津上 英輔,集英社インターナショナル新書(2019/10).
著者は美学の社会貢献,あるいは美学者の社会的責務に関わる本だという.
第1部は「美は幻惑する」.まず俎上に上がるのが高村光太郎の詩「必死の時」.この詩が若い人たちを戦争に追いやったとして,高村は戦後隠遁生活に入る.しかし彼の戦後の詩「美に生きる」の根底にある思想は「必死の時」と同じであると著者はいう.
ジブリのアニメ「風立ちぬ」では,零戦の設計者・堀越二郎の「飛行機美」の追求の危うさが指摘される.「美の眩惑作用」が,彼が設計した零戦が特攻につかわれた事実を隠してしまうのだ.アインシュタインの公式 E=mc^2 (自乗)を大部分の物理屋は美しいと認めるだろうが,それが原水爆や原発事故に結びついたことを想起する.アインシュタインもそれを反省していたようだ.やっぱり彼は偉かった.
光太郎のときは智恵子が,堀越二郎では菜穂子が触媒作用を果たすのだが,この2人の女性の役割がおもしろい,しかしよくわからない.
第2部は「感性は悪を美にする」.ここではトーマス・マンの「魔の山」における主人公ハンス・カストルプのショーシャ夫人への恋情が,客観的には「醜い」夫人を「妖艶」と認識させるる美的カテゴリー理論,感性の統合反転作用理論などという述語が現れる.この部分は戦争とかけいしない.
最後は「散華の比喩と軍歌・同期の桜」.散る桜にこじつけた戦死・特攻の美化がとりあげられる.軍歌を自ら歌うことで,他人事が我がことになるという指摘は,著者がフライブルク大学で音楽学を専攻されたことに関係があるのかもしれない.第1部の高村と堀越の場合はいわば個人的な過ちだが,戦死を散華に例えるのはもっと普遍的.戦死を美しいものとして差し出す感性の統合反転作用の利用を野放しはできない,と説く.
図書館で借りた.
美学の本は初体験.内容には説得力があった.近くのヤマトミュージアムの盛況に感じるモヤモヤも説明されたような気がする.
しかし,60年前の受験国語-現代文の問題を読んでいる気分に襲われることもあり,こうした論法は自分の肌には合わない...とも思ってしまった.
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