Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

るつぼ

2012年10月30日 | 演劇
 アーサー・ミラーの芝居「るつぼ」を観た。主人公ジョン・プロクターとその妻エリザベスの最後の獄中の場では涙が出た。終演は10時15分、帰宅したのは11時過ぎ。風呂に入って寝ようとしたが、なかなか寝付けなかった。結局一晩中眠りが浅かった。それだけ神経がたかぶっていたのだろう。最近では珍しい。

 ジョン・プロクターを演じたのは池内博之。迫真の演技だった。渾身の演技といったほうがいいかもしれない。苦悩に揺れるキャラクター、良心の呵責に苦しむキャラクターを演じて説得力があった。

 妻エリザベスを演じた栗田桃子には感動した。演技がよかったのか、キャラクターがよかったのか、ごっちゃになって、よくわからないが、人間の尊厳とはなにか――人間にとって大事なものはなにか――、それを問いかけるキャラクターと、そのことを理解し、そこに没入した演技は、今でもまだ琴線に触れている。しばらく忘れそうもない。

 ジョン・プロクターと不倫の関係になるアビゲイルを演じたのは鈴木杏。17歳の少女という設定で、魔女騒動の火付け役だが、どういうキャラクターか、その輪郭が不鮮明だった。これは演技のせいなのか、それとも演出のせいなのか。宮田慶子さんの演出意図は語られていないが、翻訳の水谷八也さんのエッセイを読むと、アビゲイルも当時のピューリタニズムの犠牲者だと捉えているふしがある。

 それはそうかもしれないが、アビゲイルを始めとする少女たちの偽証によって、十数人もの無実の人々が絞首刑に処されたわけだ(これは実話だ)。彼女たちはその責任を取ろうとはしない。讒訴された人々にとっては、なんと不条理な死だったことか――。

 先ほどアビゲイルのキャラクターのことで宮田慶子さんの演出に触れたが、それは文句をいったのではないので、誤解のないように。宮田さんの演出は今回も緻密だった。多数の登場人物をきめ細かく描き分けていた。

 この公演ではアーサー・ミラーが追加して書いたジョン・プロクターとアビゲイルの森の場面が上演された。たしかにアビゲイルの私怨という構図が明確になるが、一方では説明的な気もする。わたしは、なくもがな、と感じた。

 長野朋美さんの音響が気に入った。登場人物たちの讃美歌の合唱をのぞくと、あとは具体音だけ。ひじょうに禁欲的だ。おかげで舞台に集中することができた。音楽は幕切れのチェロ独奏だけ。
(2012.10.29.新国立劇場小劇場)
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