【政界Web】:岸田首相は良くも悪くも真空 元側近・三ツ矢憲生氏が語る政権の処方箋
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【政界Web】:岸田首相は良くも悪くも真空 元側近・三ツ矢憲生氏が語る政権の処方箋
「今、彼からきちんと話を聞くべきではないか」。岸田政権の求心力が低迷する中、何人かの取材先が挙げた名前は自民党の三ツ矢憲生元衆院議員だ。自民党が大惨敗し野党に転落した2009年衆院選で、比例重複を辞退し小選挙区を勝ち抜いたエピソードは語り草。宏池会(岸田派)事務総長代行を務めるなど就任前の岸田文雄首相の側近としても知られたが、政権発足直後に電撃引退し、政界を驚かせた。就任2年がたった首相をどう見ているのか。かつての身内の率直な苦言からは、政権が抱える課題が浮かび上がった。(時事通信政治部 纐纈啓太)
【目次】
◇実体不明の「新しい資本主義」
◇減税、選挙対策が見え見え
◇ブレーン不在
◇国民に不幸な政治状況
◆実体不明の「新しい資本主義」
―岸田政権2年をどう見ますか。
21年の党総裁選のときに岸田さんが言っていた「新しい資本主義」、これは当時から派閥内でも実体不明なんです。
総裁選の少し前に、今の村井英樹官房副長官が私のところにやってきて「『新しい資本主義』というテーマで考えろ、三ツ矢さんの意見も聞いてこいと岸田(宏池会)会長から言われた」と話した。僕は漠然としたアイデアでもあるのだろうと思ったが、聞いても何もない。「まだそこまで考えていません」と。
言葉だけだったんです。話はそこで終わってしまい、言葉だけが独り歩きして、結局全部引っ込めてしまった。金融所得課税の話もそうだし、所得倍増も「資産所得倍増」に変わっちゃった。
最初に言っていたキャッチフレーズがいつの間にかどれも消えちゃったわけです。
その割に、日本が歩んできた道を変えるものすごく大きなことを、閣議決定だけで決めてしまうような荒っぽいやり方もしている。反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有や防衛費増額もそうだし、原発再稼働方針もそうかもしれない。
―24年度の防衛増税先送りを決めました。
防衛費を5年で43兆円にすると言っているが、それをどうやって集めるのか決まっていない。防衛費は5年たったら減らしますというわけにはいきません。装備品を増やせば、その整備や更新費、そうした任務に当たる隊員の人件費も増える。恒久的に続く話じゃないですか。
防衛費は国民の生命財産を守るもので、戦時を別にすれば税で恒久財源を確保すべきです。岸田さんが自分で43兆円必要だと判断したのであれば、大変な国際情勢に対応するため、税で賄わざるを得ないけどぜひ承諾してほしいと、国民に説明し説得しないといけない。それもしていない。野党も詰めていないですね。
自民党が野党に転落した際、旧民主党政権の看板政策だった「子ども手当」のことを、「財源の裏付けもない選挙買収」だと言っていた。同じようなことを今やっているんです。どの口が言ったのかという気がする。
◆減税、選挙対策が見え見え
―異次元の少子化対策も財源が見えません。
中身を見れば「異次元」でも何でもないわけです。児童手当を増やします、と。それで本当に子どもの数が増えますか。
子どもの数が増えない根本的な原因を探らないといけない。経済的な理由で結婚できない人が増えているんです。なぜかと言えば、結局非正規社員の若者が増えて、給料でも雇用契約でも正社員と相当の格差がある。ここに手を突っ込まない限り、少子化対策はできないと思います。
非正規雇用を望む人以外は基本的には正社員にする、そのための労働法制を見直し、セーフティーネットも整備する。そこまで踏み込まないとだめだと思います。
なぜ日本が先進国内でこれほど将来に希望が持てない若者の比率が高いのか、その意味を探らないといけない。そうでなければ「異次元」なんて言葉は使っちゃいけませんよ。
岸田さんはよく「自分は現実主義者だ」と言っていたんです。
―就任前からですか。
ええ。「その現実主義って何ですか」と聞いたことがあるんです。岸田さんは「目の前にある問題を一つ一つきちんと処理していくのが現実主義だ」と言った。
でも、政治家には自分は社会をこういう方向に持っていきたいんだというビジョンを示す役割があると思うんです。防衛費43兆円でも、少子化対策も、岸田さんのやっていることを見ると、彼の「現実主義」はどうも表面的、場当たり主義ではないかと思えてきます。
―経済対策として「所得税減税」を表明しました。意図をどう見ますか。
支持率でしょう。もちろん次の衆院選対策もあるでしょうが、言い出したのが10月の衆参補欠選挙の前だったし、見え見えです。
僕は補選で2敗したら衆院解散するんじゃないかと見ていた。「岸田降ろし」の声が広がる前にね。しかし、極めて2敗に近いような1勝1敗になり、年内はもうできない。経済対策を通さなくてはいけないし、外交日程も窮屈。政治家が選挙なんかやっている余裕はありません。
