日本人一世帯当たりのパンの年間購入額が、お米のそれを上回ったという。これは総務省の家計調査で判ったものだが、わが家の場合はどうなのかー。老妻に聞いてみたら、わが家では月に7キロ、3千円ぐらいお米を買っているが、パンは週に2回ほど食パンを買っている程度だから、せいぜい2千円だ。老夫婦と娘3人だけの生活で、あまり参考にならないが、わが家では依然お米のほうが多い。
たしかに日本人のお米離れは、昔に比べれば月とスッポンである。戦時中、僕の友人が作った「二合三勺」という詩がある。”僕らは一日二合三勺の配給米で生きている。大豆や豆粕を炊きこませて一日二回のメシを三回分に増やして、なんとか飢えをしのいでいる”。二合三勺は今風にいうと、約200グラム、月に直すと約6キロである。今の日本人はとうてい一人月6キロのお米は食べてはいない。
戦後すぐの昭和21年から22年頃にかけて自家製の電気パン焼き器が流行した。木箱の中にニクロム線を通し、ジュール熱で粗末なパンを焼く装置だった。当時はお米不足から、お米に代って小麦粉が配給されることが多く庶民の知恵として生まれたものだ。しかし、小麦粉の配給量が少なく、たいていの家は小麦粉のほかにサツマイモの粉などを混ぜてパンにしたものだ。
階下に住む娘一家でも遅ればせながらホームベーカリーを手に入れた。昨日もそれで作ったパンの”おすそ分け”に預かった。なかなかの出来で、市販のものと変わりがない。作る手間閑もそれほどではないらしい。ホームベーカリーがどこまで普及するか判らないが、電気釜にとって変わるような時代がくるのだろうか。食生活が多様化してきている。TPP交渉はもちろん、これを見据えて行うと思うが、難しい時代だ。(写真はおすそ分けのホームベーカリのパン)
たしかに日本人のお米離れは、昔に比べれば月とスッポンである。戦時中、僕の友人が作った「二合三勺」という詩がある。”僕らは一日二合三勺の配給米で生きている。大豆や豆粕を炊きこませて一日二回のメシを三回分に増やして、なんとか飢えをしのいでいる”。二合三勺は今風にいうと、約200グラム、月に直すと約6キロである。今の日本人はとうてい一人月6キロのお米は食べてはいない。
戦後すぐの昭和21年から22年頃にかけて自家製の電気パン焼き器が流行した。木箱の中にニクロム線を通し、ジュール熱で粗末なパンを焼く装置だった。当時はお米不足から、お米に代って小麦粉が配給されることが多く庶民の知恵として生まれたものだ。しかし、小麦粉の配給量が少なく、たいていの家は小麦粉のほかにサツマイモの粉などを混ぜてパンにしたものだ。
階下に住む娘一家でも遅ればせながらホームベーカリーを手に入れた。昨日もそれで作ったパンの”おすそ分け”に預かった。なかなかの出来で、市販のものと変わりがない。作る手間閑もそれほどではないらしい。ホームベーカリーがどこまで普及するか判らないが、電気釜にとって変わるような時代がくるのだろうか。食生活が多様化してきている。TPP交渉はもちろん、これを見据えて行うと思うが、難しい時代だ。(写真はおすそ分けのホームベーカリのパン)