Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

パリ・オペラ座のすべて

2009年11月10日 | 映画
 渋谷のBUNKAMURAで公開中のドキュメンタリー映画「パリ・オペラ座のすべて」をみた。原題を直訳すると「パリ・オペラ座のダンス、バレエ」となる。同劇場のバレエ部門の日常を記録した長編ドキュメンタリー。

 この映画は(当たり前かもしれないが)まず第1にバレエの映画だ。もっとも、映像の中心は稽古場風景であって、本番舞台ではない。稽古場で振付家やダンサーがどこをチェックし、解釈を深めるか(あるいは、稽古場でどのような葛藤があるか)―――そこに興味の中心がある。演目も古典のレパートリーからコンテンポラリーまで幅広い。むしろコンテンポラリーのほうに重心が傾いていて面白い。

 第2にこの映画はオペラ座で働くさまざまな裏方さんの物語だ。照明のチェックに余念のない人、年季の入った衣装スタッフ、トゥーシューズを洗って繕う人、ダンサーのための食堂で働く人、客席を掃除する人、屋上で蜜蜂を飼育している人(オペラ座の蜂蜜は名物だそうだが、これは、いつ、どのようにして始まったのだろう・・・)。オペラ座とはこれらの無数の人たちの総体だという気がしてくる。

 第3にこの映画は「オペラ座の怪人」(私は、ミュージカルはみていないが、原作の小説を読んだことがある)の素材となった原風景を明らかにする映画だ。複雑に入り組んだ裏の通路や階段、ボックス席の奥の暗がり、パリの街を見下ろす屋上、地下の水路――オペラ座の地下には水路がある。暗い水路に照明を当てると、そこに泳いでいる魚がみえる。幻想的な場面だと思っていたオペラ座の地下の忘却の川は、実際にあった。

 監督はフレデリック・ワイズマン。一切のインタビューやナレーションを入れずに、映像と音声の記録だけで160分という長丁場を押し通す。たとえば、稽古場風景を積み重ねて、最後に感動的な本番をもってくるというような(ドキュメンタリーにありがちな)ストーリー性はない。また、バレエ・ファンには綺羅星のような存在であるはずの振付家やエトワールを賞賛するものでもない。淡々とした日常を通してオペラ座の長い歴史を感じさせるもの、といったらよいだろうか。

 インタビューやナレーションを一切使わないドキュメンタリー映画は珍しい。私は類例として、今年の夏にみたレニ・リーフェンシュタールの「意志の勝利」を思い出した。あれはナチのプロパガンダ映画で、ひたすらヒトラーのカリスマ性にたいする陶酔を演出していた。
 一方、こちらは劇場の日常風景。スターを偶像視することはない。似たような手法でありながら、その意図によって180度ちがう作品が生まれるものだ。
(2009.11.05.BUNKAMURAル・シネマ)
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