【論調比較・五輪中止】: 信濃毎日、沖縄タイムス、そして朝日も「中止」打ち出す
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【論調比較・五輪中止】: 信濃毎日、沖縄タイムス、そして朝日も「中止」打ち出す
◆読売、産経の親政権2紙は開催支持も「説明」要求
東京五輪の開幕(7月23日)まで2カ月を切るなか、東京都などに出されている緊急事態宣言を再延長することが5月28日決まった。新型コロナウイルスの流行収束の見通しが立たない中、世論調査では五輪中止・延期が圧倒的多数を占める。
新聞の論調も、ここにきて明確な中止要求が出始め、開催する姿勢を堅持する政府などから、感染拡大の下での開催への道筋が説得力ある言葉で示されないことに、五輪支持の大手紙からも苛立ちの声が漏れる。
巷には五輪中止論が渦巻いている。ワイドショーのコメンテーターの議論はそれとして、目を引くのは専門家からも否定的な声が上がっていることだ。
五輪開催に懐疑的な見解を述べ続けている東京都医師会の尾崎治夫会長は5月27日の記者会見で、「(東京の新規感染者数を1日あたり)100人以下を目指す。そこまで落とさないと、五輪が開催される7~8月に大きなリバウンドが起きる」と指摘し、改めて「今の状況が続けば、(五輪)開催は難しくなると思っている」と断言。他方、「(開くのであれば)無観客で開催していただくのが最低限の話ではないか」とも述べた。
海外からも、医学界で最も権威がある専門誌の一つとされる米「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」(5月25日付電子版)は、東京五輪開催に向けた国際オリンピック委員会(IOC)の新型コロナウイルス対策をまとめた「プレーブック」について「科学的に厳密な評価に基づいて作成されていない」と批判、「中止が最も安全な選択肢かもしれない」と警告した。 政権に近いはずの経済界からも声が上がっている。
東京五輪・パラリンピック組織委員会顧問でもある三木谷浩史・新経済連盟代表理事(楽天グループ会長兼社長)は5月14日放送の米CNNテレビの単独インタビューで、新型コロナウイルスの感染が収束しない中での五輪開催は「率直に言って自殺行為だ」「世界中から集まる大きな国際的なイベントを開催するのは危険だ。リスクが大きすぎる」などと指摘した。
ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長も23日、ツイッターに投稿し、「(五輪中止の)違約金が莫大だという話はあるけど、しかし、ワクチン遅れの日本に200カ国から選手と関係者10万人が来日して変異株がまん延し、失われる命や、緊急事態宣言した場合の補助金、GDP(国内総生産)の下落、国民の我慢を考えるともっと大きな物を失うと思う」と強い懸念を示し、28日にも「『人類がコロナに打ち勝った証しの五輪』は、本当に打ち勝った後に心から皆で祝福したいものですね」と、皮肉っぽくツイートした。
さらに、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏(元日銀審議委員)は5月25日、五輪・パラリンピックが中止された場合の経済的な損失は1兆8108億円、無観客で開催した場合の損失は1468億円とする試算を公表。中止でも、損失額は2020年度の名目GDPの0.33%と、「景気の方向性を左右するほどの規模ではない」などと指摘。緊急事態宣言に伴うマイナス(20年4~5月6.4兆円、21年1~3月6.3兆円)よりは「軽微」だとしている。
こうした疑念に対し、政府側が有効に反論できているとは思えない。
例えば前出の米「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」の指摘に対し、加藤勝信官房長官は27日の会見で、「(対策は)最新の知見を踏まえ、科学的に内容の更新も行われている」と述べたが、中身のある反論とは言い難い。
経済界からの批判、特に経済効果に関して組織委員会の武藤敏郎事務総長(元財務次官、元日銀副総裁)は27日、「日本経済全体のことを考えたら、五輪を開催することの方がはるかに経済効果があると思う」と述べたが、具体的な数値を挙げてはいない。
