★国民投票法が施行されたというが一体どうなったのか、政治家もマスコミも今となってはほとんど語っていない。そんな中「マガジン九条」に憲法円卓会議の南部義典氏が一文を寄せていた紹介したい。
不完全施行という現実2010年 5月18日、憲法改正の手続きを定める国民投票法が施行されました。
施行されたといっても、それは法律の公布日(2007/05/18)から3年が経過し、自動的に施行日を迎えたという意味にすぎません。ご存知のとおり、実質的には「不完全施行」という事態を迎えてしまいました。
片付いていない、3つの宿題 公布日から施行日までの3年間で、法が解決を義務づけていた「宿題」がまったく済んでいません。
第1に、年齢条項の見直し(引下げの検討)が進んでいません。国民投票の投票権年齢は、満18歳以上の国民とされていますが、政治参加、契約行為等の場面における判断能力の取り扱いに差異が生じないよう、3年間のうちに選挙年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法等の改正を行ない、18歳で統一することが前提条件とされていました。しかし、法改正が何らなされていない中、投票権年齢は法律の本則に従って18歳なのか、附則3条2項(※)の拡大解釈により20歳なのか、解釈上の疑義を生むに至っています。
注)以下、国民投票法附則第3条。
1 国民投票法が施行されるまでの間,18歳以上の者が国政選挙に参加することができること等となるよう,民法その他の法令について検討を加え,必要な法制上の措置を講じることとする(第1項)。
2 第1項の措置が講じられ,18歳以上の者が国政選挙に参加すること等ができるまでの間,国民投票法の投票権者の年齢は20歳とする(第2項)。
第2に、公務員の政治的行為に関する、法的規制の仕分けがなされていません。
公務員といえども、主権者である以上、憲法改正案に対し、賛否の意見表明をし、または投票の勧誘を行うこと(国民投票運動)は当然、自由に行なうことができます(ただし、影響力を背景に地位を利用する行為は規制対象です)。もっとも、国民投票法でこのことを確認したとしても、国家公務員法、人事院規則、地方公務員法、さらに自衛隊法など職種ごとの公務員法が様々な行為類型を以て政治的行為を規制しています(違反は、罰則、懲戒処分の対象となります)。法制上の不統一をなくすためには、これら既存法の「規制の網」を梳(と)くという作業が必要です。主権者である面を徹底すれば、国民投票に際してあらゆる政治的行為について自由とすべきということになりますが(私はこの立場です)、自民・公明両党の法案提出者が国会審議で答弁したように、公務員には政治的中立性が求められることを考慮すれば、全面自由とすべきではなく、許される行為と許されない行為とを丁寧に仕分けしなければなりません。
第3に、憲法予備的国民投票の検討が始まっていません。
憲法予備的国民投票とは、民主党がかつて主張していた国政上の重要政策案件に係る国民投票を、より限定的にテーマを絞り、憲法改正に密接に関連させながら制度化しようとするものです。具体的には、憲法改正について国民がどのような問題意識をもっているのか、という世論調査の方式で行われることになります。
例えば、一院制、通年会期制、首相公選制、憲法裁判所の設置など「憲法改正を要する問題」や、女性・女系天皇制、自衛権の意義・範囲・行使のあり方、道州制など、「憲法改正の対象となりうる問題」に関する国民投票制度について、国民の声を事前に聴取するシステムとして、間接民主制との整合性の見地(つまり、国会との関係)から、速やかに検討することとなっていました。
動いていない憲法審査会 国民投票法が公布され、初めに召集される国会の日(2007/08/07)から、衆参各院に憲法審査会が設置されることになっていましたが、未だ始動していません。とくに、施行日までの3年弱の期間は、衆参各院の憲法調査会報告書(2005/04)の内容を精査し、国民主権、人権尊重主義、平和主義、権力分立主義といった「憲法改正の限界」を確認することも含めて、論点を掘り下げ、共通認識を深めることが想定されていました。
憲法審査会といえば、憲法改正原案の起草、審査に係る権限だけを想像する方がいますが、そうではありません。実体社会において、行政運営において、憲法が機能しているのか否か、「憲法保障」の視点で広汎かつ総合的にチェックすることも重要な役割です。例えば、年金、生活保護など社会保障の分野で、生存権を全うする政治が達成されているのかどうか、条文改正を前提としないで十分な調査を行うことが肝要です。
完全施行をめざして 63年前、日本国憲法は、いくつかの憲法附属法の制定が間に合わない中、不完全な状態で施行されました。帝国憲法改正案として国会で審議されていたときも、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の主導で検討されていた憲法附属法の中身が明らかでないまま審議が進んでいました。衆議院の委員会採決の際には「審議が徹底されず、深く遺憾とするところである」との附帯決議が付されているほどです(1946/08/21)。不完全という意味では、国民投票法も同じ道を辿ってしまいました。
しかし、どのような立法経緯を辿るにせよ、いたずらに「廃止だ、施行延期だ」と主張すれば、立憲主義の息の根を止めてしまいます。憲法をどう発展させていくかは、究極的に主権者である国民の意思にかかっているからです。
国民の側から完全施行に向けた早期の条件整備を求め、憲法審査会の審議充実を求め、この国の立憲主義を発展させていくという、主権者としての強い態度、姿勢が求められていると思います。(了)
☆南部義典(なんぶ よしのり)1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学文学部哲学科卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。現在、山花郁夫衆議院議員の政策担当秘書、憲法円卓会議事務局。国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、国会審議では二度にわたり公述人を務めた。著書に、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある
