西部邁ゼミナール 2014年8月3日放送
・「情報」という言葉について
日ロ戦争のころの「斥候」のものではないか。ITの限界
・数派、わかりやすい、うすっぺらい、メソポタミアの昔からだった。
・モダンというのは近い時代ではなく、モデル、モード、流行、わかりやすい模型。
・大衆の反応、統治者、能力のない者が気取って
60年代から民主主義とは、
時代を救済するのは不可能、
・希望があるとしたらこの世に絶望する人間が増えること、
・「日本の底力」という言葉についての疑問、
・多数派が茫然自失、その時に少数派が、その人たちがものをいう時代が来るかも知れない。
・教育について
教師にできるのは何か・・・
・集団的自衛について(日本における立憲主義)
デモクラシー
・旧ソ連の歴史破壊、アメリカの歴史不在、
・言葉は必ず過去からやってくる、
・アメリカは近代の個人主義、第一人称の国、「私が、俺が」
第一人称は最後にやってくる。(以上)
★ 西部先生の深い内容のお話。(上記の箇条書きは目次に過ぎない)
これは達観した仙人のようなお話だけれど「真実」であると思う。
「一人称」的な表現から「三人称」的なものに、というのは音楽でも書いてきたが、
「一人称」から出発し、そして大きく展開して音楽をヴェルディのオペラのような
「天上的ピアニッシモ」というのが、音楽の醍醐味であり昇華と思ってきた。
私は音楽的に西部先生のお話を伺ったような気がするが、無知無学でまだまだ・・・。
★ 名歌手カップッチッリの全盛期の歌唱、ジョルダーノ作曲『アンドレア・シェニエ』~「祖国の敵!」
Piero Cappuccilli "Nemico della patria" Andrea Chenier
Piero Cappuccilli sings "Nemico della patria" from
Andrea Chenier by Umberto Giordano
従僕の子として生まれたジェラールは、腐敗した貴族と貧しき民あふれる社会を批判し、
フランス革命の闘士としてロベスピエールの片腕となるが、革命成就後、粛清の日々、
それに酔う市民、「私は世の人々に幸せになるよう、願ってきたが」と苦悩する。
愛国の詩人アンドレア・シェニエを革命裁判で命がけで弁護、その3日後にロベスピエールは失脚する。
カップッチッリの全盛期の貴重な演奏。