菅義偉首相は28日夜、緊急事態宣言延長決定を受けた記者会見で、五輪について、海外からの来日人数削減、選手や関係者へのワクチン接種、検査の徹底、滞在中の移動制限など従来方針を繰り返したものの、医療ひっ迫への懸念という国民の疑問に説得力ある説明はなかった。
他方、IOCは日本政府以上に積極的に開催をアピールしているが、バッハ会長が「(五輪実現には)犠牲を払わなければならない」と述べたのをはじめ、コーツ副会長(調整委員長)は日本の緊急事態制限下でも五輪を開催すると明言。さらに、長老のパウンド委員はロイター通信に「五輪中止を求める声の一部は政治的なポーズだろう」、週刊文春に「菅首相が中止を求めても大会は開催される」、英紙には「予見できないアルマゲドン(世界最終戦争)でもない限り実施できる」と述べるなど、日本人の感情を逆なでする発言が続いている。
こうした状況で、国民の五輪への批判、懸念は一段と強まっている。毎日新聞と社会調査研究センターが5月22日実施した全国世論調査で五輪を「中止すべきだ」40%(前回調査29%)、「再び延期すべきだ」23%(同19%)で、「中止」「再延期」を合わせて63%と、前回調査から15ポイント増。五輪とコロナ対策は「両立できる」21%、「両立できないのでコロナ対策を優先」が71%に達した。
朝日新聞調査(15、16日実施)は五輪「中止」43%、「再び延期」40%、「今夏に開催」14%と、中止・延期が計8割超。読売新聞社の調査(5月7~9日実施)でも、「中止」59%、「開催」(観客数を制限、無観客の合計)は39%にとどまった。
新聞の報道は、様々な問題点を指摘しつつ、国家的行事、世界的な一大イベントだけに、「中止」を正面から主張するのには慎重だが、感染終息の兆しが見えない中、論調は厳しさを増している。
大手紙が五輪のスポンサー(朝日、読売、毎日、日経が4ランクのスポンサーの3番目になる「オフィシャルパートナー」、産経と北海道新聞が4番目の「オフィシャルサポーター」)になっているため、週刊誌は「自分たちの社説、社論として堂々と中止を主張するところはない」(『週刊ポスト』5月24日発売号)と揶揄する記事もみられる。
もちろん、報道機関といえども営利企業であり、五輪をテーマに企画広告を集めるなどの直接的な「商売」のメリットを狙っているだろうし、五輪景気で経営に全体としてプラスになる期待もあるだろうが、そうした収益で儲かるほどスポンサー料は安くはない。スポンサーだから報道が鈍る、まして中止を主張するのを控えるということはないだろう。
実際のところは、プレジデント・オンライン「『スポンサーの新聞各紙も否定的』菅首相は東京五輪中止を決断するべきだ 新聞もついに論調が変わってきた」(5月19日配信、https://www.news-postseven.com/archives/20210522_1661268.html?DETAIL)が書くように、徐々に中止に傾く新聞が目立ってきている。
そして、ついにというべきか、最初に社説で「中止」を明快に打ち出したのが長野県の信濃毎日(5月23日、https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021052300093)で、「政府は中止を決断せよ」と題し、〈医療従事者に過重な負担がかかり、経済的に追い詰められて自ら命を絶つ人がいる。7月23日の五輪開幕までに、感染状況が落ち着いたとしても、持てる資源は次の波への備えに充てなければならない〉と訴えた。
ちなみに、信濃毎日は第2次大戦前の1933(昭和8)年8月11日、桐生悠々主筆(1873~1941年)が社説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」を掲載、2日前の演習を批判し、日本の都市防空の脆弱性を正確に指摘したことで知られる。桐生はこれを受けて社を追われた(井出孫六著「抵抗の新聞人 桐生悠々」岩波新書)。こんな歴史を重ね合わせ、今回の五輪中止の社説を評価する声がネット上でも見られる。
