かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

10.ナノモレキュラーサイエンティフィック その2

2007-12-02 22:45:57 | 麗夢小説『ドリームジェノミクス』
「このバッチをよく見えるところに付けて、正面入り口手前の来客用駐車場にお回り下さい。バッチはお帰りのさい、こちらに返却願います」
 榊は礼を言って、相談・6と記された縁色の丸いバッチを受け取った。クリップを襟に止め、車に戻る。門の前の二人の警備員が左右に下がり、ついで黒光りする鋼鉄製の門が、観音開きに左右へと道を開けた。榊はまだこちらを見つめ続ける三人の視線を意識しながら、言われた通り建物前のロータリーに侵入し、来客用駐車場に足を降ろした。
(なかなか物々しいな)
 榊は、更に建物前に陣取っている二人の警備員に気づいた。背格好がさっきの三人とほぼ同じくらいで、制服の下の分厚い胸板が、居丈高に榊を睨み付けているようだ。榊は車をロックすると、警戒の視線を浴びつつ、正面の自動ドアに歩み寄った。すると、ガラス越しにひょろりとした白衣の姿が見えた。年は若い。恐らく鬼童とそう変わらないだろう。ただ銀縁眼鏡の奥に光る目は、鬼童と違った意味で一種の危なさを覚えさせた。
「初めまして、榊警部。私がこのナノモレキュラーサイエンティフィックの社長をしております吉住です」
 この若者が?! 榊は少し面食らって、握手の手をさしのべる青年の顔を凝視した。
「驚かれましたか? まあうちのようなベンチャーの社長は大抵私くらいの若造ですよ。さあこちらへ」
 榊は握手もそこそこに気持ちを引き締め直すと、先に立つ吉住の後を追って建物内部に侵入した。
 内部は吹き抜けのように天井が高く、大きく取られたガラス窓が壁面を埋め、ちょっとしたホテルのような雰囲気のあるフロアである。吉住は奥の窓際に並べられた応接セットに榊を招き、改めて名刺を差し出した。ナノモレキュラーサイエンティフィック代表取締役社長 博士(工学)吉住明。丸みを帯びた文字が横書きに並び、左肩に色とりどりの小さなボールが幾つも繋がった、二センチ角位のイラストが描かれている。その下に丸く切り抜かれた吉住の顔写真が、微笑み未満の表情でこちらを見つめいていた。榊は目の前のガラステーブルに名刺を置くと、早速警察手帳を取りだした。
「今日はお忙しいところを申し訳ありません。来訪の主旨は簡単に電話で申し上げた通りですが、もう少し詳しく伺いたく・・・」
「お知りになりたいのは、糖で出来た小さな針、でしたね」
「ええ。事件現場の遺留品なんですが、鑑識から非常に微細な針だ、と連絡がありましてね、そこで色々調べてみましたら、御社の開発されているものに近いのではないか、と思われたのですよ」
「ものは見せていただけますか?」
「いや、今のところはまだ鑑識で検査中ですので。何やら針の中に残留物があるらしく、それを解析する積もりらしいのですよ」
 しゃべりながら榊は、相手の様子をじっと観察していた。だが、若いくせに相当肝が据わっているのか、あるいは本当に無関係なのか、ともかく今のところは榊の眼力を持ってしても、その態度に変わったところは見受けられない。
「それで、その針の大きさは?」
「長さが約一・二ミリメートル、太さが五から一〇ミクロン程度だそうです」
 榊が警察手帳を見ながら答えた。もちろん数字は、警視庁の誇る鑑識のデータではなく、鬼童海丸が実測したものである。すると吉住は、なるほど、と言いながら腕を組んだ。
「確かにマイクロニードルのようですね。ですが、恐らくうちのものではないでしょう。きっと京都で作られたものではないですか?」
 榊は、そう来たか、と鬼童の助言を思い出した。
「それは、京都の私大工学部と組んだベンチャー企業のことをおっしゃっているんですね、吉住さん」
 すると今度は吉住も軽く目を見張って驚いて見せた。
「よくご存じですね、警部のおっしゃるとおりですよ」
「そちらの方は、京都府警を通じて照会を掛けているところです。それより、御社じゃない理由を伺いたいのですが」
「それは、うちはまだ開発に成功したばかりで、商品化まで至ってないからですよ。太さ八・五マイクロメートル、人の髪の毛の半分以下の太さでマイクロニードルの量産に成功したのは京都が最初ですからね。とはいえ今はまだ一本百円もする超高級針です。そこでうちは、あっちとは違う工程で、より効率よく作ることを目指しているんですよ。ただ、まだ開発途中で、うちには商品と言えるものがありません」
「試作品ならあるんじゃないですか?」
「それはもちろんありますよ。でもうちでは一番の極秘物件です。この建物から出る事は絶対あり得ません」
 吉住の口調が少し早口になった。態度は相変わらず落ち着いて見えるが、内心少し興奮しているらしい。ただ、事件への関与と結びつけるほどの手応えは、榊には感じられなかった。これははずしたかも、と内心の落胆を顔に出さぬよう注意しながら、
榊が時間稼ぎに目の前のコーヒーに手を伸ばしたとき、突然、吉住が腕時計に目を落として言った。
「も、申し訳ないです。少し人を待たせておりまして、取りあえず今日のところはお引き取り願えませんか?」


