フランクル『夜と霧』より-第ニ段階収容生活-孤独への渇望
「あるいは。
あなたは壕(ごう)の中で作業をしている。灰色の夜明けがあたりをつつむ。頭上の空はいちめん灰色だ。どんよりとした薄明に、雪も灰色だ。あなたの仲間が身にまとうぼろぼろの衣服も灰色だ。その顔も灰色だ。
あなたはまたしても、愛する妻と語らいはじめる。あるいは何千回めかに、天に向かって嘆き、問いつめる。何千回めかに、なんとか答えを得ようと煩悶する。わたしのこの苦しみにはどんな意味があるのだ、この犠牲に、こうしてじわじわと死んでいくことに、どんな意味があるのだ。
目前にある惨めな死に最後の抵抗をこころみるうち、あなたは、いちめん灰色の世界を魂が突き破るのを感じる。最後の抵抗のうちに、魂がこの惨めで無意味な世界のすべてを超え、究極の意味を問うあなたの究極の問いかけにたいし、ついにいずこからか、勝ち誇った「しかり!」の歓喜の声が近づいてくる。
その瞬間、明けゆくバイエルン地方の朝の陰惨たる灰色一色のただなかに、地平線上にあたかも舞台の書割(かきわ)りのように浮きあがる、遠い農家の窓に明かりがともる。
光は暗黒(くらき)に照る・・・。
さて、あなたはまたしても何時間も凍てついた大地を掘っていた。ほら、またしても監視兵がそばを通り過ぎ、ひと言ふた言、あなたを蔑むようなことを言った。あなたはまたしても、愛する妻と語らいはじめる。妻はここにいる、という感覚はいよいよ強まり、あなたは妻をすぐそばに感じる。手を伸ばせば手を握れるような気すらする。感情の大津波があなたを襲う。妻は、ここに、いる!
そのとき、なんだ? 音もなく一羽の鳥が飛んできて、あなたのすぐ目の前の、あなたが壕から掘り出した土の山に降りる。鳥は身動きもせず、あなたに冷やかな目をこらす。」
(ヴィクトール・E・フランクル、池田香代子訳『夜と霧(新版)』2002年 みすず書房、66-67頁より)