「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

悔悟の念を戦没者にも伝えてほしい

2015-08-15 06:02:55 | 2012・1・1
70年前の昭和20年8月15日、僕は家の庭先に掘られたチャチな防空壕の中で母親と一緒に敗戦の「玉音」を聞いた。この日は動員先の工場が電休日であったが、朝から警戒警報が出ていた。正直いって中学3年だった僕は、戦争が負けたからといっても、それほどのショックではなく、工場へ行かずに済むといった喜びが強かった。が、一方では無念の気持ちがあったのも事実である。

70年後の昨日、僕は安倍総理の「談話」を冷房の効いた自宅で夕食を食べながらテレビで見た。戦後70年といっても僕の想い出は、戦後の70年ではなくて戦争中の過酷な時代の事ばかりだ。総理の談話も同じで戦後70年間の回顧、評価といより、それに先立つ過去の戦争について、の侵略、反省、謝罪に終始していたような印象を僕は受けた。談話は英語、中国語、ハングル語に翻訳されるそうだが、国民向けというより、外国向けの談話だったのだろうか。

安倍総理は「談話」の中で”先の戦争へ深い悔悟の念を持っている”と述べた。この悔悟という言葉が、50年の村山談話にはなかったと指摘する向きがある。悔悟とは”前非を悔い改めること”(広辞苑)とあるが、先の戦争で亡くなった310万人の英霊は、誤った戦争として戦っていた訳ではない。正義の戦いだったのだ。

安倍総理が先の戦争についてご自身、悔悟するのは好いが、一国の宰相としてはどんなものか。悔悟だけでは英霊は浮かばれない。70年経っても未だに回収されないご遺骨が海外各地に残っている。総理はまず、ご遺骨を収集して悔悟の念を伝え、同時に千鳥ヶ淵墓苑、靖国神社にも直接参拝して悔悟の念を報告してほしい。あの時代、国民は誰もが正義な戦争として政府に協力していたのだ。今や、二割になった戦前生まれの一人として率直の思いを総理に伝えたい。