オスカール・ナカザト,武田千香 訳「ニホンジン」水声社 (ブラジル現代文学コレクション 2022/6) .
著者は 1963 年生まれの日系三世.孫・ノボルの目から 1908 年に移民したオジイチャン・ヒデオの生涯を描いた小説.全7章が時代順に並んでいて,各章がある程度独立しており,連作小説と言ってもいい.
第1章 ( 1) と書く,以下同様) はオジイチャン・ヒデオとともに移民し,重労働に耐えきれず亡くなった最初の妻のこと.
2) ではヒデオはオバーチャンと再婚する.搾取され日本に錦を飾ることを諦めきれないままに母親の訃報に接する.
3) では3男ハルオが学校でブラジル生まれは「ブラジル人」だと教えられて,ヒデオとぶつかる.ヒデオは子どもたちにヤマトダマシイを持つ立派な「日本人」になることを強制する.長男・次男は学校では先生に,家では父親に従えばいいと割り切るが,3男ハルオはある意味ヒデオに似て強情である.ヒデオはハルオにヤイトをすえたり1週間を屋外で過ごすキンシンを命じたりする.
第2次大戦化ブラジル政権は米国支持を表明し枢軸国との国交を断絶する.この状況下,4) ではヒデオはシンド・レンメイに加わり,子どもたちに日本語を教えて逮捕される.
5) のヒロインは長女スミエで,小説の語り手ノボルの母.ヒデオが決めた相手と結婚して3人の子供をもうけた後,初恋相手と出奔する.そこそこ幸福だったようだが,相手と死別し,一度だけ実家を訪れる.
6) では,大戦での日本の負けを受け入れる「負け組」と受け入れない「勝ち組」との抗争.「負け組」である3男ハルオが新聞書いた文章のために殺される.「勝ち組」ヒデオが逃走を勧める場面にシンド・レンメイの刺客トッコタイが現れるのだ.
本筋とは無関係だが,「勝ち組」は,本当に負けたのなら天皇は自決したはずだと主張するのが印象的.
最後の7) では孫・ノボルがマルクス研究会に参加しているところから始まり,バブルの日本へ「デカセギ」に出かけるところで終わる.彼にとっては単なるデカセギではなく「帰還」であることが強調される.彼の中では,日本人かブラジル人かという問題は弁証法的に統一されているようだ.曽孫の名前はペドロ・ヒデキとマリア・ヒサエだ.
著者はこの小説のテーマは文化の衝突とアイデンティの葛藤だと述べているそうだ.大河小説の風格はあるが, 長さは A5 200 ページちょっと.
訳者のあとがきが充実している.この翻訳は科研費基礎研究(C)(一般)「ブラジルのマイノリティ文学における複合性 : 交差する人種・ジェンダー・クラス」の一環として行われたそうだ.
図書館で借用した.
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