内容が、如何にも1970年代にはジャストミート♪♪~♪

もちろん当時のサイケおやじには、キッスなんていうバンドはお呼びじゃない!

夢中になって追っかけまでやっている女の子は大勢いましたし、ちょっとした社会現象になったのも、ステージで火を吹くとか、歌舞伎系のキワモノメイク、そして単刀直入にしてスパイスの効いたR&Rな演奏が上手く当たったのでしょう。

でもねぇ~、すっかりおじさんモードに入りかけていた私には、鼻白むばかり……、

まあ、パンクロックよりは、幾分マシですが……。

そんなわけですから、この曲を聴いた時には良いなぁ~♪ と思ってもアルバムなんて、他に欲しいレコードが山のようにあったのは言わずもがな、そもそも他の曲に魅力を感じないのですから、シングル盤を買う他はなかったのです。しかも実際に買ったのは、百円の中古盤ですから、いやはやなんとも……。

それでも私的には名曲に変わりはなく、サイケおやじ的オールタイムのベスト200には入るでしょう。

ちなみに歌っているのはピーター・クリスという、ビジュアル的にはタヌキメイクのドラマーですが、バンドの中ではリードボーカルをとることが極めて稀な人ですから、この大ヒットは皮肉かもしれません。さらに驚いたことには、もうひとつ、キッスにとっては畢生の美メロ曲という「Beth」も、この人の持ち歌だったんですねぇ~♪ これも大好きなんですよ♪♪~♪

で、キッスは全盛時にメンバー各々のソロアルバムも制作していますから、サイケおやじは意を決してピーター・クリスのアルバムを買いました。まあ、もちろん中古盤ですけど、やっぱりというか、その内容はボーカルに専念したような、中途半端なAOR……。

しかし本人は自信があったのでしょう、間もなくキッスを辞めてソロ歌手になったらしいのですが、結果は落ち目のなんとやらです。そしてこの時に知ったのですが、なんとピーター・クリスは昭和20(1945)年生まれ! ということは、キッスがブレイクした時には三十路に入っていたわけですから、落ち着きがあって当然かっ!?

う~ん、芸能界って、本当に難しいですねぇ。その意味で、キッスが今もしぶとく生き残っているのは驚異的かもしれません。

一応、彼等の名誉のために書いておきますが、サイケおやじはキッスというバンドを、全くバカにしているわけではありません。ストーンズのリフを軽薄にパクッたような曲があったり、なによりも所謂ロック魂が本物だったからこそ、いろんなことに手をだし、メンバーチェンジや再結成があっても、決してノスタルジックサーキットには入っていない姿勢が、潔いと感じます。我が国のデーモン小暮閣下が率いていたバンドの「聖飢魔II」は、明らかにキッスを誇張していたほどに、その彼等の音楽性は堂々の芯が通っているのです。

ということで、ロックもLPで聴く時代に入っていながら、私はシングル盤を買っていたという、本日もお粗末な一席でした。

あぁ、ジャズモードへの復帰が……。

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モンキーズの素敵なデイドリーム

2009-05-02 11:42:54 | Pops

デイドリーム / The Monkees (Colgems / 日本ビクター)

モンキーズは1960年代ロックとアメリカ音楽産業の関係を象徴するバンドでした。

なんて硬い書き出しなんか不要なほど、そのポップなセンスとアイドル性は飛びぬけていましたから、我が国でもビートルズに迫る大人気だった時期がありました。

皆様ご存じのとおり、モンキーズはアメリカの音楽業界が作りだしたアイドルバンドであり、オーディションで集めた4人のメンバーに職業作家の書いた優れた楽曲を与え、そうやって発売したレコードの録音はスタジオミュージシャンによるものでしたから、人気が出るのは当たり前田のクラッカー!

しかもデビューに合わせて30分のテレビショウ的な連続番組までも毎週の放映という、完璧なプロジェクトの成功例でもありました。

まあ、今となっては募集人員4名に対して430人以上の応募があった狭き門も、実は既にメンバーが決まっていたとか、初期のテレビショウや巡業公演は「口パク」だったとか、メンバーの自我と制作者側の対立が深刻化していたとか、様々に裏話がバラされているようですが、リアルタイムではそんな事は知る由も無く、ただただ、素敵な歌と演奏、そしてメンバーの豊かなタレント性にアメリカへの憧れが重なって、それは夢中にさせられた我が国のヤングが大勢いたのではないでしょうか?

