改めて「現代金融の闇」
中国元切り下げとか、日米官製バブルとか、ドル利上げ、円安の運命などと、どんな週刊誌にも経済記事が絶えることはない。が、どれも目前のこと、株式予想の域を出ないものがほとんどである。こんな時忘れてはならないのが、標記のこと。「100年に一度の経済危機」と言われたものは、まだ全く整理など付いてはいないのである。現に、アメリカの巨大銀行は、世界10大銀行に一つも入れていないのだし、日本は郵貯が8位で、三菱UFJが10位(14年12月)。同じくリーマンで大損したと思われる中国もその後一人勝ちの様を呈していた様子に陰りが見え始めた。マネーゲーム経済は一体、どこへ行くのだろう。
一生懸命勉強して書いた古い原稿を、改めて整理してお目汚しとする。
1 全米5大投資銀行の全滅
以前から指摘されてきたサブプライムローン組み込み証券問題が、誰の目にも明らかになったのは08年春のベア・スターンズ破綻だろう。ここが、アメリカ5大投資銀行のひとつだからだ。が、ここに至る徴候は既に1年以上前から現れていた。06年12月にはサブプライムローンを手がけていた米中小ローンの経営破綻が相次いでいたのだし、07年になるとこんな事も起こっている。3月13日住宅ローン大手のニューセンチュリー・フィナンシャルが、上場廃止になったこと。6月22日には、問題のベア・スターンズが傘下ヘッジファンド2社の救済に奔走したが果たせなかったという事件も起こっていた。このような07年の破綻徴候については、岩波新書「金融権力」(本山美彦京大名誉教授著)巻末に紹介されている。このように破綻への徴候は無数にあったのに、必死に先延ばしにして「信用」死守を図ってきた姿が目に浮かぶのである。こんな点にも、「信用」、超巨大バブルにトリプルAがつくという、それがきわめて人為的あるいは虚飾的なものだという、その事が示されているということだろう。ともあれ、ベア・スターンズ破綻以降もこんな事が相次いで起こっていった。
08年夏には住宅金融機関の親会社的な政府系の金融機関、ファニー・メイとフレディ・マックがつぶれた。そして9月15日には、5大投資銀行の第3位リーマン・ブラザースが破綻すると、その同じ日に、第4位のメリル・リンチをバンク・オブ・アメリカが買収すると発表された。翌16日には、AIGの倒産があった。アメリカ最大の保険会社であり、金融商品の保険だけを扱ってきた会社であって、政府等が即座に8000億ドルの融資枠を設定したものだ。ただしこの額は1ヶ月で使い切ってしまい、以降も追加支援に走らざるを得なくなる。8000億ドルでも不足とは、この会社が保険金で補償すべきサブプライムローン住宅関連金融商品がいかに莫大なものだったかが分かるというものだ。それがないと、5大投資会社、銀行とその関連会社とが無数につぶれたということなのだろう。それでもさらに、1、2位の投資銀行も9月21日に銀行持ち株会社に転換するにいたったのである。ゴールドマンとモルガンがそれぞれの銀行に吸収されたということである。
以上のこの部分は、岩波ブックレット、伊藤正直・東京大学大学院経済学研究科教授著「金融危機は再びやってくる」の要約を主内容としている。
東洋経済新報社の「現代世界経済をとらえる VER5」(2010年)では、5大投資銀行の破綻をまとめた後に、こんな文章が続いていた。
『リーマン・ブラザース破綻の翌日、保険最大手のAIGがアメリカ政府管理に置かれ救済されたのは、あまりにも膨大なCDS(デリバティブ等にかけられた保険のこと。これがかかっているから、信用できない商品でもトリプルAの格付けになったということです。文科系)の破壊的影響への危惧からであった。一世を風靡したアメリカ型投資銀行ビジネスモデルの終焉が語られているが、健全に規制された金融モデルへの移行か、巻き返しのための変身なのか、ウォール街の戦略、西欧金融機関との競争を含めて、注視していく必要がある。』
政府に補償してもらって、その上で「巻き返しのための変身」? これでは新自由主義者たちが非難してきた社会主義政策そのものではないか。新自由主義者が政府に命を救われる。そうでないと社会がめちゃくちゃになる! これをモラルハザード、力による救済のごり押しと言わずして、どう表現できるというのだろうか。こんな新自由主義社会は過去の社会主義社会と同じく、自立的には存在し得ないと証明したも同じ事である。
