「後継者って……、弥生さんのいもうとぉっ!」
麗夢は、不審な箱のことも忘れて思わず大声を上げた。
目の前の少女は、背の高さは麗夢よりも頭ひとつ低い。荒神谷弥生と遜色なく伸びた髪をツインテールで左右に広げ、その中に、小さな顔が収まっている。やや丸い顔のライン、いたずらっぽく閃くメガネ無しの大きな瞳、にこやかな笑みを浮かべる唇、どれも弥生とは似ても似つかないように思える。なのになんとなく全体から既視感を覚えるのは、多分姉よりも明るい豊かな表情が、遺伝的な形質よりも表立って見えるからだろう。その表情の変化を取り去ってみれば、目元や鼻筋に、確かに弥生を彷彿させるものが観察される。
皐月と名乗った少女は、南麻布女学園の緑の制服を縮小コピーしたような半袖・ミニスカートの衣装でささやかな胸を自信満々に張り出し、そこから健やかに伸びた、子供っぽさの残る細い手足で仁王立ちして言った。
「そうよ。そして彼女たちも」
皐月は左右に振り返ると、自己紹介して、と促した。すると、纏向静香の役を演じていた少女が、控えめに半歩足を前に出して、麗夢に軽く頭を下げた。
「纏向静香の妹、琴音」
琴音は、一言小さくつぶやいただけで、後はガラス細工のような透き通った瞳で瞬きもせず見つめてきた。顔立ちは静香そっくりなのに、その無機的な視線には、静香からは決して感じなかった一種異様な冷気をはらむ威圧感を覚える。その冷気がふっと途切れたのは、可愛らしい日本人形のような少女がずいと前に乗り出してきたからだった。
「ボクは、眞脇紫(むらさき)。由香里お姉ちゃんのおとう……」
「いもうと、でしょ!」
「ち、違う! ボクは男なんだから」
「だって女子の制服着てるし」
「ってこれは! 皐月が着ろ着ろってうるさいからでしょ!」
眞脇由香里をおしとやかにして髪をセミロングに伸ばしたら、こんな感じになるのだろうか。気品すら感じさせるきめ細かい白い肌に整った顔立ちが麗夢にはまぶしい。声も変声期前のせいか、ボーイソプラノよりもまだ一段甲高い様子で、全く男の子の声には聞こえない。その少女、いや少年は、アニメの声優のような声を張り上げ、恥ずかしさに首まで真赤に染めて後ろの皐月に食ってかかった。だが、多分いつものことなのだろう。皐月はニヤニヤしながら適当にあしらっているばかりで、少年の抗議は一向に功を奏していないようだ。
「もういい! だから着るの嫌だったんだ! もう着替えるからね!」
紫は、麗夢が目の前にいるのも忘れ、憤懣やるかたないという様子で部屋から出て行こうとした。
「もう今更遅いのよ、紫ちゃんはすっかりオンナノコなんだから」
「何をバカ言ってんだ。ボクは女の子じゃない」
「おかしいな、改造は済ませて置いたハズなんだが」
出入口で反射的に振り返った紫少年の耳に、ぼそっと子供らしからぬ落ち着いた声が届いた。紫はビクっと身をすくませると、その声の主、最後尾で控えていた少女に振り向いた。
「って? ど、どういうコト? ま、まさかボクが寝てる間に……?」
「そう、そのまさかだ。皐月がどうしてもって言うんでな、ちょちょいと」
少女は、制服の上からラフに白衣を羽織り、顔の前に立てた右手人差し指を軽く左右に振って、紫にウインクした。紫はみるみる顔を青ざめさせると、恐る恐るスカートの腰の部分、へその辺りに手を入れて隙間を作り、慎重にのぞき込んだ。
「そ、そんなバカな……! あ、ぁあーっ! 無い! 無い無い無い! ど、どこにやったんだよ!」
「チャーンと保存液につけて液体窒素に沈めてあるから、心配はいらん」
「ひっ! な、なんてことを! 今すぐ戻して! こんなのやだよぅ!」
「だと、皐月どうするぅ?」
「もう、紫ちゃんはわがままなんだから」
「誰がわがままだァっ!」
「しょーがない。後で直してあげて。その代わりに……」
「……ん? うむ。了解した。早速準備しよう」
皐月が白衣の少女に耳打ちすると、少女も親指を立てて同意を示す。
「ちょ、ちょっと、他に何やるの? ねえ、ねえってば、教えてよ!」
