かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

予報3m、実際は1m。だからと言って、謝罪するほどのことでもないと思うのですが。

2010-03-01 20:48:25 | Weblog
 気象庁が、津波の規模を課題に予測した、として謝罪会見を開いたそうな。
 今回の南米チリで起きたマグニチュード8.8の大地震で、津波警報をテレビで見たときには、明治時代の大津波や、50年前の最大6mの津波などを思い起こし、あのような大惨事がありうるのか、と戦慄を覚えました。結局蓋を開けてみると1m前後の津波で終わり、警報発令で危険箇所からの避難もあったためか、目立った被害も無いまま終わりました。一方で電車は止まるわテレビは津波警報の割り込みで番組が見にくくてしょうがないわ、と色々被害もありましたし、私など海に面しているわけではないので、高さ数百メートルの津波にでもならない限り、津波警報などあっても無くても同じだったりもするのですが、万一、津波の規模を過少に予測して現実に人的被害が出たりした時に予測される轟々たる非難の声を考えれば、過大に予報することに、いちいち会見を開いて謝罪しなければならないような事は無いと私には思えます。気象庁のサイトによれば、たとえ30センチの津波でも危ないのだそうですし、1mを超える津波で家屋にも被害があったわけですから、それなりの意義はあったんじゃないでしょうか。もちろん、津波予報の精度があげられるのならそれに越したことはないので、今後も地道に努力してもらいたいところです。しかしながら、津波警報が出た後もサーフィンして遊んでいたヒトもいたと聞きますから、もしこの過大予報で問題があるとしたら、次に同じような機会があったときに、気象庁の予報値を、見ている側が勝手に脳内関数で過小評価して、それくらいなら大丈夫だろう、と誤った判断を招きかねない点ではないか、と思います。それで被害にあったとしたら基本的には自業自得だと思わないでも無いですが、世の中には微妙なところで自重するヒトと軽視するヒトがいるのは間違いないですから、自重するヒトには、過剰に備えて損をした、というような失望を与えず、軽視するヒトには十分な警告を与えられる予報の報道方法を検討する必要があるのでしょう。そんな都合の良いモノが有るのか? 正直言って仮説も何もないのですが、色々研究してみる余地と価値はあるように感じます。情報伝達のプロたるマスコミ諸兄には、そういう災害予報について何か一家言あったりはしないのでしょうか?

コメント
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