鈴鹿市議会議員 中西だいすけの活動日誌

鈴鹿市議会議員として年齢も含め5期目のベテランになりました。日々の活動や感じたこと、議会での動きなどをつづります。

参政権に関係して

2010年02月14日 01時50分19秒 | Weblog
外国人地方参政権の国会などでのやりとりを、メディアを通じて見たり聞いたりして思うことは、この件について進めようとしている国会議員の方々は、どれだけ国民、市民、住民に対して説明などを行ってきたのかということです。

政党マニフェストを読んでも、その件については記述されておらず、党の方針の中にはあるとはいえ、マニフェストの意味を考えれば、まず実行すべきはマニフェストで提示していることではないでしょうか。
また先の衆院選挙中でも、個人演説会に聞きに行ったりしたのですが、そのことは論点として出ていなかったと記憶しています。

そういうことを考えれば、今の国会で、政権交替で国民から信託を得たからと、闇雲に進めることは、国民不在の国政運営をしていると考えられてしまうのでは?と思います。そのようなことは、これまでの政権でもままあったことじゃないかという疑問がぬぐえません。

本当に必要だと考えているのであれば、政党の数の論理で押し通せる今ではなく、きちんと論点として取り上げて議論を行うべきだと考えます。過去にも議論をしてきた経緯もあるでしょうが、しかし現実には、市民の間で議論が進められていないのではないでしょうか。
地域主権という言葉を出しながら、片方で、地方自治に関わる地方参政権について、国会主導で考えるという姿勢にも疑問を感じます。

地方参政権ということから、地方自治への参加ということで考えれば、NPOなどをはじめとしたいろいろな市民活動を通じて、生活に関わる事案について、地方自治体に働きかけることができない世の中ではないはずです。
参政権について考えるのであれば、まずそれぞれの自治体での住民自治への取り組みの中で、在住外国人の方々の地方政治への参画のあり方を考えるべきではないでしょうか。

話は変わりますが、ずいぶん前のテレビ番組で、自分たちと同郷の人が犯した凶悪犯罪について、その人たちを弁護するようなことを言っている場面を見ました。「彼らにもかわいそうな面はあるのだ」というような論調で。

しかし、どこの国籍の人たちであれ、日本で住んでいる限りは日本社会を尊重する、日本という国を尊重することがまず第一ではないでしょうか。それを差し置いて、ナショナルアイデンティティを声高に叫ぶとすれば、それは民族エゴにすぎなくなってしまうのではないでしょうか。
このことについても、十分に議論されるべきです。

だからこそ、地方参政権については現時点での拙速な成立への動きはするべきではないと考えます。
コメント
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