「心配いらん。全て私に任せておけば大丈夫」
「そうそう、天才生物学者の腕に間違いなんてないの」
口々に言い募る白衣の少女と皐月に、琴音も静かに2回、コクコクと頷いた。
「そんなの信用出来ないよ!」
「まあそんなことより、お客様を待たせたら悪いわ。自己紹介済ませちゃいましょ」
「おお、そうだったな、紫がつまらぬことでゴネるから、いらぬ時間を取ってしまった」
「つまらないことって……」
紫少年(暫定的に少女)は、がっくりとうなだれてその場にへたりこんだ。少年が観念したところで、麗夢そっちのけで繰り広げられた寸劇はようやく一幕終えたらしい。白衣の少女が、ちょいとごめんよ、と手刀を切りながら、皐月の前に歩み出た。
「済まない済まない。私だけ自己紹介が遅れて。さて、私の名は斑鳩星夜。日登美ねえの妹だ。よろしく!」
「星夜ちゃんは、生物学の天才なんだよ」
「趣味は改造人間、尊敬する人は死○博士だ。もちろん、死夢羅博士のことではないぞ」
趣味云々で麗夢は我慢の限界が来たのを自覚したが、後に続いた単語ヘの驚きが、その全てを吹き飛ばした。
「し、死夢羅を知っているの?!」
少女らへの不審感もさることながら、彼女が死夢羅=ルシフェルを知っていると言うことが麗夢には衝撃であった。一方の皐月は、実に軽い口調で麗夢に答えた。
「とーぜんでしょ! 私たちは原日本人の4人の巫女の後継者。麗夢ちゃんの正体も、夢守の民の末裔のことも、みーんな、知ってるよ」
絶句する麗夢の様子にひとしきり満足したのか、皐月はまだへたりこんでいる紫を立たせると、改めて麗夢に向き直って胸を張った。
「どう? 麗夢ちゃん。私たちのこと、理解できた?」
アニメか何かなら、きっとドーンとかバーンとか、花火でも上がって、効果音の一つも鳴り響いた事だろう。麗夢は確かにそんな幻聴を聞いたような気がして、頭が痛くなった。あの姉にしてこの妹達あり、と言うことなのか。死夢羅や自分の正体をも知っている原日本人の後継者が現れたと言うのに、そんな衝撃的な出来事への驚きよりも、今は異様な疲れの方が自覚される。
「……で、その制服は何?」
とりあえず難しいことを考えるのはやめよう、と、麗夢は頭を抱えつつ、さっきから気になっていたことをまず口にした。とにかく頭を冷やし、状況を整理しないと、とてもついていけない。
すると皐月は、軽く口を尖らせて麗夢に言った。
「あれ? 随分キホンから聞くのね? まあいいわ。それは私たちが、南麻布学園初等部6年生の生徒だからよ」
「初等部ですって?」
そんなモノがこの学校に有っただろうか?
いや、他にも何か引っかかったような気が……。
麗夢はもう一度4人を順番に見て、後ろでしょげている少年、いや、今は少女? に視線を止めた。そうだ、彼女は今、南麻布『学園』と言った。ここは『女』学園だ。彼がいるのはそもそもおかしいじゃない。
「……それじゃあもう一つ聞くけど、どうしてそこに彼がいるの? ここは女の子の学校よ。それとも、初等部と言うのだけは共学なの?」
「麗夢ちゃん、紫はオンナノコだってば」
「だから違うって」
すかさず否定する紫に、ハイハイと手を振ると、皐月は麗夢に問いかけた。
「まあいいわ。それより麗夢ちゃん、いつからここが女の子の学校になったの?」
「え? いつからって、ずっとここは女学園なんじゃ……?」
言いかけた麗夢の頭が、軽くズキッと痛んだ。何か、無理やり感覚をねじ曲げられたような不快感が、一瞬だけ鋭く走り抜ける。その直後、麗夢は愕然として自分の記憶を疑った。確かにここは高等部だけの「女学園」だったはずだ。それなのに、今、自分の記憶は、ここを共学の小中高一貫教育校として認知している。
二つの相容れない記憶が麗夢の混乱を一層増した。
思わず頭をふった麗夢は、今もまだ皐月が大事そうに抱えている綺麗な小箱に気がついた。そうだ。きっとあの箱、あの箱から出ていた煙に、何か秘密があるに違いない。調べないと!