(2)通貨危機、国家債務危機は70年以降に始まった
1970年代初頭の金本位制、固定相場制崩壊以降には、小さなバブルとその破裂は無数に起こっているという。IMF(国際通貨基金)の08年調査によればこのように。
『1970年から2007年までの38年間に、208カ国で通貨危機が、124カ国で銀行危機が、63カ国で国家債務危機が発生しています。金融危機は、先進国、新興工業国、開発途上国を問わず、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカを問わず起こっていたのです。これに対し、第二次大戦後1970年以前の時期には、国際金融危機や大規模な一国金融危機はほとんど発生していません』(岩波ブックレット12年刊 伊藤正直「金融危機は再びやってくる」P3)
また、08年のような史上かってなく大きなバブル崩壊について、必ず起こるとも予言されてきたのである。経済学者からはもちろん、高等数学が分かる人からも。例えば、数学者である藤原正彦・お茶の水女子大学教授はその著作「国家の品格」(新潮新書 06年4月第24刷分)でこう予言していた。
『新聞等ではなぜかあまり騒がれておりませんが、このデリバティブの残高が、国際決済銀行の発表によると2004年時点で1兆円の二万五千倍と言われています。二万五千兆円ですね。わずか三年前の残高の2.2倍です。ここ10年では25倍という恐るべき急増です。多分、京(きよう)だか京(けい)だか知りませんが、2京五千兆とでも言うのでしょう。・・・・リスク率を4%と仮定しても、一千兆円です。銀行やヘッジファンドはデリバティブの主役ですから、大規模デリバティブが一つでも破綻すると、その瞬間に資金の流れが止まり、連鎖的に決済不能に陥ります。一千兆円という数字は、銀行のリスク許容能力である自己資金の総額の数倍にも達しているのです。・・・・いつ世界経済をメチャクチャにするのか、息をひそめて見守らねばならないものになっています。しかもなぜか、これに強力な規制を入れることも出来ない。そもそもマスコミはこれに触れることすら遠慮している。』(p32~34)
上の「デリバティブ残高」と「リスク率4%」というのは、レバレッジ、証拠金取引ということに関わっている。通貨、債券、株式などの先物買いなどのデリバティブ(金融派生商品)取引は、「想定元本」の取引を、その4%ほどの証拠金でもって行うことができる。つまり手元資金の25倍ほどの梃子を利かせる大ばくちが出来るのである。逆を言えば、儲ける場合の金額も大きいけれど、自己責任が負えないような大損もあるということだ。
こういうものが爆発して、さて世界はどうなったか。今は、どうなっているのか。こんな重大なことが、藤原氏も言うように、その後のマスコミで追跡調査や反省などほとんど社会問題として正しく反省されたようには見えないのである。全く不思議なことだ。アメリカ政府資金だけでも1兆ドル遙かに超えるほどに使ったはずの公的出来事なのに。こんな不思議な事態は、金をもっている権力者たちが政府ぐるみでその権力をフルに使ってあらゆるマスコミ社会に対して口止めをしているとしか僕には思えない。新自由主義社会の最大の恥部をみんなして隠しているわけである。これほどにおかしい問題処理をしておいて、「アベノミックスの超株高!」とか「アメリカ株価、リーマン以前に戻す!」とかを今叫んでいるのでは、世界が今回と同じ政府資金投入という社会主義的不公正・弥縫対策を何度も繰り返すことになるのは、必然だと思う。上記伊藤正直氏著作の題名「金融危機は再びやってくる」とは、そういう意味である。
この間、根本的に「正しく」景気、購買力をよくするべく、失業者に職を与えるとか臨時、パートを正規職に変えるとかは、世界で何も進んでいないのである。世界の失業者たちになんの変化もない「景気」に、どんな意味があるのか。だからこそ資本で物を作っても何も売れないから、資本がどこでも、何度もマネーゲームに走るしかなかったのではないか。その元凶連中は100億とかのボーナスをもらって食い逃げしていくのにである。彼らに騙されるようにして家を買わされ、数年で高い利子に替わって払えなくなり、その虎の子の家までを取り上げられたうえに借金漬けにされたサブプライムローンの人々は、その一生をめちゃくちゃにされたのである。これは戦争と同じだ。
