またまた競馬について書いてみよう。
競馬はなかなか勝てないものだ。
しかし、競馬を負けようと思ってやっている人間は、もちろん皆無だろう。
勝とうと思って負けている人間がほとんどなのだ。
その勝ち負けの判断だが、継続的にやっている人間は、ひとつのレースの勝ち負けではなく、月間、あるいは年間のトータルで、勝ち負けを判断しているはずだ。
それもある程度の金額を勝って、初めて勝ったと言えるのではないだろうか。
月間、あるいは年間続ける苦労を考えると、ギリギリプラス計上など、勝ったうちには入らないはずだ。
そうであれば、目標金額の設定が必要になる。
しかし、素人馬券師の我々にとって、何百万円以上の目標など、絵に描いた餅も同然だ。
ならば、どのように設定したらいいのか。
私の場合、1回の飲み代が5千円ほどで、月に4回飲みに行く。年間で48回、総額24万円だ。
これを競馬の目標として、勝ち負けの判断をしている。
年間24万円勝てば、その年のJRAとの勝負は勝ちだ。
では、いかにその勝負に勝つかだ。
競馬というのはなかなか当たらない。
しかし、全勝があり得ないのと同じように、全敗もあり得ない。
10回負けても11回目には、勝利の女神が微笑んでくれたりするものだ。
そのレースを見極めることが大事なのだ。
では、どうやって見極めるか。
私の場合、勝ったレースにせよ、負けたレースにせよ、年に数回、この馬が来るという予兆を感じることがある。
極端な時は、その馬が1着になるというのが、既成事実のように思われることがある。
長い年月競馬をやっていると、なるほどと思い当たる節があるはずだ。
それが勝負の時、チャンスの前髪なのだ。
その時にドンと賭けるのだ。
思いが強ければ、1着、そうでもなければ2、3着に固定の三連単勝負だ。
勝負の時に三連複とか馬単など、弱気は禁物だ。
あとのレースは、当たれば儲けもの、くらいの感覚でやればいいと思う。
チャンスは必ずやってくるものだ。
競馬新聞の出馬表をじっと見つめる、束の間の集中が大切だ。
勝ち馬は輝いて見えるはずだから。
競馬はなかなか勝てないものだ。
しかし、競馬を負けようと思ってやっている人間は、もちろん皆無だろう。
勝とうと思って負けている人間がほとんどなのだ。
その勝ち負けの判断だが、継続的にやっている人間は、ひとつのレースの勝ち負けではなく、月間、あるいは年間のトータルで、勝ち負けを判断しているはずだ。
それもある程度の金額を勝って、初めて勝ったと言えるのではないだろうか。
月間、あるいは年間続ける苦労を考えると、ギリギリプラス計上など、勝ったうちには入らないはずだ。
そうであれば、目標金額の設定が必要になる。
しかし、素人馬券師の我々にとって、何百万円以上の目標など、絵に描いた餅も同然だ。
ならば、どのように設定したらいいのか。
私の場合、1回の飲み代が5千円ほどで、月に4回飲みに行く。年間で48回、総額24万円だ。
これを競馬の目標として、勝ち負けの判断をしている。
年間24万円勝てば、その年のJRAとの勝負は勝ちだ。
では、いかにその勝負に勝つかだ。
競馬というのはなかなか当たらない。
しかし、全勝があり得ないのと同じように、全敗もあり得ない。
10回負けても11回目には、勝利の女神が微笑んでくれたりするものだ。
そのレースを見極めることが大事なのだ。
では、どうやって見極めるか。
私の場合、勝ったレースにせよ、負けたレースにせよ、年に数回、この馬が来るという予兆を感じることがある。
極端な時は、その馬が1着になるというのが、既成事実のように思われることがある。
長い年月競馬をやっていると、なるほどと思い当たる節があるはずだ。
それが勝負の時、チャンスの前髪なのだ。
その時にドンと賭けるのだ。
思いが強ければ、1着、そうでもなければ2、3着に固定の三連単勝負だ。
勝負の時に三連複とか馬単など、弱気は禁物だ。
あとのレースは、当たれば儲けもの、くらいの感覚でやればいいと思う。
チャンスは必ずやってくるものだ。
競馬新聞の出馬表をじっと見つめる、束の間の集中が大切だ。
勝ち馬は輝いて見えるはずだから。