「皐月ちゃん、って言ったわね。ちょっとその箱を見せてもらえるかしら?」
人数が多くても、そして彼女たちがあのアッパレ4人組の後継者だったとしても、所詮は小学生。体格も小さければ、力も弱いに違いない。麗夢もまたあまり体格に恵まれた方ではないが、聖美神女学園でもやったように、不良女子高生たちとやりあうくらいの体さばきはできる。それからしたら、女子小学生など恐れるに足りない。
麗夢は無造作に手を伸ばして、皐月の箱を取り上げようとした。すると皐月は、さっと箱を頭上に持ち上げて身を翻すと、仲間の少女たちに呼びかけた。
「それっ! 逃げろ!」
「あぁっ! 待って! 待ってたら! もう! この、待ちなさい!」
「きゃあーっ!」
蜘蛛の子を散らすように、とはまさにこのことを言うのだろう。少女たちは一斉に部屋から飛び出すと、思い思いの方角に走って逃げた。だが麗夢の狙いはただ一つ、あの箱を持つ荒神谷弥生の妹だけだ。麗夢は大急ぎで部屋から出ると、そのツインテールが跳ね逃げるところを目ざとく見つけ、追跡を開始した。いまここで何が起きているのか、彼女たちは何をしようとしているのか、それを今すぐ確かめないと!
麗夢は、不審な箱のことも忘れて思わず大声を上げた。
目の前の少女は、背の高さは麗夢よりも頭ひとつ低い。荒神谷弥生と遜色なく伸びた髪をツインテールで左右に広げ、その中に、小さな顔が収まっている。やや丸い顔のライン、いたずらっぽく閃くメガネ無しの大きな瞳、にこやかな笑みを浮かべる唇、どれも弥生とは似ても似つかないように思える。なのになんとなく全体から既視感を覚えるのは、多分姉よりも明るい豊かな表情が、遺伝的な形質よりも表立って見えるからだろう。その表情の変化を取り去ってみれば、目元や鼻筋に、確かに弥生を彷彿させるものが観察される。
皐月と名乗った少女は、南麻布女学園の緑の制服を縮小コピーしたような半袖・ミニスカートの衣装でささやかな胸を自信満々に張り出し、そこから健やかに伸びた、子供っぽさの残る細い手足で仁王立ちして言った。
「そうよ。そして彼女たちも」
皐月は左右に振り返ると、自己紹介して、と促した。すると、纏向静香の役を演じていた少女が、控えめに半歩足を前に出して、麗夢に軽く頭を下げた。
「纏向静香の妹、琴音」
琴音は、一言小さくつぶやいただけで、後はガラス細工のような透き通った瞳で瞬きもせず見つめてきた。顔立ちは静香そっくりなのに、その無機的な視線には、静香からは決して感じなかった一種異様な冷気をはらむ威圧感を覚える。その冷気がふっと途切れたのは、可愛らしい日本人形のような少女がずいと前に乗り出してきたからだった。
「ボクは、眞脇紫(むらさき)。由香里お姉ちゃんのおとう……」
「いもうと、でしょ!」
「ち、違う! ボクは男なんだから」
「だって女子の制服着てるし」
「ってこれは! 皐月が着ろ着ろってうるさいからでしょ!」
眞脇由香里をおしとやかにして髪をセミロングに伸ばしたら、こんな感じになるのだろうか。気品すら感じさせるきめ細かい白い肌に整った顔立ちが麗夢にはまぶしい。声も変声期前のせいか、ボーイソプラノよりもまだ一段甲高い様子で、全く男の子の声には聞こえない。その少女、いや少年は、アニメの声優のような声を張り上げ、恥ずかしさに首まで真赤に染めて後ろの皐月に食ってかかった。だが、多分いつものことなのだろう。皐月はニヤニヤしながら適当にあしらっているばかりで、少年の抗議は一向に功を奏していないようだ。
