不寛容社会 M・Aさんの作品
気温が三十五度近い日が続いた頃だった。暑さに弱い私は、虫刺されから始まってひどい皮膚炎になったので、やむを得ず二日後に病院に行った。
そこは南区内でも名医といわれる女性の先生で、個人病院である。待ち時間は、よほどすいている日で一時間余り。初日はそれで済んだが、翌日も来なさいというので行ったところ、予想以上の待ち時間になった。待つこと二時間二十分近く。午後の予定も入っていたのでさすがの私も……。新書を一冊ほとんど読んでじっくり落ち着けていたはずの腰が浮きそう。
待合室は狭くはないけど、ずっと立っている人も多くいたし、夏休みになって小さい子どもからお年寄りまでいて、ごった返していた。待っている人たちも、この込み具合に疲労感やイライラ感が顔にじみ出てくる。
けっこう幼児もおり、乳児もいたのだが、その中で二歳になるかどうかくらいの女の子がぐずりだして泣き続けている。「うるさいな!」突然私の横に座っていた七十歳は過ぎている男性が言い放った。日焼けして細身の彼は、目を三角にした。
確かに、皆イライラしているときに、泣き声は愉快ではない。が、なにせまだ聞き分けのない年齢。もう一人姉とみられる女の子も連れたお母さんは、泣いている子をなだめているのだ。〈仕方ないではありませんか、まだ小さいですから)と言いたいけど、角刈りの短気そうな人だし、彼をも傷つけない言葉は見つからず、私は言葉をのみ込んだ。やはり他の誰も何も言わなかった。この男性には、孫や子どもでそういった経験はないのだろうか。もし自身にそうした幼児がいたら分かるかもと思うのだが。私の次男も集合住宅にいて、幼児の泣き声に気をつかうと言っている。「理解してくれる人もいるけど、そうでない人がいるのも確かだよ」と、私の現状認識が甘いと思ってかそう話す。
うるさいからと、近くに保育園などの建設に反対する住民もいるご時世である。ある報道によると、「不寛容な人が多くなってきた社会」をレポートしていたが、確かに住みにくく、余裕のない人が多くなっている気がする。