夕闇迫る常磐道を、まっすぐ東北に向かって突き進んでいた一台の真っ赤なプジョー二〇五カブリオレが、左にウインカーを出して出口へと車線変更した。道標に白く書き付けられている文字は、「茨城県先端科学技術工業団地」と読める。助手席に納まる墨染め衣に剃髪の若い僧侶、円光は、つむっていた目を再び開き、ようやく目的地が近づいていることを確かめた。高速で移動する狭い車中という条件の悪さにも関わらず、既に何度目かになる精神の集中を解いた円光だったが、目的の波動は一向に拾える気配がない。それでも、初めに感じた悪い予感だけは、ほとんど確信と言っていい強さにまで成長しているのが何とも不気味であった。はたしてこの先に一体何が待ちかまえているのか。円光は、いつになく厳しい顔つきでハンドルを握る麗夢に、語りかけるきっかけも無いまま一人黙然と前を見つめた。
一時間ほど前、鬼童の研究所を出てさあ榊を追いかけようと意気込む麗夢に、また新たな異変が襲った。アルファ、ベータというかけがえのない二匹の消息が、判らなくなっていることに気づいたのである。麗夢とアルファ、ベータは、常にどこかで互いの存在を意識することが出来る、一種独特のテレパシーを共有している。夢に入る能力を失った麗夢ではあったが、この絆だけは失わず、これまでずっと頭のどこかで二匹のことを意識出来たのである。ところが、鬼童邸を出たところで、いつの間にかその信頼の糸が切れていることに気がついた。これは麗夢にとって深刻なショックだった。夢に入れなくなった今、あの二匹ほど麗夢にとって支えとなりうる存在は他にあり得ない。いわば一心同体と言うに相応しい繋がりが、この少女とあの小さな毛玉のような二匹にはある。それが失われた事に気づいた瞬間、麗夢は耐え難い孤独感に呑み込まれ、全身を引きちぎられそうな不安と焦燥におののいたのである。
この時、麗夢の訴えに円光も早速念を凝らして見た。円光にも、麗夢やアルファ、ベータの心を感じとることは出来る。今回の件でもそうだったが、そもそも円光がいつも麗夢達のピンチをタイミング良く助太刀できるのは、苦難の修行の末培った法力ので、彼女達の状況を察知することができるからである。だが、この時ばかりは、しばらく念を凝らした末に、円光も首を振ってこう麗夢に言うしかなかった。
「駄目だ。拙僧にも二人の波動が感じ取れぬ。よもやとは思うが・・・」
「そんな! あの子達に限って・・・」
麗夢の絶句は、しかし、その内容とは裏腹に、内心の不安と絶望を反映したものになった。
「いや、拙僧もアルファ、ベータに限って万一などあり得ぬと思う。だが、何かよからぬ予感がするのもまた事実。いかがなさる麗夢殿?」
「・・・とにかく行ってみましょう。そのナノモレキュラーサイエンティフィックって所に」
今の麗夢にはそれしか選択肢が無い。とにかく謎が多すぎて、何がどうなっているのかさっぱり判らない以上、その解決のきっかけになるかも知れないものがあるというのなら、今はそれに賭けてみる以外にやれることはなかった。
「・・・しかし、これもやはりあの死神の仕業であろうか・・・」
「・・・ええ」
麗夢は躊躇いがちにあやふやな返事をして、愛車のハンドルを握った。
こうして一時間余り。麗夢は道標に従って高速道路を降り、一番星が瞬きつつある空の下で暗くわだかまる山塊へ向けて、車を走らせ続けていた。
一時間ほど前、鬼童の研究所を出てさあ榊を追いかけようと意気込む麗夢に、また新たな異変が襲った。アルファ、ベータというかけがえのない二匹の消息が、判らなくなっていることに気づいたのである。麗夢とアルファ、ベータは、常にどこかで互いの存在を意識することが出来る、一種独特のテレパシーを共有している。夢に入る能力を失った麗夢ではあったが、この絆だけは失わず、これまでずっと頭のどこかで二匹のことを意識出来たのである。ところが、鬼童邸を出たところで、いつの間にかその信頼の糸が切れていることに気がついた。これは麗夢にとって深刻なショックだった。夢に入れなくなった今、あの二匹ほど麗夢にとって支えとなりうる存在は他にあり得ない。いわば一心同体と言うに相応しい繋がりが、この少女とあの小さな毛玉のような二匹にはある。それが失われた事に気づいた瞬間、麗夢は耐え難い孤独感に呑み込まれ、全身を引きちぎられそうな不安と焦燥におののいたのである。
この時、麗夢の訴えに円光も早速念を凝らして見た。円光にも、麗夢やアルファ、ベータの心を感じとることは出来る。今回の件でもそうだったが、そもそも円光がいつも麗夢達のピンチをタイミング良く助太刀できるのは、苦難の修行の末培った法力ので、彼女達の状況を察知することができるからである。だが、この時ばかりは、しばらく念を凝らした末に、円光も首を振ってこう麗夢に言うしかなかった。
「駄目だ。拙僧にも二人の波動が感じ取れぬ。よもやとは思うが・・・」
「そんな! あの子達に限って・・・」
麗夢の絶句は、しかし、その内容とは裏腹に、内心の不安と絶望を反映したものになった。
「いや、拙僧もアルファ、ベータに限って万一などあり得ぬと思う。だが、何かよからぬ予感がするのもまた事実。いかがなさる麗夢殿?」
「・・・とにかく行ってみましょう。そのナノモレキュラーサイエンティフィックって所に」
今の麗夢にはそれしか選択肢が無い。とにかく謎が多すぎて、何がどうなっているのかさっぱり判らない以上、その解決のきっかけになるかも知れないものがあるというのなら、今はそれに賭けてみる以外にやれることはなかった。
「・・・しかし、これもやはりあの死神の仕業であろうか・・・」
「・・・ええ」
麗夢は躊躇いがちにあやふやな返事をして、愛車のハンドルを握った。
こうして一時間余り。麗夢は道標に従って高速道路を降り、一番星が瞬きつつある空の下で暗くわだかまる山塊へ向けて、車を走らせ続けていた。