数百万のサブプライム家庭を殺したにも等しい投資銀行幹部たちは大儲けをした「英雄」のまま。対するに、たった一軒の家のローンが払えなくなった人々はその人生を殺されたにも等しいということだろう。こんな事を何度繰り返すというのか。なんと不思議な世の中なのだろうか。
(3)自己実現的通貨投機としての空売り。タイの例
アジア通貨危機の源、96年末から翌年にかけてタイで起こったことも観ておこう。
『「投機家はタイに自己実現的通貨投機をしかけた。一ドル二五バーツに事実上固定していたタイ・バーツが貿易収支の悪化から下落すると予想し、三ヶ月後に二五バーツでバーツを売りドルを時価で買う先物予約をすると同時に、直物でバーツを売り浴びせた。タイ中央銀行は外貨準備二五〇億ドルのほとんどすべてを動員して通貨防衛を試みたが力尽きた。」(東洋経済「現代世界経済をとらえる VER5」二〇一〇年。一二一頁)』
タイのこの問題に最も詳しい専門家による解説をご紹介したい。なんせ通貨危機というのは、「1970年から2007年まで世界208カ国で起こり」、各国恐怖の対象とされてきたもの(岩波ブックレット12年刊 伊藤正直「金融危機は再びやってくる」P3)。世界金融資本の最大暗躍手段・場所の一つであって、世界各国から「通貨戦争」とも呼ばれている。なお、このタイ通貨危機は、97年の東アジア通貨危機の発端・震源地になった事件として非常に重要なものである。
毛利良一著「グローバリゼーションとIMF・世界銀行」(大月書店2002年刊)243~244頁から抜粋する。
『通貨危機の震源地となったタイについて、背景と投機の仕組みを少しみておこう。タイでは、すでに述べたように経常取引と資本取引の自由化、金融市場の開放が進んでいた。主要産業の参入障壁の撤廃は未曾有の設備投資競争をもたらし、石油化学、鉄鋼、自動車などで日米欧間の企業間競争がタイに持ち込まれた。バンコク・オフショアセンターは、46銀行に営業を認可し、国内金融セクターが外貨建て短期資金を取り入れる重要経路となり、邦銀を中心に銀行間の貸し込み競争を激化させて不動産・株式市場への資金流入を促進し、バブルを醸成した。
このようにして流入した巨額の国際短期資本は、経常収支赤字の増大や大型倒産など何かきっかけがあれば、高リターンを求めて現地通貨を売って流出する。投機筋は、まずタイ・バーツに仕掛け、つぎつぎとアセアン諸国の通貨管理を破綻させ、競争的切り下げに追い込み、巨大な利益を上げたのだが、その手口はこうだ。
(中略)1ドル25バーツから30バーツへの下落というバーツ安のシナリオを予想し、3ヶ月や半年後の決済時点に1ドル25バーツ近傍でバーツを売り、ドルを買う先物予約をする。バーツ売りを開始すると市場は投機家の思惑に左右され、その思惑が新たな市場トレンドを形成していく。決算時点で30バーツに下落したバーツを現物市場で調達し、安いバーツとドルを交換すれば、莫大な為替収益が得られる。96年末から始まったバーツ売りに防戦するため、タイ中央銀行は1997年2月には外貨準備250億ドルしかないのに230億ドルのドル売りバーツ買いの先物為替契約をしていたという。短期資本が流出し、タイ中央銀行は5月14日の1日だけで100億ドルのドル売り介入で防戦したが、外貨準備が払底すると固定相場は維持できなくなり、投機筋が想定したとおりの、自己実現的な為替下落となる。通貨、債券、株式価値の下落にさいして投機で儲けるグループの対極には、損失を被った多数の投資家や通貨当局が存在する。
投機を仕掛けたのは、ヘッジファンドのほか、日本の銀行を含む世界の主要な金融機関と、大手のミューチュアル・ファンドをはじめとする機関投資家であった。また、1999年2月にスイスのジュネーブで開かれたヘッジファンドの世界大会に出席した投資家は、「世界中を見渡せば、過大評価されている市場がどこかにあります。そこが私たちのおもちゃになるのです」と、インタビューで語っている。』
以上につき僕の感想のようなことを一言。11年11月15日の拙稿に書いたことだが、日本の銀行協会の会長さんがこんなことを語っていた。「不景気で、どこに投資しても儲からないし、良い貸出先もない。だから必然、国債売買に走ることになる。今はこれで繋いでいくしかない状況である」。ギリシャやキプロスの危機を作っているのは、普通の銀行なのである。こんな状況で円安・金融緩和に走っても実体経済や求人関連にはほとんど何の影響もなく、株バブルや上記タイのような(通貨、株、国債などの)「バブル」つぶしに使われるだけという気がする。要は、それ以外の投資先そのものがないのだ。そこを何とかしなければ何も進まないと思うのだが。つまり、供給側をいくら刺激してもだめ、ケインズやマルクスが指摘したように、需要創造が問題だと言うしかないではないか。