続いて25日に、九州のブロック紙の西日本「理解得られぬなら中止を」が〈菅義偉首相をはじめとする政府の言葉はあまりに乏しい〉と説明不足を指弾し、〈国民の理解と協力が得られないのであれば、開催中止もしくは再延期すべきである〉と要求(https://www.nishinippon.co.jp/item/n/744008/)。
同日に沖縄タイムスも「強行すれば首相退陣だ」と題して、〈(緊急事態)宣言下の実施をIOCが断言するのは横柄と言うしかない。……首相は「安全、安心な大会に全力を尽くす」と抽象論を語るだけで、具体的な説明を避け続けている〉として〈中止を判断するのは今しかない〉と訴えた(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/759119)。
全国紙では朝日が26日、「中止の決断を首相に求める」を掲載し、〈人々の当然の疑問や懸念に向き合おうとせず、突き進む政府、都、五輪関係者らに対する不信と反発は広がるばかりだ。冷静に、客観的に周囲の状況を見極め、今夏の開催の中止を決断するよう菅首相に求める〉と中止初めて明確に要求した(https://www.asahi.com/articles/DA3S14916744.html)。
〈誰もが安全・安心を確信できる状況にはほど遠い。残念ながらそれが現実ではないか。……十全ではないとわかっているのに踏み切って問題が起きたら、誰が責任をとるのか、とれるのか。「賭け」は許されないと知るべきだ〉と書くように、医療崩壊といえる状況での開催は困難という考えが理由だが、朝日はこれまでの社説で、こうした状況でも開く意義を問うてきたとして、〈(政府、都、組織委から)腑(ふ)に落ちる答えはなかった〉と説明している。
朝日の社説は「五輪公式スポンサーの朝日新聞、大会中止求める社説掲載」(AFP通信日本語版26日)など、海外メディアが取り上げている。朝日はオフィシャルパートナーの立場と報道機関の立場は別との姿勢を強調している。
これに対し読売と産経の「親政権」2紙は、「政権がやるといっている以上、やれ」と言わんばかりに、開催すべきだとの立場を鮮明にしたが、さすがに「丁寧な説明」など政府側の発信強化を求めてもいる。
読売は開催の是非にかかわる社説での言及を慎重に回避してきたが、5月27日、満を持して「開催へ感染防止策を徹底せよ」 との見出しで、出場選手が続々決まり、選手へのワクチン接種が進むことなどを挙げて〈開催へ向けた環境は整いつつあると言えるだろう〉と”ゴーサイン”を出した(https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210526-OYT1T50242/)。
同時に、医療体制など開催への不安点も列挙し、〈政府は、感染対策の現状と課題を丁寧に説明すべきである〉としつつ、〈この1年間、各種大型施設やイベント会場などでは様々な感染対策を講じてきた。これらの蓄積された知見を、大会での対策徹底に生かしてもらいたい〉と結んでいる。
6月20日までの緊急事態宣言の行方を見定めるのを待たず、国内の高齢者へのワクチン接種の加速や宣言延長による感染拡大抑止策と、来日する選手らへのワクチン接種、検査や行動制限の徹底などによって五輪は開催可能という政権に歩調を合わせる決断をしたということだろう。
産経はもう少し悲壮感が漂い、28日の「主張」(社説に相当)「開催の努力あきらめるな 菅首相は大会の意義を語れ」で、五輪が〈新型コロナウイルスの感染を抑え、社会・経済を前に進める上でも大きな一歩になる〉と、「コロナに打ち勝った証に」という政府の論法に沿って意義付ける(https://www.sankei.com/article/20210528-C7NN4NWG4FOSTGGDP4C65PN44U/)。
また、読売同様、この間のスポーツイベントの経験などを踏まえ、〈東京五輪も感染リスクを極力下げた上で開催することはできるはずだ〉としている。
産経は政府などの情報発信の不十分さへの苛立ちを隠さず、〈開催意義をあいまいにしたまま「安全・安心」を繰り返しても、国民の理解は広がらない。菅義偉首相にはそこを明確に語ってもらいたい〉と尻を叩く。さらに特筆すべき点は〈アスリートにも同じことを求めたい〉として、〈世論の反発を恐れ、口をつぐんだまま開催の可否を受け入れることはアスリートとしての不戦敗に通じる〉とまで書く。選手を矢面に立たせろというのは、さすがに全国の新聞でも異質な主張といえるだろう。
日経は「五輪への道筋を示す明確な発信を急げ」(5月23日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK216XV0R20C21A5000000/)で、問題点、情報発信不足を指摘し、〈感染リスクが残る以上「無観客」も選択肢として考慮すべきではないか〉と条件をつけつつ、〈開催への意志を堅持するなら、国、都、組織委はウィズコロナの下で新たな五輪のモデルをつくる意義とその方策をアスリート、国民の前に明らかにすべき時だ〉と、開催賛成の立場をにじませている。
毎日は、中止を明言していないが、科学的な知見を踏まえて開催にかなり懐疑的だ。開幕まで2カ月の5月23日、「『安全・安心』の根拠見えぬ」の中で、〈「安全・安心」と強調するのであれば、政府や組織委、IOCは専門家の知見に基づく根拠を明確に示さなければならない。具体的な説明がない限り、内外の理解を得ることはできない〉と書くなど、現在の感染状況の中での開催を疑問視
(https://mainichi.jp/articles/20210523/ddm/005/070/013000c)。
緊急事態宣言延長を受けた29日も「五輪優先の解除許されぬ」として、〈政府の最大の責務は国民を守ることだ。……五輪の日程優先で宣言を解除するようなことがあってはならない〉とくぎを刺している
(https://mainichi.jp/articles/20210529/ddm/005/070/112000c)。
毎日はこの29日朝刊1面で運動部長の論文を掲げ、〈(安心・安全の)根拠が示されず、不信感だけが広がる〉として、医学的見地からの「五輪開催基準」明示を首相に求めた。合理的な基準を示し、それをクリアすれば五輪開催を支持する(そうでなければ中止を求める)という意味と読める。
東京も海外観客なしを決めたのを受け「五輪何のため、説明を」(3月23日、https://www.tokyo-np.co.jp/article/93177)で、〈経済効果は薄れ、世界の多様な人々との交流の機会も減る。何のための開催か、説明を求めたい〉など懐疑的で、政府のコロナ対策には批判的論調だが、社説で五輪への明確な意見表明は5月29日現在、していない。
多くの地方紙も、5月29日時点で確認した範囲では、信濃毎日、沖縄タイムスの他に「中止」を明言したところはないが、全体に、疑問を指摘し、開催に懐疑的な論調が目立つ。
五輪は、多くのアスリートの夢であり、その努力する姿が人々の心を揺さぶる。一方で、誘致の時点から懐疑的な声も根強い。商業主義への批判はもっともだし、政治利用の疑念は、中期的にも、短期的にもぬぐえない。五輪を成功させ解散・総選挙で勝利とのシナリオが半ば公然と語られ、逆に五輪中止で政権に打撃を与えたいとの思惑がみえる。
ただ、政治的な目でみれば、極端な保守派の中に、IOCの「上から目線」への反発を含め、五輪中止論がある。東京を中止させ、2022年の北京五輪(冬季)のボイコット・中止につなげたいと公言する向きもある。中国の東京五輪開催支持の裏返しともみえる。
こうした点を含め、国民がここまで五輪について真剣に考えた国はないのではないか。「コロナに打ち勝った証」(菅首相)、「コロナ禍で分断された人々の間に絆を取り戻す」(丸川珠代五輪相)といった空疎な政治スローガンでなく、文明論的に五輪を考える――東京大会を実施するか、否かに拘わらず、この間の論議が無意味ではないと思いたい。
■岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。著書に『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大課題』(中経出版=共著)。
元稿:News-Socra 主要ニュース 政治【政局・東京オリンピック2020・パラリンピック】 2021年06月03日 11:54:00 これは参考資料です。