税の話で言えば、日本には個人金融資産が2000兆円、内部留保が500兆円以上あるでしょう。2000兆円の半分以上は65歳以上の高齢者が持っていると思います。ほとんど日本経済の循環に回っていません。でも、高齢者の医療費も一定額を超えれば自己負担分が払い戻される高額療養制度があるから、実際は国が負担している部分が相当大きい。
一番おカネが掛かるのは子育て世代です。ならば相続税をもっと高くし、贈与税をぐっと安くして、若い世代におカネが早く回るような仕組みに変えた方がいい。
内部留保も投資や人件費に回せば減税すると政府はしきりに促しているが、逆じゃないか。一定の内部留保を持っているのに賃上げにも投資にも回さない企業は増税すればいい。おカネが回る仕組みを真剣に考えるべきです。
僕が一番効くと思っているのは、日銀が金利を上げること。それも市場に見透かされているようであれば、消費税の軽減税率が適用されている食料品を時限的に5%にしたほうが国民も納得するんじゃないでしょうか。高所得者への所得税減税は制限すべきです。
◆ブレーン不在
―場当たり的対応を発足当初から続けてきた、と。
宏池会の考え方は、弱い立場や困った人に手を差し伸べていく政治です。(元首相の)大平正芳さんや鈴木善幸さんたちからずっと続いてきた。
例えば、LGBTなどの性的少数者についても、生理的精神的に変えられないものを抱えた人たちが日本社会で生きる障壁を感じているならば、それを取り除くのが政治の役割だと思う。
米国との関係も、岸田外交はあまりにも偏り過ぎているのではないでしょうか。米中対立の中で、日本は米国の先鋒(せんぽう)の役割になっている。でも、よく見れば米国は着々と中国との対話を重ねています。日本も対話のチャンネルを再構築しないといけないと思います。
いずれにせよ、岸田さんに「羅針盤」がないことを国民は見透かしてしまった。これを元に戻していくのは相当の努力が必要です。
―首相のパーソナリティーは。
岸田さんは温厚でとてもいい人だ。良くも悪くも「真空」です。常に周りの意見を聞く。だから本当にいい人を周りに置かないといけません。今のままでは厳しい。
一度、(首相の長男)翔太郎君に、「今からでも霞が関省庁の有望な課長クラスを集めて勉強会をやったらどうかと、岸田さんに伝えて」と頼んだことがありました。翔太郎君は伝えたようだが、やらなかった。岸田さんは本当に腹を割って話せる周囲がいないんじゃないですか。人に対してある程度の距離感を常に保ち、それ以上は入らないし、自分も入っていかないです。その理由は分かりません。
木原誠二官房副長官(当時、左)と岸田文雄首相=2023年8月28日、首相官邸【時事通信社】
―注目されるブレーンに自民党の木原誠二幹事長代理がいます。
彼は目先の問題はうまくやると思います。しかし、政権の「羅針盤」的役割は果たしていないですね。彼もどちらかと言えば自分のポジションをいかに高めていくかに関心がある。しかし、岸田さんは「木原依存症」です。
―それはいつから。
岸田さんが政調会長のとき、木原氏は政調事務局長だった。そのときからじゃないか。それ以前はそこまでの付き合いではなかったです。
―なぜ政界引退したのですか。
腰痛が限界でした。選挙区がとても広く、体力的に無理だと。周りに迷惑を掛けるし、岸田政権で30年ぶりの宏池会政権が誕生した。これでやりきったと思ったのです。その後、手術しました。
◆国民に不幸な政治状況
―岸田政権への「処方箋」はありますか。
私も国会に18年もいて、偉そうなことを言える立場ではないですが、政官財が忖度(そんたく)ばかりで制度疲労を起こしています。給料が上がらないと言うが、連合は何をしていたのか。正社員だけを守り、企業に賃上げを働きかけてくれる自民党に乗っかって、何のための組織なのか。役人も国全体のことを考えるより、上司や永田町の顔色ばかり見ている。企業は政府の補助金がなければGX(グリーントランスフォーメーション)はできないと言っている。
岸田さんがラッキーなのは、党内に強力なライバルがいないこと。野党もバラバラの体たらくで、低空飛行で続けていく可能性がある。でも、そんな状況は国民にとって不幸でしょう。
課題の洗い直しが必要です。根底から見詰めて、それに対して日本の行く末を見据えた具体的な対策をきちんと打ち出さないと、支持率が上がるのは難しいんじゃないですか。
経済で言えば、下手をすると日本からリーディング産業がなくなるかもしれません。DX(デジタルトランスフォーメーション)はマイナンバーカードすら導入に四苦八苦して、世界と比べれば周回遅れです。国が借金を抱えているから歳出をするなとは言わないが、あまりにも国債発行残高が膨大な額です。
このままではまずいです。小手先のパフォーマンスばかりでは日本が行き詰まってしまう。本当に岸田さんがやりたいことがあるなら、真剣に向き合わないと駄目です。今こそ目覚めてもらいたいと思います。
元稿:時事通信社 JIJI.com 政治 【政局・連載・「政界Web」】 2023年11月17日 09:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。