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気づかない間に1000投稿超えておりました(これで1006投稿のはず)。

2007-12-02 22:45:20 | Weblog
 ふと気になって確認してみたのですが、なんと、いつの間にやらこのブログ、投稿数が1000を超えておりました。もうすぐだな、という感じはしていたのですが、この年末ごろになるはず、と考えていたのです。ところが目算が大きく狂い、すでに先月28日の投稿で、1000を達成しておりました。おかしい、いくらなんでも早すぎる、と考えてみましたところ、そういえば小説連載で1日2投稿している日が結構あることに気がつきました。「ドリームジェノミクス」だけで30投稿ほどありますから、それだけでほぼ1か月分に相当します。それが予想より大幅に早く1000に到達した原因とわかりました。ずっと1000投稿では何か記念になることを、と考えていたのですが、まだ先のこと、とのんびり構えていたせいで、今はまだ何の準備も整っておりません。この上はとりあえず記念事業はまた改めて考えることにして、しばらくは通常営業で参りたいと思います。

 さて、ネットニュースを渉猟しておりましたら、「優秀な社員をやめさせない方法」なる記事があり、ちょっと興味を引かれて読んでみました。「規律の範囲内で自由を与える」とか「正しく褒める」とか16のポイントが列挙されています。一つ一つはまあなるほどな、というか、当たり前というか、それなりに頷ける話であります。中でも私の琴線に響いたのは、「雑草を排除する」つまりあまりに非効率過ぎる輩や仕事に対して後ろ向きの人は、ほかの仕事する人に悪影響を与えるから排除せよ、という一言で、昨今次々暴露される公務員の困った連中の実態や、自分の職場の状況を鑑みるに、是非実践願いたいと思う事柄ではあります。ただ、実際にそれが実践できるかどうかは別の問題で、そんなことができるのならとっくの昔に実現して効率的かつ生産的な組織に変わっていてもおかしくないと思われるのです。
 いろいろな経済啓蒙書やセミナー、講演会などで、ビジネスで成功するための秘訣、なるものを見たり聞いたりしているのですが、どうも内容的には昔々の孫呉の兵法からなんら新しい進歩はないような感じがしてなりません。ビジネス書にはわざわざ昔の兵法書の活用を説くものまであるくらいですが、結局その兵法書にしてみたところで、それを実践して勝利を得た人が歴史上どれくらいいるのか、というと、ほとんどいないように感じられます。ビジネスにしても、いくら過去の成功例やそこからくみ上げた成功法則を知ったからといって、直ちにそれを自分の成功につなげられる人はあまりいないように感じます。
 つまるところビジネスも戦争も政治も、勝てる人はおのずから勝ち方を知る人であって、要するにそういう才能に恵まれた一握りの人間であるに過ぎないのではないのでしょうか。後はその才能をどこまで磨くのかという努力の量と、芽が出るきっかけがつかめるかどうかの運の強さ次第で、勝負の行方が決まるように思います。
 結局この種の啓蒙も、大勢の凡人に埋もれているわずかな数の能力者を発掘するきっかけにはあっても、全ての人に成功を約束するわけではない、と、これもまた当たり前のことかもしれませんが、そんなことをふと考えさせられました。

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