もちろんサイケおやじも、そのひとりでした。

特に昭和42(1967)年10月6日の金曜日、夜の7時からTBSで「ザ・モンキーズ」の放送が始まってからは、毎週が待ち遠しいお楽しみになりました。ちなみに、この同じ週の日曜日、つまり10月1日からは、あのウルトラセブンが始まっていたんですねぇ~♪ まさにサイケおやじにとっては黄金の日々でありましたよ。

で、そのモンキーズのメンバーはデイビー・ジョーンズ(vo,per)、マイク・ネスミス(g,b,vo)、ピーター・トーク(g,key,b,vo)、ミッキー・ドレンツ(vo,ds) ですが、デイビーとミッキーは子役として、既に芸能界の一部では知られた存在でした。またピーター・トークは今ではスティーヴン・スティルスの旧友としても有名ですが、当時は売れないフォークシンガー!? しかしマイク・ネスミスは別な芸名でレコードも出していた実力派です。

そういう彼等が、テレビ画面の中では徹底的にオチャラケを演じ、そして「口ぱく」で歌う姿は、私よりも年長の本格的なロックファンからすれば噴飯物だったかもしれませんが、少なくともそこで作られていた夢と希望は、確実に日本の少年少女を楽しませていたのです。

そしてサイケおやじは、その番組から流れてくるモンキーズの楽曲の素晴らしさにシビレ、しかしそれとは裏腹なモンキーズのテキトーなお笑いには??? 当時はそのギャップに不可思議な気持ちになっていたのも、また事実です。なにしろ舞台裏を知らなかったのですから……。

さて、そんな中で、確かテレビ放送が始まってから直ぐに発売されたのが、本日ご紹介のシングル盤です。

実はテレビ番組そのものは、既にアメリカでは1年早い1966年9月から放送が始まっており、日本での放送開始時には本国での打ち切りが決まっていたという事情から、はっきり言えば流行遅れだったわけですが、このシングル盤に限ってはピカピカの新曲でしたから、日米ともに大ヒット♪♪~♪

穏かで心弾む素敵なメロディ、子供っぽいデイビーのボーカルと爽やかで懐かしいジャズっぽいホーンアンサンブル、ピアノやストリングを効果的に使った完璧なアレンジが実に秀逸で、これがヒットしなかったらポップスの神様が怒るであろう名曲名演だと思います。もちろんサイケおやじは、聴いた瞬間から買わずにはいられない気分にどっぷり♪♪~♪

この「デイドリーム / Daydream Believer」は、モンキーズ後期としては完成度の高いアルバムとなった「The Birds, The Bees & The Monkees」にも収録されていますが、こちらはシングルバージョンとして様々に異なった楽しみがありますから要注意! ちなみに作曲したのは元キングストントリオのジョン・スチュアートです。

またそれに関する真相として、前述のアルバムはメンバーがそれぞれにお気に入りの曲をソロで歌ったトラックの寄せ集め! つまりメンバー全員が揃って作られたわけではなく、演奏のほとんどでスタジオミュージシャンが起用されています。

ですから日本盤シングルのジャケットに、わざわざ「デイビーの歌う」と記載されたのも無理からん事情なんですが、それを当時のファンは、グループでは一番人気だったデイビー・ジョーンズゆえの事と、良い解釈をしていたのではないでしょうか? 実際、このシングル盤のジャケット裏には「デイビーの素敵なカラーポートレイト」が付いていると、これもわざわざウリにしていたほどです。

ということで、今となっては知れば知るほどに味わい深いグループだったのが、モンキーズでした。

初期の完璧に作り上げられた虚像と素晴らしい楽曲群、自分達で演奏して結果的にヘタレを演じてしまった中期、そして開き直ったようなポップな感覚とサイケロックの上手すぎる融合が全く評価されていない後期と、それぞれに素晴らしいアルバムやシングル曲は、やはり大衆音楽の宝石だと思います。

彼等の不幸のひとつとして、メンバーのキャラクターが音楽的には全く相手にされていないという事実が打ち消せません。まあ、マイク・ネスミスがそれなりに認められてるぐらいでしょう。

またテレビの「ザ・モンキーズ」が我が国でヒットし、彼等の人気が急上昇したのは、その吹き替えがメンバーのキャラクターに合致していたからかもしれません。残念ながら今となっては誰が演じていたのか、私には分からなくなっていますが、そういえばかなり以前にビデオが出ていましたですね。現在のDVD化は?

それが気になるのは、以前に再放送された時に気がついたのですが、初期に制作されたコントのバックにモンキーズ最新の歌と演奏が付けられていたという、リアルタイムでは有り得ない事態があるからです。これは1年遅れの放送だった我が国だけの稚気だったのでしょうか?

最後になりましたが、この「デイドリーム」は素敵な曲ですからカバーバージョンも多く、またモンキーズのバージョンは度々、リバイバルヒットしていますから、ある日突然に聴きたくなってシングル盤を取り出してしまいます。で、そんな1970年代のある日、サイケおやじがこの45回転盤のセンターレーベルをふっと見ると、そこには「Arranged and Conducted by Shorty Rogers」の文字が!

もちろん西海岸ジャズの人気トランペッターにしてアレンジャーとしても優秀な、あのショーティ・ロジャースが、この曲の要だったんですねぇ~~♪ 当時の私はそうしたウエストコーストジャズに熱中していた事もあり、感動に震えた記憶は今も鮮明です。

ちなみにB面の「Goin' Down」も、やはりショーティ・ロジャーズが手掛けた、モンキーズというよりもミッキー・ドレンツ畢生の名演! ファンキーでロックな演奏と歌は、そういえばテレビショウでも時折演じてくれたミッキー十八番のジェームス・ブラウンの物真似ステップが蘇ってくるほどです。

あぁ、ますます味わい深いモンキーズ! なんかコンプリートで集めたい心境です。

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