生生流転 S・Yさんの作品です
母が体調を崩して病院へ運ばれた。九十二歳なので身体が衰えるのはいたし方がない。
駆けつけると救急治療室で寝かされていた。入れ歯が外されているせいか驚くほど顔は小さくて皺くちゃ、白髪頭も山姥のよう。呼びかけると皺が動いて薄く目が開いた。「来てくれたの。ありがとう」弱弱しいがはっきりと聞こえた。母に付き添うこと数時間、その間、様々な検査をした結果、そう問題はないので帰宅してもいいということになった。
「ご本人も入院はイヤだと言われてますし、入院すると寝たきりになる可能性もありますからね」。しかし、嫂は頑として入院させるという。私は逆らえなかった。哀しかった。
その後、私は片道二時間かけて病院へ通うのが日課となったが嫂は一度も顔を見せない。病院側から再三の退院してほしいとの催促に私も困惑しているのだが、母と同居しているのは兄夫婦。彼らが忙しいと突っぱねるのに私は反論できない。自分の弱さが歯痒い。
兄は誰もが認める暴君である。兄には世間一般の常識は通用しないどころか、彼自身が法律なのである。対等に話し合いなどどだい無理なこと。それでも暴君なりに情の深いところもあったが、ところが近頃、これまた誰もが認める薄情な嫂にどうやら感化されている節がある。やっかいなことだ。こうなると気がかりなのは老いた母のことばかり。
「長く生き過ぎた。今が死に時かねえ。でも人には定まった寿命があるのか、なかなか死ねないんだよ」病院のベッドでそう繰り返す母の顔を見ながら、私は奥歯を噛み締めた。