Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

カプリッチョ

2009年11月23日 | 音楽
 東京二期会がリヒャルト・シュトラウスのオペラ「カプリッチョ」を上演した。これはシュトラウス最後のオペラで、私のもっとも大切なオペラのひとつ。

 このオペラは、伯爵令嬢マドレーヌをめぐる作曲家フラマンと詩人オリヴィエの恋のさや当ての話。作曲家は音楽の擬人化、詩人は言葉の擬人化――なのでこれは、音楽か言葉かという芸術論争を恋のさや当てに置き換えたもの。その他の登場人物は、劇場支配人ラ・ロシュ、女優クレロン、プロンプター、イタリア人の歌手2人、バレリーナなど。つまりは楽屋落ちのオペラの一種でもある。

 当日、会場に行くと、1枚の「演出家からのメッセージ」が配られた。そこには「1942年。ナチス政権の勢力が頂点に達していた頃、80歳のシュトラウスは自身最後のオペラ『カプリッチョ』に取り組んでいた」という書き出しで、こう記されていた。

 「もちろん音楽作品として価値のある遺産であることに間違いはない。しかし私は、演出家としてこの作品の中にもっと普遍的な足跡を見つけ出したいと思った。言葉と音符の中に単なる芸術表現ではなく、より人間的なメッセージが隠されてはいないだろうか?」

 演出家の意図するところは、オペラの終盤で明らかにされた。
 パリに帰る馬車の用意ができたと言って迎えに来る召使いたちは、全員ナチスの制服を着ている。当惑しながらも憤然として部屋を出る女優クレロン。劇場支配人ラ・ロシュはナチスの制服に着替える。作曲家フラマンと詩人オリヴィエには薄汚れたコートが手渡される。胸にはダヴィデの星。かれらはユダヤ人で、強制収容所行きというわけだ――けれどもラ・ロシュは、召使いたちを退出させ、その隙にそっと2人をバルコニーから逃がす。

 月光の音楽。暗い部屋になぜか1人だけ若い兵士が残っている。そこに月光が射す。バレリーナが出てきて、静かに踊り始める。それに気がついた兵士は銃を向けるが、撃つのをためらう。やがて美しさに目覚めて、制服を脱ぎ捨て、バレリーナとともに踊り始める。

 マドレーヌが戻ってくる。あまりの出来事のために、急に老けてしまっている。背中を丸め、杖をつきながら、マドレーヌの独白が続く。そのあいだに舞台装置が後退し、殺風景になる。ガランとした舞台の奥に歩み去るマドレーヌの後姿は、劇場閉鎖を物語る。

 シュトラウスの時代には、ナチスに入党した召使いによる主人の密告も、劇場閉鎖も、現実にあった。そのような社会の中でこのオペラが作れたことを、もう一度思い出させる演出。終演後、ブーイングも相当とんでいたが、この読み替えは作品の本質から離れてはいない(演出:ジョエル・ローウェルス)。
(2009.11.20.日生劇場)
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