今日のはちょっと、先生が際どく(?)勝負に出たという話。
お支度・提出・授業参加など、先生の粘り強い対応で徐々に軌道に乗ってきたかに見えたが、秋の行事続きでいろんな流れが変わったり、先生に余裕がなくなったりするとまた無秩序に。
授業中の手遊び、授業に入ってすぐのトイレなど、いろいろあった日の翌日、先生は腰を据えてまたろうと話をした。
====「大いなる一歩一歩」10/4 先生より
私: またろう君の様子を見ている子が、またろう君はできるのにわざとやってないなんて思ったら、きっと頭に来るだろうと思うし、先生みたいにしかりたくなるだろうね。だも、言ってもできない無理なことなんだったら、仕方ないやって、何も言わないであきらめるかもしれないよね。
でさ。先生もね、言って、だめなことは直してほしいと思うから言ってるんだ。ところがさ、あんまり言っても行動が変わらないとさ、無理なこと言ってんのかなぁって思っちゃうかもしれないんだよ。
先生が子どものころに、友だちとおにごっこするときに、自分たちより小さい子はどうしても不利だから、「おみそ」っていうルールがあって、タッチされても鬼にならない。小さいからしかたないってみんな思うわけだ。
先生さぁ、もし、もしだよ、またろう君が自分のやりたいこと、やりたいときに、好き勝手してても見逃してくれ、「おみそ」でいいからって思ってるんだったら、注意もしないし、しかりもしないよ。「おみそ」はルール守らなくてもいいんだからね。いいよなぁ。でも、「おみそ」は嫌なんだったら厳しいよね。がまんもあれば、しかられることもあって、大変だよな。やっぱり、「おみそ」がいいだろ?
またろう: ううん、いやだ。
私: 厳しくてもいいの?
またろう: うん
という、ほとんど私の一方的なやりとりではありますが、心には響いていたようです。
(多少、問題ある話だとは思ったのですが)
自分とクラス、自分とみんなという意識を少し今までよりシャープに持ってもらう意味で、いいタイミングかと思い、あえて語ったわけです。
ただし、少し追い込んだ言い方だし、またストレスにつながりはしないかと多少心配はなくもないです。方法・時期などについてご意見ください。
====「大いなる一歩一歩」10/10 母より
「おみそ」の話は適切だったと思います。またろうも漠然とは感じていることで、整理してもらえたのですっきりしたのではないでしょうか。
====「大いなる一歩一歩」10/22 先生より
今日は、朝、自分から「まずはこれで一つ」といいながら、「一歩一歩」を持ってきましたよ。滑り出しはO.K. 上履きもはいてるし(でも、はき方は、ちょっとへん)、そこまではよかったけどなぜかそこでストップ。机の上にはランドセルがいつまでもあって、そこでいつまでも折り紙。すべての流れがそちらに行ってしまいました。筆箱忘れが手いたずらにつながったようです。
====
先生は「お」「み」「そ」カードという、これが「そ」まで溜まると「おみそ」だよというレッドカードシステムを作ったらしい。
====「大いなる一歩一歩」10/23 母より
本人に聞いてみたら、なんで、わかってるのにやっちゃうのかよくわからないらしいですが、「お」のカードをもらって「み」のカードをもらって、危なかったけど、算数をいっしょうけんめいやったら、「お、やってるなー」とかいって「お」「み」が回収されセーフだったと話してくれました。
====
これは、今またろうがやっていることは「通常は許されていない」行為であるというのを即座にまたろうに知らせる意味では効果抜群だったのだが、先生としても、こういうことをしていいのだろうかという迷いがあったようで、ほどなく「やめます」宣言が出た。私は、もう少し続けてもいいのではないかという気がしたんだけど…
確かに、「おみそ」カードは、マイナスの響きがある。でも、何をすべきで何をすべきでないのか、明確化するのはいいと思って、このあと「一歩一歩」ではプラス方向の「ほめる」システムを模索することになる。
この話、つづく。
#続く話ばっかり書いて、始末してない…