一生懸命勉強して書いた古い原稿を、改めて整理してお目汚しとする。
1 全米5大投資銀行の全滅
以前から指摘されてきたサブプライムローン組み込み証券問題が、誰の目にも明らかになったのは08年春のベア・スターンズ破綻だろう。ここが、アメリカ5大投資銀行のひとつだからだ。が、ここに至る徴候は既に1年以上前から現れていた。06年12月にはサブプライムローンを手がけていた米中小ローンの経営破綻が相次いでいたのだし、07年になるとこんな事も起こっている。3月13日住宅ローン大手のニューセンチュリー・フィナンシャルが、上場廃止になったこと。6月22日には、問題のベア・スターンズが傘下ヘッジファンド2社の救済に奔走したが果たせなかったという事件も起こっていた。このような07年の破綻徴候については、岩波新書「金融権力」(本山美彦京大名誉教授著)巻末に紹介されている。このように破綻への徴候は無数にあったのに、必死に先延ばしにして「信用」死守を図ってきた姿が目に浮かぶのである。こんな点にも、「信用」、超巨大バブルにトリプルAがつくという、それがきわめて人為的あるいは虚飾的なものだという、その事が示されているということだろう。ともあれ、ベア・スターンズ破綻以降もこんな事が相次いで起こっていった。
08年夏には住宅金融機関の親会社的な政府系の金融機関、ファニー・メイとフレディ・マックがつぶれた。そして9月15日には、5大投資銀行の第3位リーマン・ブラザースが破綻すると、その同じ日に、第4位のメリル・リンチをバンク・オブ・アメリカが買収すると発表された。翌16日には、AIGの倒産があった。アメリカ最大の保険会社であり、金融商品の保険だけを扱ってきた会社であって、政府等が即座に8000億ドルの融資枠を設定したものだ。ただしこの額は1ヶ月で使い切ってしまい、以降も追加支援に走らざるを得なくなる。8000億ドルでも不足とは、この会社が保険金で補償すべきサブプライムローン住宅関連金融商品がいかに莫大なものだったかが分かるというものだ。それがないと、5大投資会社、銀行とその関連会社とが無数につぶれたということなのだろう。それでもさらに、1、2位の投資銀行も9月21日に銀行持ち株会社に転換するにいたったのである。ゴールドマンとモルガンがそれぞれの銀行に吸収されたということである。
以上のこの部分は、岩波ブックレット、伊藤正直・東京大学大学院経済学研究科教授著「金融危機は再びやってくる」の要約を主内容としている。
東洋経済新報社の「現代世界経済をとらえる VER5」(2010年)では、5大投資銀行の破綻をまとめた後に、こんな文章が続いていた。
『リーマン・ブラザース破綻の翌日、保険最大手のAIGがアメリカ政府管理に置かれ救済されたのは、あまりにも膨大なCDS(デリバティブ等にかけられた保険のこと。これがかかっているから、信用できない商品でもトリプルAの格付けになったということです。文科系)の破壊的影響への危惧からであった。一世を風靡したアメリカ型投資銀行ビジネスモデルの終焉が語られているが、健全に規制された金融モデルへの移行か、巻き返しのための変身なのか、ウォール街の戦略、西欧金融機関との競争を含めて、注視していく必要がある。』
政府に補償してもらって、その上で「巻き返しのための変身」? これでは新自由主義者たちが非難してきた社会主義政策そのものではないか。新自由主義者が政府に命を救われる。そうでないと社会がめちゃくちゃになる! これをモラルハザード、力による救済のごり押しと言わずして、どう表現できるというのだろうか。こんな新自由主義社会は過去の社会主義社会と同じく、自立的には存在し得ないと証明したも同じ事である。
(2)通貨危機、国家債務危機は70年以降に始まった
1970年代初頭の金本位制、固定相場制崩壊以降には、小さなバブルとその破裂は無数に起こっているという。IMF(国際通貨基金)の08年調査によればこのように。
