【ジャニーズ性加害】:「被害者の声に向き合っているとは思えない」補償対応 伊藤和子弁護士が詳しく解説
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【ジャニーズ性加害】:「被害者の声に向き合っているとは思えない」補償対応 伊藤和子弁護士が詳しく解説
旧ジャニーズ事務所(現・スマイルアップ)創業者のジャニー喜多川氏(2019年死去)による性加害問題を巡り、事務所側の被害者への補償対応について、NPO法人「ヒューマンライツ・ナウ」副理事長の伊藤和子弁護士が問題点を指摘している。本紙の取材に「事務所が最大限取り組むべきは、透明性を担保した、公明正大な被害者への謝罪や賠償スキームだ。だが、事務所が提示した補償スキームは被害者の声に向き合っているとはとても思えない」と話した。(聞き手・望月衣塑子)
◆「法を超えた補償をする」発言の具体像がはっきりしない
事務所側は、9月半ばから被害申告を受け付け、2週間で478人が申し入れた。うち325人が補償を求めている。
「被害者救済について、旧ジャニーズ事務所はもっときちんと考える必要がある」と話す伊藤和子弁護士=10月29日、都内で
性加害問題で最も重視すべきこととして、(1)被害者への補償など被害者救済(2)子どもへの性加害をどう防ぐかという再発防止策、の2点がある。事務所の再発防止特別チームは、調査報告書で国連「ビジネスと人権」に関する指導原則を援用し「人権侵害した企業は、被害者に誠実に対応し、被害回復の措置を講じるべきだ」と指摘している。
報告書では「事実認定について法律上の厳格な証明を求めるべきではない」「時効が成立した者にも救済措置の対象とすべきだ」とし、東山紀之新社長も「法を超えた補償をする」と明言した。だが、事務所が補償の「判断基準」を策定したのかはっきりせず、いまだわからないままだ。
◆被害者に寄り添わない「申告フォーム」
補償を担う「救済委員会」に就任したのは、3人の高齢な裁判官経験者。性暴力被害の専門家や臨床心理士等を含めるべきだが、全く考慮されていない。ウェブサイトもなく、3人の写真も言葉もない。被害者がどう信用しろというのか。
裁判官経験者は、賠償は裁判所の水準を参照する可能性が高く、東山氏の言う「法を超えた賠償」をするのかは疑問だ。申告後にどのような経緯を経てどれほど期間がかかり、補償がどの程度か、不服申し立てはあるのか、といった情報も一切ない。
スマイルアップの東山紀之社長(右)と井ノ原快彦氏=2023年10月
事務所が開設した被害の「申告フォーム」にも問題がある。個人情報を詳細に尋ねるもので、当初の申告フォームには露骨に性行為の対応が番号を振って書かれていた。被害者の心的外傷後ストレス障害(PTSD)やフラッシュバックを理解していたらこんな申告フォームは作れない。
まずは被害者が事務所とつながれる環境をつくり、精神科医やカウンセラーが申告しやすい状況をつくって話を聞き、補償に移るべきだ。事務所はスポンサー離れを懸念して、補償を急いでいるように見える。
申告フォームに必要最低限の事項を申し込む方法でも、申請後は精神科医などの支援を受け、記憶喚起のプロセスを経て、事実を丁寧に聞き取る必要がある。
被害者の中には深刻なPTSDがあるのに、診断を受けたり、専門的なケアを受けていなかったりする人がたくさんいるはずだ。補償には通常の慰謝料に加え、後遺症に基づく逸失利益と後遺症に伴う慰謝料を含めるべきで、精神科医等との連携は必要不可欠だ。
◆アクセスしやすく使いやすい補償スキームが必要
相談窓口を監修する元自民党議員で精神科医の鴨下一郎氏には、事務所から窓口の設置期間は1年と伝えられた。だが、鴨下氏も指摘する通り、1年で区切れるような簡単なことではなく、事務所側は性被害への認識があまりに弱い。
特別チームの調査報告書には被害者が「『同じ仲間だ』という気持ちになれないと相談できない。相談しても未来が閉ざされないという保証が必要だ」との声もあった。こうした切実な声が救済の制度設計で真剣に顧みられたのか。今も相談できない被害者の思いを十分考慮し、アクセスしやすく使いやすい補償スキームを作ることが必要だ。
「ジュニア時代の在籍確認ができないので『救済委員会ではなく、直接、事務所とやりとりを』と言われた」という被害者の声も報道された。在籍確認できないと救済委の査定も受けられないならば一体、何のための救済委なのだろうか。
◆補償「ブラックボックス化」する恐れ
特別チームは「この種の補償に関し知見と経験を有する外部専門家(民法学者等)から意見を聴き『判断基準』を策定すべきだ」と提言した。補償基準を作りって被害者や取引先企業などに示し、基準に沿って補償を進めると思ったが、実際には全く違った。
東京電力福島第1原発事故の賠償スキームは十分なものとは到底言えないものの、原子力損害賠償紛争審査会が損害の範囲判定等に関する指針を作り、東電が随時情報を公開した。審査会に有識者が選任され、指針策定の会議も公開した。
ジャニーズの性加害問題ではこうしたプロセスが一切なく、救済委の判断がブラックボックスになる危険性が極めて高い。
「ジャニーズ性加害問題被害当事者の会」が補償スキームに関する提言をしたが、会と事務所側の対話が継続的に行われているとは言い難い。会は東山社長らと面談したが、東山氏らは「救済は救済委に一任」とした。そうなると救済委が当事者と対話すべきなのに対応がちぐはぐだ。
当事者の会を離れた当事者や参加していない当事者もいる。対話は会のメンバーに限定されるべきではなく、多様な当事者全てに開かれるべきだ。
◆事実認定は委ねたと言いながら「証言否定」の矛盾
NHKは10月9日、「20年ほど前、NHKで音楽番組への出演を希望しダンスの練習に参加した男性が、ジャニー氏から局内のトイレで複数回、性被害に遭ったと証言した」と報道した。これに事務所側は「事実認定は、特別チームと救済委に委ねる。弊社が認識する限り、そうした事実はない」と回答している。
さらに「被害者でない可能性が高い方々が、本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされてるケースが複数あるとの情報に接し、被害者救済のために使用しようと考えている資金が、そうでない人たちにわたりかねないと非常に苦慮してる」とコメントした。
事実認定は救済委に委ねたはずなのに、事務所側はなぜ被害を否定するのか。特別チームが提言した救済の公正、中立の確保の理念に違反している。虚偽申告と決めつけて2次加害を起こさないようにすべきだ。
◆児童の性的搾取・性虐待を防ぐしっかりした体制を
まずは補償を始める11月に先立ち、現状の補償スキームや申告フォームの問題を検証し見直して、「ビジネスと人権」の指導原則に則した被害救済制度に改めていくことが必要だ。
ジャニーズ問題に限らず児童の搾取やタレントの性加害は、他のタレントに関しても伝わってくる。再発防止策としては、子どもに対する被害を防ぐ制度構築が必要だが、この点での対策がほとんど説明されないのは重大だと思う。児童の性的搾取・性虐待をどう防ぐか。しっかり体制を構築することが急務だ。
元稿:東京新聞社 主要ニュース 社会 【話題・旧ジャニーズ事務所(現・スマイルアップ)創業者のジャニー喜多川氏(2019年死去)による性加害問題】 2023年11月04日 17:11:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。