「もういい! だから着るの嫌だったんだ! もう着替えるからね!」
紫は、麗夢が目の前にいるのも忘れ、憤懣やるかたないという様子で部屋から出て行こうとした。
「もう今更遅いのよ、紫ちゃんはすっかりオンナノコなんだから」
「何をバカ言ってんだ。ボクは女の子じゃない」
「おかしいな、改造は済ませて置いたハズなんだが」
出入口で反射的に振り返った紫少年の耳に、ぼそっと子供らしからぬ落ち着いた声が届いた。紫はビクっと身をすくませると、その声の主、最後尾で控えていた少女に振り向いた。
「って? ど、どういうコト? ま、まさかボクが寝てる間に……?」
「そう、そのまさかだ。皐月がどうしてもって言うんでな、ちょちょいと」
少女は、制服の上からラフに白衣を羽織り、顔の前に立てた右手人差し指を軽く左右に振って、紫にウインクした。紫はみるみる顔を青ざめさせると、恐る恐るスカートの腰の部分、へその辺りに手を入れて隙間を作り、慎重にのぞき込んだ。
「そ、そんなバカな……! あ、ぁあーっ! 無い! 無い無い無い! ど、どこにやったんだよ!」
「チャーンと保存液につけて液体窒素に沈めてあるから、心配はいらん」
「ひっ! な、なんてことを! 今すぐ戻して! こんなのやだよぅ!」
「だと、皐月どうするぅ?」
「もう、紫ちゃんはわがままなんだから」
「誰がわがままだァっ!」
「しょーがない。後で直してあげて。その代わりに……」
「……ん? うむ。了解した。早速準備しよう」
皐月が白衣の少女に耳打ちすると、少女も親指を立てて同意を示す。
「ちょ、ちょっと、他に何やるの? ねえ、ねえってば、教えてよ!」
「心配いらん。全て私に任せておけば大丈夫」
「そうそう、天才生物学者の腕に間違いなんてないの」
口々に言い募る白衣の少女と皐月に、琴音も静かに2回、コクコクと頷いた。
「そんなの信用出来ないよ!」
「まあそんなことより、お客様を待たせたら悪いわ。自己紹介済ませちゃいましょ」
「おお、そうだったな、紫がつまらぬことでゴネるから、いらぬ時間を取ってしまった」
「つまらないことって……」
紫少年(暫定的に少女)は、がっくりとうなだれてその場にへたりこんだ。少年が観念したところで、麗夢そっちのけで繰り広げられた寸劇はようやく一幕終えたらしい。白衣の少女が、ちょいとごめんよ、と手刀を切りながら、皐月の前に歩み出た。
「済まない済まない。私だけ自己紹介が遅れて。さて、私の名は斑鳩星夜。日登美ねえの妹だ。よろしく!」
「星夜ちゃんは、生物学の天才なんだよ」
「趣味は改造人間、尊敬する人は死○博士だ。もちろん、死夢羅博士のことではないぞ」
趣味云々で麗夢は我慢の限界が来たのを自覚したが、後に続いた単語ヘの驚きが、その全てを吹き飛ばした。
「し、死夢羅を知っているの?!」
少女らへの不審感もさることながら、彼女が死夢羅=ルシフェルを知っていると言うことが麗夢には衝撃であった。一方の皐月は、実に軽い口調で麗夢に答えた。
「とーぜんでしょ! 私たちは原日本人の4人の巫女の後継者。麗夢ちゃんの正体も、夢守の民の末裔のことも、みーんな、知ってるよ」
絶句する麗夢の様子にひとしきり満足したのか、皐月はまだへたりこんでいる紫を立たせると、改めて麗夢に向き直って胸を張った。
「どう? 麗夢ちゃん。私たちのこと、理解できた?」