『1970年から2007年までの38年間に、208カ国で通貨危機が、124カ国で銀行危機が、63カ国で国家債務危機が発生しています。金融危機は、先進国、新興工業国、開発途上国を問わず、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカを問わず起こっていたのです。これに対し、第二次大戦後1970年以前の時期には、国際金融危機や大規模な一国金融危機はほとんど発生していません』(岩波ブックレット12年刊 伊藤正直「金融危機は再びやってくる」P3)
また、08年のような史上かってなく大きなバブル崩壊について、必ず起こるとも予言されてきたのである。経済学者からはもちろん、高等数学が分かる人からも。例えば、数学者である藤原正彦・お茶の水女子大学教授はその著作「国家の品格」(新潮新書 06年4月第24刷分)でこう予言していた。
『新聞等ではなぜかあまり騒がれておりませんが、このデリバティブの残高が、国際決済銀行の発表によると2004年時点で1兆円の二万五千倍と言われています。二万五千兆円ですね。わずか三年前の残高の2.2倍です。ここ10年では25倍という恐るべき急増です。多分、京(きよう)だか京(けい)だか知りませんが、2京五千兆とでも言うのでしょう。・・・・リスク率を4%と仮定しても、一千兆円です。銀行やヘッジファンドはデリバティブの主役ですから、大規模デリバティブが一つでも破綻すると、その瞬間に資金の流れが止まり、連鎖的に決済不能に陥ります。一千兆円という数字は、銀行のリスク許容能力である自己資金の総額の数倍にも達しているのです。・・・・いつ世界経済をメチャクチャにするのか、息をひそめて見守らねばならないものになっています。しかもなぜか、これに強力な規制を入れることも出来ない。そもそもマスコミはこれに触れることすら遠慮している。』(p32~34)
上の「デリバティブ残高」と「リスク率4%」というのは、レバレッジ、証拠金取引ということに関わっている。通貨、債券、株式などの先物買いなどのデリバティブ(金融派生商品)取引は、「想定元本」の取引を、その4%ほどの証拠金でもって行うことができる。つまり手元資金の25倍ほどの梃子を利かせる大ばくちが出来るのである。逆を言えば、儲ける場合の金額も大きいけれど、自己責任が負えないような大損もあるということだ。
こういうものが爆発して、さて世界はどうなったか。今は、どうなっているのか。こんな重大なことが、藤原氏も言うように、その後のマスコミで追跡調査や反省などほとんど社会問題として正しく反省されたようには見えないのである。全く不思議なことだ。アメリカ政府資金だけでも1兆ドル遙かに超えるほどに使ったはずの公的出来事なのに。こんな不思議な事態は、金をもっている権力者たちが政府ぐるみでその権力をフルに使ってあらゆるマスコミ社会に対して口止めをしているとしか僕には思えない。新自由主義社会の最大の恥部をみんなして隠しているわけである。これほどにおかしい問題処理をしておいて、「アベノミックスの超株高!」とか「アメリカ株価、リーマン以前に戻す!」とかを今叫んでいるのでは、世界が今回と同じ政府資金投入という社会主義的不公正・弥縫対策を何度も繰り返すことになるのは、必然だと思う。上記伊藤正直氏著作の題名「金融危機は再びやってくる」とは、そういう意味である。
この間、根本的に「正しく」景気、購買力をよくするべく、失業者に職を与えるとか臨時、パートを正規職に変えるとかは、世界で何も進んでいないのである。世界の失業者たちになんの変化もない「景気」に、どんな意味があるのか。だからこそ資本で物を作っても何も売れないから、資本がどこでも、何度もマネーゲームに走るしかなかったのではないか。その元凶連中は100億とかのボーナスをもらって食い逃げしていくのにである。彼らに騙されるようにして家を買わされ、数年で高い利子に替わって払えなくなり、その虎の子の家までを取り上げられたうえに借金漬けにされたサブプライムローンの人々は、その一生をめちゃくちゃにされたのである。これは戦争と同じだ。
数百万のサブプライム家庭を殺したにも等しい投資銀行幹部たちは大儲けをした「英雄」のまま。対するに、たった一軒の家のローンが払えなくなった人々はその人生を殺されたにも等しいということだろう。こんな事を何度繰り返すというのか。なんと不思議な世の中なのだろうか。
(3)自己実現的通貨投機としての空売り。タイの例
アジア通貨危機の源、96年末から翌年にかけてタイで起こったことも観ておこう。