不完全施行という現実2010年 5月18日、憲法改正の手続きを定める国民投票法が施行されました。
施行されたといっても、それは法律の公布日(2007/05/18)から3年が経過し、自動的に施行日を迎えたという意味にすぎません。ご存知のとおり、実質的には「不完全施行」という事態を迎えてしまいました。
片付いていない、3つの宿題 公布日から施行日までの3年間で、法が解決を義務づけていた「宿題」がまったく済んでいません。
第1に、年齢条項の見直し(引下げの検討)が進んでいません。国民投票の投票権年齢は、満18歳以上の国民とされていますが、政治参加、契約行為等の場面における判断能力の取り扱いに差異が生じないよう、3年間のうちに選挙年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法等の改正を行ない、18歳で統一することが前提条件とされていました。しかし、法改正が何らなされていない中、投票権年齢は法律の本則に従って18歳なのか、附則3条2項(※)の拡大解釈により20歳なのか、解釈上の疑義を生むに至っています。
注)以下、国民投票法附則第3条。
1 国民投票法が施行されるまでの間,18歳以上の者が国政選挙に参加することができること等となるよう,民法その他の法令について検討を加え,必要な法制上の措置を講じることとする(第1項)。
2 第1項の措置が講じられ,18歳以上の者が国政選挙に参加すること等ができるまでの間,国民投票法の投票権者の年齢は20歳とする(第2項)。
第2に、公務員の政治的行為に関する、法的規制の仕分けがなされていません。
公務員といえども、主権者である以上、憲法改正案に対し、賛否の意見表明をし、または投票の勧誘を行うこと(国民投票運動)は当然、自由に行なうことができます(ただし、影響力を背景に地位を利用する行為は規制対象です)。もっとも、国民投票法でこのことを確認したとしても、国家公務員法、人事院規則、地方公務員法、さらに自衛隊法など職種ごとの公務員法が様々な行為類型を以て政治的行為を規制しています(違反は、罰則、懲戒処分の対象となります)。法制上の不統一をなくすためには、これら既存法の「規制の網」を梳(と)くという作業が必要です。主権者である面を徹底すれば、国民投票に際してあらゆる政治的行為について自由とすべきということになりますが(私はこの立場です)、自民・公明両党の法案提出者が国会審議で答弁したように、公務員には政治的中立性が求められることを考慮すれば、全面自由とすべきではなく、許される行為と許されない行為とを丁寧に仕分けしなければなりません。
第3に、憲法予備的国民投票の検討が始まっていません。
憲法予備的国民投票とは、民主党がかつて主張していた国政上の重要政策案件に係る国民投票を、より限定的にテーマを絞り、憲法改正に密接に関連させながら制度化しようとするものです。具体的には、憲法改正について国民がどのような問題意識をもっているのか、という世論調査の方式で行われることになります。
例えば、一院制、通年会期制、首相公選制、憲法裁判所の設置など「憲法改正を要する問題」や、女性・女系天皇制、自衛権の意義・範囲・行使のあり方、道州制など、「憲法改正の対象となりうる問題」に関する国民投票制度について、国民の声を事前に聴取するシステムとして、間接民主制との整合性の見地(つまり、国会との関係)から、速やかに検討することとなっていました。
動いていない憲法審査会 国民投票法が公布され、初めに召集される国会の日(2007/08/07)から、衆参各院に憲法審査会が設置されることになっていましたが、未だ始動していません。とくに、施行日までの3年弱の期間は、衆参各院の憲法調査会報告書(2005/04)の内容を精査し、国民主権、人権尊重主義、平和主義、権力分立主義といった「憲法改正の限界」を確認することも含めて、論点を掘り下げ、共通認識を深めることが想定されていました。
憲法審査会といえば、憲法改正原案の起草、審査に係る権限だけを想像する方がいますが、そうではありません。実体社会において、行政運営において、憲法が機能しているのか否か、「憲法保障」の視点で広汎かつ総合的にチェックすることも重要な役割です。例えば、年金、生活保護など社会保障の分野で、生存権を全うする政治が達成されているのかどうか、条文改正を前提としないで十分な調査を行うことが肝要です。
完全施行をめざして 63年前、日本国憲法は、いくつかの憲法附属法の制定が間に合わない中、不完全な状態で施行されました。帝国憲法改正案として国会で審議されていたときも、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の主導で検討されていた憲法附属法の中身が明らかでないまま審議が進んでいました。衆議院の委員会採決の際には「審議が徹底されず、深く遺憾とするところである」との附帯決議が付されているほどです(1946/08/21)。不完全という意味では、国民投票法も同じ道を辿ってしまいました。
しかし、どのような立法経緯を辿るにせよ、いたずらに「廃止だ、施行延期だ」と主張すれば、立憲主義の息の根を止めてしまいます。憲法をどう発展させていくかは、究極的に主権者である国民の意思にかかっているからです。
国民の側から完全施行に向けた早期の条件整備を求め、憲法審査会の審議充実を求め、この国の立憲主義を発展させていくという、主権者としての強い態度、姿勢が求められていると思います。(了)
☆南部義典(なんぶ よしのり)1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学文学部哲学科卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。現在、山花郁夫衆議院議員の政策担当秘書、憲法円卓会議事務局。国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、国会審議では二度にわたり公述人を務めた。著書に、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある