【解説委員室から】:人事好き、二兎追った岸田首相 派閥に配慮、世論も意識-内閣改造・党人事
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【解説委員室から】:人事好き、二兎追った岸田首相 派閥に配慮、世論も意識-内閣改造・党人事
岸田文雄首相(自民党総裁、66)は13日、内閣改造・党役員人事を断行した。来年9月の総裁再選を目指し、対抗馬の芽を摘みつつ各派に配慮。同時に、歴代最多タイの女性5人を入閣させ、刷新もアピールした。「人事好き」とされる首相は、党内基盤の安定と世論対策という「二兎(にと)を追う」ことに腐心したようだ。(年齢は13日現在、時事通信解説委員長 高橋正光)
麻生太郎副総裁と面会後、自民党本部を出る岸田文雄首相=9月11日、東京・永田町【時事通信社】
◆骨格維持、待機組を処遇
党役員人事で首相は、第2派閥・麻生派を率いる麻生太郎副総裁(82)、第3派閥・茂木派会長の茂木敏充幹事長(67)、最大派閥・安倍派の萩生田光一政調会長(60)をそれぞれ再任し、最小派閥・森山派領袖(りょうしゅう)の森山裕選対委員長(78)を総務会長に横滑りさせた。後任に茂木派の小渕優子元経産相(49)を充て、安倍派の高木毅国対委員長(67)も留任した。
19人の閣僚人事では、安倍派の松野博一官房長官(61)、同派の西村康稔経産相(60)、麻生派の鈴木俊一財務相(70)ら重用閣僚が続投。2021年の総裁選でそれぞれ首相と戦った麻生派の河野太郎デジタル相(60)、無派閥の高市早苗経済安保相(62)も再任した。政権の骨格を維持した形だ。
幹事長ポストを巡って、首相は、「ポスト岸田」への意欲を隠さず、首相官邸との調整なしに政策を唱えるなどスタンドプレーが目立った茂木氏への警戒感を募らせていたとされる。幹事長再任に当たり首相は、再選支持の言質を取ったようだ。
記者会見する自民党の小渕優子選対委員長=9月13日、東京・永田町の同党本部【時事通信社】
そもそも、党4役のうち、一つの派閥が2ポストを握るのは極めて異例。茂木氏に批判的で、茂木派の参院議員に影響力があった青木幹雄元参院議員会長(今年6月死去)は、小渕氏の後見役だった。小渕氏の選対委員長への起用には、茂木氏をけん制する首相の狙いも透けて見える。
さらには、小渕氏の父・小渕恵三氏の首相時代に、公明党は自民党との連立に参加している。衆院小選挙区の「10増10減」に伴う候補者調整をめぐる自公両党の対立は、表向き解消したとはいえ、しこりが残るのは避けられそうもない。小渕氏の人事は、首相の公明党重視のメッセージとも取れる。ちなみに、首相は、国交相ポストの公明党からの奪還を求める自民党内の意見に耳を貸さず、斉藤鉄夫氏を再任、公明に配慮している。
また、河野、高市両氏も、閣僚として政権の一翼を担いながら、総裁選に「反岸田」を掲げて出馬しても、党内外の理解は得にくい。首相には、2人を閣内封じ込め、総裁選出馬の芽を摘む狙いもあるだろう。
一方、首相は、政権に距離を置く非主流派の二階派を含め、森山派を除く各派の入閣待機組から最低1人を登用。初入閣は11人となった。
◆安倍派5人衆、全員留任
自民党の臨時総務会を終え、撮影に応じる(左から)小渕優子選対委員長、森山裕総務会長、麻生太郎副総裁、岸田文雄総裁(首相)、茂木敏充幹事長、萩生田光一政調会長=9月13日、東京・永田町の同党本部【時事通信社】
各派の中でも、最大派閥・安倍派に対する配慮はきめ細やかだ。同派は、安倍晋三元首相の死去から1年以上たったが、会長は不在。8月に、塩谷立氏を座長にし、ベテラン15人から成る「常任幹事会」が派の方針を決める、新たな集団指導体制をスタートさせた。この中で、強い発言力があるのが、萩生田、西村、松野、高木各氏と世耕弘成参院幹事長のいわゆる「5人衆」だ。
今回の内閣改造・党役員人事で、総裁に人事権のない世耕氏(参院幹事長は参院議員の選挙で選出)を含め、5人全員が同じ役職にとどまった。また、同派からの入閣は引き続き4人で、うち二人は入閣待機組で、同派の要望を受け入れた。
そもそも、5人衆を中心とした集団指導体制は、同派に影響力を残す森喜朗元首相の意向。派内に抜きんでた実力者がおらず、誰が会長になっても、派が分裂しかねない事情がある。首相の立場からすれば、5人衆のポストを変更すれば、力の均衡が崩れ、不満が出るかもしれない。入閣待機組を処遇し、5人衆のポストをいじらないのが、同派内から不満が出ない最善の方法と言え、不満がなければ、総裁選で同派の全面的な支持が期待できる。
◆女性最多、上川外相が目玉
首相は各派に配慮する一方、若手の抜てきなどにより、女性を2人から、過去最多タイの5人に増やし、刷新感の演出を狙った。このうち、初入閣は加藤鮎子少子化担当相(44)、自見英子地方創生相(47)、土屋品子復興相(71)の3人。女性閣僚の目玉は、上川陽子外相(70)と加藤氏の抜てきだ。
記者団の取材に応じる上川陽子元法相=9月13日、国会内【時事通信社】
上川氏は岸田派所属で、法相を3回務めるなどした衆院当選7回のベテラン。女性の外相は、小泉純一郎政権の川口順子氏以来で、今回最大のサプライズ人事でもある。岸田派の次期会長候補である林芳正氏から、外相を引き継いだ。
また、加藤少子化担当相は谷垣グループ所属の衆院当選3回。父は宏池会(岸田派)会長を務めた加藤紘一元幹事長で、二人の息子の子育て中だ。加藤氏を含め、初入閣の女性3人は、父親が国会議員の二世議員でもある。
報道各社の世論調査で、岸田内閣の支持率は、不支持率を下回っており、政権に逆風が吹いている。止まらぬ物価高、マイナンバーをめぐるトラブル、秋本真利衆院議員(自民党を離党)の受託収賄容疑での逮捕や、「観光旅行」との批判を浴びた松川るい参院議員ら党女性局のフランス研修といった「不祥事」などが、原因とみられる。
首相は女性の積極的な登用で政権のイメージアップを狙ったとみられるが、内閣支持率の回復につながるのか。今週末に行われる見通しの一部報道機関の世論調査に、注目が集まる。
◆「中継ぎ投手」、辞任4閣僚の後任
昨年8月の内閣改造後、山際大志郎経済再生相、葉梨康弘法相、寺田稔総務相、秋葉賢也復興相(いずれも当時)が不祥事や失言で事実上更迭された。今回の改造で首相が各派に配慮しつつ、女性の登用を進めた結果、4閣僚の後任は、だれも再任されなかった。
フィリピンのディオクノ財務相らによる表敬で、記念撮影に臨む木原誠二官房副長官(左)と岸田文雄首相=8月28日、首相官邸【時事通信社】
不祥事の尻拭いをした末、在任1年も満たずに退任。プロ野球に例えれば、中継ぎ投手の役割をきっちりこなし、ストッパーにつないだ形だ。
今回の人事で、首相の最側近である木原誠二官房副長官が退任した。木原氏は、公明党や同党の支持母体である創価学会幹部と、首相官邸との連絡の窓口。首相と山口那津男代表は今月4日、東京での選挙協力を復活させる合意文書に署名、関係を完全修復したが、学会幹部と木原氏が水面下で調整、党首レベルに上げたようだ。
また、木原氏は、日本維新会の遠藤敬国対委員長と懇意。昨年の臨時国会で、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の被害者を救済する新法が、維新など野党の賛成を得て成立しており、木原氏と遠藤氏のパイプが生きた結果でもある。木原氏の退任で、官邸内に公明・学会や維新とのパイプ役が不在となれば、政権運営に影響が出る可能性もある。
こうした状況下にある首相が総裁再選を目指すに当たり、二つの選択肢がある。一つは、総裁選までに衆院を解散、勝利することで「国民の信任」を得て、総裁選を無風で乗り切る方法。ただ、自公で過半数を確保できても、議席を大幅に減らせば、責任を問われかねないリスクがある。
もう一つは、解散せずに総裁選に臨み、国会議員の支持を徹底的に固め、「数の力」で再選をつかむ方法だ。衆院議員の任期満了は25年10月末。この場合、約1年以内には行われる衆院選を控え、「党の顔」を選ぶ総裁選になる。
首相にとって、最大のプラス材料は、有力な「ポスト岸田」候補が不在なこと。現職の利点を生かし、有力な対抗馬の芽を摘み、派閥の支持を取り付けるなどして党内の支持を徹底的に固めれば、政権に多少の逆風が吹いていても、再選にこぎつけることができる。
首相が今回の人事で、茂木、河野、高市の各氏の動きを封じつつ、各派に配慮したのは、こうした計算からだろう。首相に距離を置くある閣僚経験者は「各派を怒らさなければ、再選できると考えているのだろう」と指摘する。
首相官邸に到着した河野太郎デジタル相=9月13日【EPA時事】
もっとも、岸田政権の前途は多難。マイナンバーをめぐるトラブルが11月末までの総点検で、収束するかは見通せない。年末の24年度予算編成で、防衛費増額のための増税の詳細設計を詰める必要がある。次元の異なる少子化対策の内容をまとめ、財源の明示も迫られている。来年1月召集の通常国会は、防衛費増額のための関連法案の審議で、与野党が激しく対立するのは必至だ。
内閣支持率がさらに下がり、政権が「死に体」となれば、総裁選で派閥を通じての締め付けが効かなくなる可能性もある。国民の意識に近いとされる党員投票では、首相の対抗馬に大量の票が流れるかもしれない。
また、解散が遅れれば、次期衆院選での野党第1党を目指す維新の、小選挙区での候補者擁立作業が進む。こうした事情から、自民党内には「首相は年内解散を模索している」(中堅)との見方は根強くある。首相が世論を意識して、女性を積極的に登用したのは、年内解散をにらんでの判断と見るのが自然だ。
◆早ければ11月解散、12月選挙
首相は13日の記者会見で、月内に関係閣僚に対し、経済対策の骨格を明示し、対策の検討を指示。10月中に対策をまとめ、しかるべき時期に対策を盛り込んだ23年度補正予算案を決定する方針を明らかにした。早ければ、11月上旬に補正予算案を提出、審議が順調に進めば、11月中旬には成立可能とみられる。
2021年10月14日以来の衆議院解散はあるか?【時事通信社】
内閣改造を経た岸田政権の「人気度」を占う上で、各社の世論調査とともに、参考材料となるのが、10月22日投開票の衆院長崎4区と参院徳島・高知選挙区の補選だ。自民党議員の死去、辞職に伴うもの。自民党が2勝すれば、政権は勢いづき、党内で「解散風」が強まり、一つでも取りこぼせば、政権に痛手で、解散にブレーキがかかるかもしれない。選挙結果は、首相の解散判断に影響を与える可能性もありそうだ。(2023年9月13日掲載)
元稿:時事通信社 JIJI.com 社説・解説・論説・コラム・連載 【解説委員室から】 2023年09月13日 21:20:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。