昨日チラっとご紹介した本ですが
「境界性パーソナリティー障害をもつ人と良い関係を築くコツ」
←え? ピアノの話題じゃないって? まぁそうなんだけど…
読んで一番衝撃だったポイントは「そこか!! 私がやっていたことは真逆だった」というものです。
この本の入り口に、典型例として載せられているエピソード
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ショーナは、お姉さんが幼稚園に行っている娘の具合が悪いからと明日の昼食の約束をキャンセルしたことについて考えるのをやめられません。お姉さんが自分と会わなくて済むように言い訳を考えたのではないか、と繰り返し考えてしまうので眠れません。ほどなく彼女は泣き出し、朝の四時が電話するのに良い時間なのか考えようともせず、お姉さんに電話をします。彼女はすすり泣きながら、お姉さんが電話に出ると叫ぶのです。「私は良い妹だけど、姉さんは一度だって良い姉だったことなんかないわ! 大嫌い!」。(略)
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ショーナはお姉さんと絶好したいわけでもなんでもなく、それどころかお姉さんとの関係を世界一大切にしたいくらいで、自分がお姉さんから見捨てられることを何よりも恐れています。いや…見捨てられたくないなら真夜中に何度でも電話をかけて罵倒しないほうがいいんじゃないかって?? それがわかる(できる)ならこの本とは関係ない世界で生きていけるんですがね。
あるいはこんな:
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あなたはBPD(境界性パーソナリティ障害)を持つ愛する人と一つの部屋にいます。あなたにはとても素晴らしい時間で、あなたの愛する人にとってもそうであることはかなり明白です。そこにはたくさんの笑いと分かち合い、相互理解があります。あなたの愛する人-弟としましょう-は家に帰り、あなたには善意の満足感が残ります。それから数時間後、晴天の霹靂のごとく、あなたへの電話が鳴ります。弟からです。自分をひどく傷つけたというあなたの言動をすべて並べ立て、ぶちまけてきます。あなたは完全に度肝を抜かれます。あなたたち二人が一緒に同じ部屋にいたことでさえ、事実だったのか疑問です。彼との時間はすべてあなたの想像だったのでしょうか? その時弟が動揺していた事実に気づかないほど、あなたは鈍感なのでしょうか?
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私もよく、母と和やかに楽しく雑談をして帰宅したはずなのに、しばらくすると私を非難罵倒する長文の手紙が届くということがありました。私の一言ひとこと、一挙手一投足に悪意や陰謀が渦巻いていたそうなのですが、もちろん根も葉もないことです。
「そんなことしてないよ」
「そんなこと思ってもいないよ」
私は否定しますが、それは火に油を注ぐようなもので、母は「そうやってあんたはいつもごまかそうとする」「嘘をつく」「冷たい子だ」とさらに激高していきます。
そして最後の締めくくりは「あんたはいつか私を捨てるだろう」
このルーチンは私が中二のころから、母が完全に認知症になるまで果てしなく繰り返されていたのですが、この本を読んでようやく、私は私の対応が間違っていたことを知りました。
母の「あんたはいつか私を捨てるだろう」が、強烈な見捨てられ不安からくるもので、もちろんほんとに捨ててほしいわけじゃなくて、捨てないでといってることくらい、大人になったあとの私はわかっていました。それでも…
「私の一言ひとこと、一挙手一投足に悪意や陰謀が渦巻いていた」といわれることについてはそれを誠心誠意否定するのが当然だ、否定するべきだと思っていました。
でもそうじゃないんです。話を聞いてもらえるようになるには、まず大前提として「承認」が行われなければならないのです。
「いや悪意なんか持ってないよ」
これでは否定だからNG。確かに…数十年間、限りなく繰り返されてきたやりとりの中で、否定で何か前向きに進んだことは一度もありません。
たとえば、BPDの人が「私なんか無価値で愛されるに値しない」といってきたら
「無価値ではないし、愛されるに値する」といってあげたくなるじゃないですか? でもそれではダメで、
「ねぇ、君が自分のことを無価値で愛されるに値しないとみてることはわかるよ…」で始めて(承認)それから「でも、僕は君について、こういうことを知っているよ…」という具合に言いたいことを徐々に伝える必要があります。
しかしこれは当たり前ですがとても難しいことで、なのでこの分厚い本では具体的にどのように「承認」すればいいかの考え方、そしてそれが身につくまでどうトレーニングするのか、そしてその先は? ということでものすごく詳細に書かれています。
難しいですが、習得できる技術として書かれています。
中学生の子供が、親に向かって適用できる技術ではないと思いますが、
大人になった私が読んだら、少なくとも部分的に実践できたかもしれません。
少なくとも、真逆に歩き始めるのはやめられたかもしれません。
もう遅いんですが…
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「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社 ←またろうがイラストを描いた本(^^)
「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