『「投機家はタイに自己実現的通貨投機をしかけた。一ドル二五バーツに事実上固定していたタイ・バーツが貿易収支の悪化から下落すると予想し、三ヶ月後に二五バーツでバーツを売りドルを時価で買う先物予約をすると同時に、直物でバーツを売り浴びせた。タイ中央銀行は外貨準備二五〇億ドルのほとんどすべてを動員して通貨防衛を試みたが力尽きた。」(東洋経済「現代世界経済をとらえる VER5」二〇一〇年。一二一頁)』
タイのこの問題に最も詳しい専門家による解説をご紹介したい。なんせ通貨危機というのは、「1970年から2007年まで世界208カ国で起こり」、各国恐怖の対象とされてきたもの(岩波ブックレット12年刊 伊藤正直「金融危機は再びやってくる」P3)。世界金融資本の最大暗躍手段・場所の一つであって、世界各国から「通貨戦争」とも呼ばれている。なお、このタイ通貨危機は、97年の東アジア通貨危機の発端・震源地になった事件として非常に重要なものである。
毛利良一著「グローバリゼーションとIMF・世界銀行」(大月書店2002年刊)243~244頁から抜粋する。
『通貨危機の震源地となったタイについて、背景と投機の仕組みを少しみておこう。タイでは、すでに述べたように経常取引と資本取引の自由化、金融市場の開放が進んでいた。主要産業の参入障壁の撤廃は未曾有の設備投資競争をもたらし、石油化学、鉄鋼、自動車などで日米欧間の企業間競争がタイに持ち込まれた。バンコク・オフショアセンターは、46銀行に営業を認可し、国内金融セクターが外貨建て短期資金を取り入れる重要経路となり、邦銀を中心に銀行間の貸し込み競争を激化させて不動産・株式市場への資金流入を促進し、バブルを醸成した。
このようにして流入した巨額の国際短期資本は、経常収支赤字の増大や大型倒産など何かきっかけがあれば、高リターンを求めて現地通貨を売って流出する。投機筋は、まずタイ・バーツに仕掛け、つぎつぎとアセアン諸国の通貨管理を破綻させ、競争的切り下げに追い込み、巨大な利益を上げたのだが、その手口はこうだ。
(中略)1ドル25バーツから30バーツへの下落というバーツ安のシナリオを予想し、3ヶ月や半年後の決済時点に1ドル25バーツ近傍でバーツを売り、ドルを買う先物予約をする。バーツ売りを開始すると市場は投機家の思惑に左右され、その思惑が新たな市場トレンドを形成していく。決算時点で30バーツに下落したバーツを現物市場で調達し、安いバーツとドルを交換すれば、莫大な為替収益が得られる。96年末から始まったバーツ売りに防戦するため、タイ中央銀行は1997年2月には外貨準備250億ドルしかないのに230億ドルのドル売りバーツ買いの先物為替契約をしていたという。短期資本が流出し、タイ中央銀行は5月14日の1日だけで100億ドルのドル売り介入で防戦したが、外貨準備が払底すると固定相場は維持できなくなり、投機筋が想定したとおりの、自己実現的な為替下落となる。通貨、債券、株式価値の下落にさいして投機で儲けるグループの対極には、損失を被った多数の投資家や通貨当局が存在する。
投機を仕掛けたのは、ヘッジファンドのほか、日本の銀行を含む世界の主要な金融機関と、大手のミューチュアル・ファンドをはじめとする機関投資家であった。また、1999年2月にスイスのジュネーブで開かれたヘッジファンドの世界大会に出席した投資家は、「世界中を見渡せば、過大評価されている市場がどこかにあります。そこが私たちのおもちゃになるのです」と、インタビューで語っている。』
以上につき僕の感想のようなことを一言。11年11月15日の拙稿に書いたことだが、日本の銀行協会の会長さんがこんなことを語っていた。「不景気で、どこに投資しても儲からないし、良い貸出先もない。だから必然、国債売買に走ることになる。今はこれで繋いでいくしかない状況である」。ギリシャやキプロスの危機を作っているのは、普通の銀行なのである。こんな状況で円安・金融緩和に走っても実体経済や求人関連にはほとんど何の影響もなく、株バブルや上記タイのような(通貨、株、国債などの)「バブル」つぶしに使われるだけという気がする。要は、それ以外の投資先そのものがないのだ。そこを何とかしなければ何も進まないと思うのだが。つまり、供給側をいくら刺激してもだめ、ケインズやマルクスが指摘したように、需要創造が問題だと言うしかないではないか。
(これは、2015年8月15日拙稿の再掲でした)