アニメか何かなら、きっとドーンとかバーンとか、花火でも上がって、効果音の一つも鳴り響いた事だろう。麗夢は確かにそんな幻聴を聞いたような気がして、頭が痛くなった。あの姉にしてこの妹達あり、と言うことなのか。死夢羅や自分の正体をも知っている原日本人の後継者が現れたと言うのに、そんな衝撃的な出来事への驚きよりも、今は異様な疲れの方が自覚される。
「……で、その制服は何?」
とりあえず難しいことを考えるのはやめよう、と、麗夢は頭を抱えつつ、さっきから気になっていたことをまず口にした。とにかく頭を冷やし、状況を整理しないと、とてもついていけない。
すると皐月は、軽く口を尖らせて麗夢に言った。
「あれ? 随分キホンから聞くのね? まあいいわ。それは私たちが、南麻布学園初等部6年生の生徒だからよ」
「初等部ですって?」
そんなモノがこの学校に有っただろうか?
いや、他にも何か引っかかったような気が……。
麗夢はもう一度4人を順番に見て、後ろでしょげている少年、いや、今は少女? に視線を止めた。そうだ、彼女は今、南麻布『学園』と言った。ここは『女』学園だ。彼がいるのはそもそもおかしいじゃない。
「……それじゃあもう一つ聞くけど、どうしてそこに彼がいるの? ここは女の子の学校よ。それとも、初等部と言うのだけは共学なの?」
「麗夢ちゃん、紫はオンナノコだってば」
「だから違うって」
すかさず否定する紫に、ハイハイと手を振ると、皐月は麗夢に問いかけた。
「まあいいわ。それより麗夢ちゃん、いつからここが女の子の学校になったの?」
「え? いつからって、ずっとここは女学園なんじゃ……?」
言いかけた麗夢の頭が、軽くズキッと痛んだ。何か、無理やり感覚をねじ曲げられたような不快感が、一瞬だけ鋭く走り抜ける。その直後、麗夢は愕然として自分の記憶を疑った。確かにここは高等部だけの「女学園」だったはずだ。それなのに、今、自分の記憶は、ここを共学の小中高一貫教育校として認知している。
二つの相容れない記憶が麗夢の混乱を一層増した。
思わず頭をふった麗夢は、今もまだ皐月が大事そうに抱えている綺麗な小箱に気がついた。そうだ。きっとあの箱、あの箱から出ていた煙に、何か秘密があるに違いない。調べないと!
「皐月ちゃん、って言ったわね。ちょっとその箱を見せてもらえるかしら?」
人数が多くても、そして彼女たちがあのアッパレ4人組の後継者だったとしても、所詮は小学生。体格も小さければ、力も弱いに違いない。麗夢もまたあまり体格に恵まれた方ではないが、聖美神女学園でもやったように、不良女子高生たちとやりあうくらいの体さばきはできる。それからしたら、女子小学生など恐れるに足りない。
麗夢は無造作に手を伸ばして、皐月の箱を取り上げようとした。すると皐月は、さっと箱を頭上に持ち上げて身を翻すと、仲間の少女たちに呼びかけた。
「それっ! 逃げろ!」
「あぁっ! 待って! 待ってたら! もう! この、待ちなさい!」
「きゃあーっ!」
蜘蛛の子を散らすように、とはまさにこのことを言うのだろう。少女たちは一斉に部屋から飛び出すと、思い思いの方角に走って逃げた。だが麗夢の狙いはただ一つ、あの箱を持つ荒神谷弥生の妹だけだ。麗夢は大急ぎで部屋から出ると、そのツインテールが跳ね逃げるところを目ざとく見つけ、追跡を開始した。いまここで何が起きているのか、彼女たちは何をしようとしているのか、それを今すぐ確かめないと!