お支度・提出・授業参加など、先生の粘り強い対応で徐々に軌道に乗ってきたかに見えたが、秋の行事続きでいろんな流れが変わったり、先生に余裕がなくなったりするとまた無秩序に。
授業中の手遊び、授業に入ってすぐのトイレなど、いろいろあった日の翌日、先生は腰を据えてまたろうと話をした。
====「大いなる一歩一歩」10/4 先生より
私: またろう君の様子を見ている子が、またろう君はできるのにわざとやってないなんて思ったら、きっと頭に来るだろうと思うし、先生みたいにしかりたくなるだろうね。だも、言ってもできない無理なことなんだったら、仕方ないやって、何も言わないであきらめるかもしれないよね。
でさ。先生もね、言って、だめなことは直してほしいと思うから言ってるんだ。ところがさ、あんまり言っても行動が変わらないとさ、無理なこと言ってんのかなぁって思っちゃうかもしれないんだよ。
先生が子どものころに、友だちとおにごっこするときに、自分たちより小さい子はどうしても不利だから、「おみそ」っていうルールがあって、タッチされても鬼にならない。小さいからしかたないってみんな思うわけだ。
先生さぁ、もし、もしだよ、またろう君が自分のやりたいこと、やりたいときに、好き勝手してても見逃してくれ、「おみそ」でいいからって思ってるんだったら、注意もしないし、しかりもしないよ。「おみそ」はルール守らなくてもいいんだからね。いいよなぁ。でも、「おみそ」は嫌なんだったら厳しいよね。がまんもあれば、しかられることもあって、大変だよな。やっぱり、「おみそ」がいいだろ?
またろう: ううん、いやだ。
私: 厳しくてもいいの?
またろう: うん
という、ほとんど私の一方的なやりとりではありますが、心には響いていたようです。
(多少、問題ある話だとは思ったのですが)
自分とクラス、自分とみんなという意識を少し今までよりシャープに持ってもらう意味で、いいタイミングかと思い、あえて語ったわけです。
ただし、少し追い込んだ言い方だし、またストレスにつながりはしないかと多少心配はなくもないです。方法・時期などについてご意見ください。
====「大いなる一歩一歩」10/10 母より
「おみそ」の話は適切だったと思います。またろうも漠然とは感じていることで、整理してもらえたのですっきりしたのではないでしょうか。
====「大いなる一歩一歩」10/22 先生より
今日は、朝、自分から「まずはこれで一つ」といいながら、「一歩一歩」を持ってきましたよ。滑り出しはO.K. 上履きもはいてるし(でも、はき方は、ちょっとへん)、そこまではよかったけどなぜかそこでストップ。机の上にはランドセルがいつまでもあって、そこでいつまでも折り紙。すべての流れがそちらに行ってしまいました。筆箱忘れが手いたずらにつながったようです。
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先生は「お」「み」「そ」カードという、これが「そ」まで溜まると「おみそ」だよというレッドカードシステムを作ったらしい。
====「大いなる一歩一歩」10/23 母より
本人に聞いてみたら、なんで、わかってるのにやっちゃうのかよくわからないらしいですが、「お」のカードをもらって「み」のカードをもらって、危なかったけど、算数をいっしょうけんめいやったら、「お、やってるなー」とかいって「お」「み」が回収されセーフだったと話してくれました。
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これは、今またろうがやっていることは「通常は許されていない」行為であるというのを即座にまたろうに知らせる意味では効果抜群だったのだが、先生としても、こういうことをしていいのだろうかという迷いがあったようで、ほどなく「やめます」宣言が出た。私は、もう少し続けてもいいのではないかという気がしたんだけど…
確かに、「おみそ」カードは、マイナスの響きがある。でも、何をすべきで何をすべきでないのか、明確化するのはいいと思って、このあと「一歩一歩」ではプラス方向の「ほめる」システムを模索することになる。
この話、つづく。
#続く話ばっかり書いて、始末してない…