「境界性パーソナリティー障害をもつ人と良い関係を築くコツ」
←え? ピアノの話題じゃないって? まぁそうなんだけど…
読んで一番衝撃だったポイントは「そこか!! 私がやっていたことは真逆だった」というものです。
この本の入り口に、典型例として載せられているエピソード
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ショーナは、お姉さんが幼稚園に行っている娘の具合が悪いからと明日の昼食の約束をキャンセルしたことについて考えるのをやめられません。お姉さんが自分と会わなくて済むように言い訳を考えたのではないか、と繰り返し考えてしまうので眠れません。ほどなく彼女は泣き出し、朝の四時が電話するのに良い時間なのか考えようともせず、お姉さんに電話をします。彼女はすすり泣きながら、お姉さんが電話に出ると叫ぶのです。「私は良い妹だけど、姉さんは一度だって良い姉だったことなんかないわ! 大嫌い!」。(略)
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ショーナはお姉さんと絶好したいわけでもなんでもなく、それどころかお姉さんとの関係を世界一大切にしたいくらいで、自分がお姉さんから見捨てられることを何よりも恐れています。いや…見捨てられたくないなら真夜中に何度でも電話をかけて罵倒しないほうがいいんじゃないかって?? それがわかる(できる)ならこの本とは関係ない世界で生きていけるんですがね。
あるいはこんな:
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あなたはBPD(境界性パーソナリティ障害)を持つ愛する人と一つの部屋にいます。あなたにはとても素晴らしい時間で、あなたの愛する人にとってもそうであることはかなり明白です。そこにはたくさんの笑いと分かち合い、相互理解があります。あなたの愛する人-弟としましょう-は家に帰り、あなたには善意の満足感が残ります。それから数時間後、晴天の霹靂のごとく、あなたへの電話が鳴ります。弟からです。自分をひどく傷つけたというあなたの言動をすべて並べ立て、ぶちまけてきます。あなたは完全に度肝を抜かれます。あなたたち二人が一緒に同じ部屋にいたことでさえ、事実だったのか疑問です。彼との時間はすべてあなたの想像だったのでしょうか? その時弟が動揺していた事実に気づかないほど、あなたは鈍感なのでしょうか?
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私もよく、母と和やかに楽しく雑談をして帰宅したはずなのに、しばらくすると私を非難罵倒する長文の手紙が届くということがありました。私の一言ひとこと、一挙手一投足に悪意や陰謀が渦巻いていたそうなのですが、もちろん根も葉もないことです。
「そんなことしてないよ」
「そんなこと思ってもいないよ」
私は否定しますが、それは火に油を注ぐようなもので、母は「そうやってあんたはいつもごまかそうとする」「嘘をつく」「冷たい子だ」とさらに激高していきます。
そして最後の締めくくりは「あんたはいつか私を捨てるだろう」
このルーチンは私が中二のころから、母が完全に認知症になるまで果てしなく繰り返されていたのですが、この本を読んでようやく、私は私の対応が間違っていたことを知りました。
母の「あんたはいつか私を捨てるだろう」が、強烈な見捨てられ不安からくるもので、もちろんほんとに捨ててほしいわけじゃなくて、捨てないでといってることくらい、大人になったあとの私はわかっていました。それでも…
「私の一言ひとこと、一挙手一投足に悪意や陰謀が渦巻いていた」といわれることについてはそれを誠心誠意否定するのが当然だ、否定するべきだと思っていました。
でもそうじゃないんです。話を聞いてもらえるようになるには、まず大前提として「承認」が行われなければならないのです。
「いや悪意なんか持ってないよ」
これでは否定だからNG。確かに…数十年間、限りなく繰り返されてきたやりとりの中で、否定で何か前向きに進んだことは一度もありません。
たとえば、BPDの人が「私なんか無価値で愛されるに値しない」といってきたら
「無価値ではないし、愛されるに値する」といってあげたくなるじゃないですか? でもそれではダメで、
「ねぇ、君が自分のことを無価値で愛されるに値しないとみてることはわかるよ…」で始めて(承認)それから「でも、僕は君について、こういうことを知っているよ…」という具合に言いたいことを徐々に伝える必要があります。
しかしこれは当たり前ですがとても難しいことで、なのでこの分厚い本では具体的にどのように「承認」すればいいかの考え方、そしてそれが身につくまでどうトレーニングするのか、そしてその先は? ということでものすごく詳細に書かれています。
難しいですが、習得できる技術として書かれています。
中学生の子供が、親に向かって適用できる技術ではないと思いますが、
大人になった私が読んだら、少なくとも部分的に実践できたかもしれません。
少なくとも、真逆に歩き始めるのはやめられたかもしれません。
もう遅いんですが…
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「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社 ←またろうがイラストを描いた本(^^)
「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社